第18話「対ジャック戦」

 ジャックの体から強烈なサイコキネシスの波動が放たれ、ユウに襲いかかる。


 それは大気を激しく振動させ、プラズマを生じさせるほど凄まじい力だった。


 ユウは手を翳しフィールドを張って防ぐが、徐々に亀裂が入っていく。


 以前戦ったエースとは比べ物にならないほどのチカラだった。


「エースみたいにラクに殺せる相手だと思ってたか? サイキックのくせに殺しにナイフを使うような、プライドの無いカスと一緒にすんなよ」


 ついにユウのフィールドが破られる。


 しかしその瞬間、テレポーテーションで難を逃れた。

 そのままジャックの背後に転移する。


 が、ジャックはその行動を見切りクレヤボヤンス、後ろを振り向いてユウを鋭い視線で睨みつけた。


 ユウの体が弾き飛ばされる。空き缶のように地面を転がった。


 すぐにユウは立ち上がって体勢を整えたが、口を切っていた。顎を伝う血の雫を手で拭い取る。


 ――強い。甘い考えでいたら、負ける。


 殺す覚悟をしなければならないと思った。


 だが――


(殺せるのか? 友達を。兄弟を。同じ、父親オリジン犠牲者サイキックを)


「どうした? 殺し合おうぜ、ジョーカー」


 ジャックが楽しげに嗤う。


 眼前の大気がチリチリと火花を散らしたのを見て、ユウはその場から身を翻して飛び退いた。


 パイロキネシスの火柱が燃え上がる。


 だが、強力なものではない。


 フェイントだ。


 そう気づいたときには、横殴りのサイコキネシスがユウの体を打ち抜いていた。


 風のような速さで弾き飛ばされ、鈍い音を立てて壁面に衝突する。


 四肢を投げ出して地面に倒れたユウの頭からは、血が流れ出していた。


「――ユウ!」


 ミナギがユウの元へと駆け寄る。


 抱き起こして顔を見ると、ユウの目は虚ろになっていて、頭から流れた血で顔の半分が赤黒く汚れていた。


 ミナギはハッと息を呑んだ。


 無理だ。ユウはもう戦えない。殺されてしまう。


「おい、女。邪魔だよ。サイキック同士の戦いに水を差すんじゃねえよ」


 ジャックが苛立った声でそう吐き捨て、二人のほうへ歩いてくる。


 ミナギはユウの体を地面に優しく横たえると、立ち上がって、ジャックのほうを見た。


 そして、後ろにいるユウのことを庇うように、両腕を大の字に広げた。


「……バカなのか? そんなことをして、なんの意味がある?」


 ジャックが虫でも見るような目つきでミナギを見る。


 ミナギは震えていた。唇は紫に染まり、声も出せない。


 それでも、逃げようとしなかった。


「そうか。あんた、アイサワユウのほうの友達か」


 なるほどね、とジャックが自嘲気味に笑う。


「――ただの人間のくせに。やれるもんなら、やってみなよ」


 ジャックはサイコキネシスで、ミナギの右腕の骨を折った。


 バキッと音がして、ミナギの片腕が不自然な方向へだらりと垂れ下がる。


 ミナギは絶叫した。堪え切れず、痛ましい悲鳴と共にその場でうずくまる。


 変形した片腕を前に、痛みに耐えることしかできず、ボロボロと涙を流した。


 ――虚ろだったユウの目が、ミナギの悲痛な姿のほうへ向く。


「分かっただろ。どっかいけよ。あんたたちとは、住む世界が違うんだ」


 ミナギがジャックを睨みつける。


 涙でぐちゃぐちゃに濡れていたが、その視線は折れていなかった。


 負傷した右腕を押さえながら、再び立ち上がる。身を挺してユウを庇う。


「嘘だろ、イカれてんのか? 時間の無駄だろ。痛いだけだろ」


 ミナギは喉から振り絞るような声で言った。


「わたしだって、ユウの力になりたいから……!」


 ――ユウの目に光が戻る。


 血でぼやける視界の中に、ハッキリとミナギの姿を捉える。


 ジャックは地面に唾を吐き捨てた。


「なんか、ムカつくな。あんた、知り合いにちょっと似てるよ。ウザいところとか、特に」


 今度は足だった。


 ミナギの左足が、鈍い音を立てて不自然な形に折れ曲がる。


 低い呻き声が漏れ、顔を伏せる。もう悲鳴も出せなかった。立っていられず、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。


 ――瞬間、ユウの目に、強い意思の力が宿った。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ユウが強烈なサイコキネシスを放つ。薬物で強化されたジャックの力に匹敵するような、プラズマを起こすほどのチカラの波動だった。


 ジャックはフィールドを張って防ぐが、瞬く間に亀裂が入っていく。


「ようやく本気になったか。でも、俺だってまだやれる」


 ジャックもサイコキネシスで反撃に転じる。


 二人のチカラの波動がぶつかり合う。


 大気は鳴動して突風を起こし、周りの障害物を吹き飛ばしていく。


 その影響はファミリー構成員たちにも及び、あまりの超常的な出来事に逃げ出す者までいた。


 ユウは気を失ったミナギを抱きかかえ、フィールドで守りながら攻撃する。


 赤く光り輝く彼の目は、炎のように危うく揺らめき、大切な人ミナギを嬲った憎い敵ジャックの姿だけを一点に見ていた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ユウのサイコキネシスの波動がさらに力を増していく。


 ジャックのチカラを押し潰し、ジリジリと圧迫する。削り取るようにジャックのフィールドを瓦解させていく。


 貫通したサイコキネシスの波動に晒され、ジャックが血反吐を吐く。


 ジャックは自分の限界を超えるほどのチカラで抵抗していた。


 目から、鼻から、血が流れ出すほど。


 切り札の薬物さえ使っているのに。


 自分の中のすべてを尽くしても、敵わない。


 施設にいた頃は、間違いなく自分のほうが強かった。


 これほどの力、ジョーカーは片鱗すら見せなかったはずだ。


 ……それとも。


 ジャックはジョーカーを見た。

 傷ついたミナギを抱え、怒りの形相で自分を睨むユウの姿を。


「あぁ……そういうことか。だから強いんだね。僕のは所詮、紛い物だ」


 ジャックのフィールドが跡形も無く消し飛ばされる。肉体がチカラの奔流に呑み込まれる。


 内臓が潰されていくのを感じた。


 ゲームオーバーだ。


 死を感じたその瞬間、ジャックは子供の頃のことを思い出した。




 七年以上も昔になる。ジョーカーと一緒に施設にいた頃のことだ。




 高い塀に囲まれた庭にいた。


 地面にしゃがみ込み、小さなアリを手で捕まえて殺していた。


 意味などない。ヒマ潰しの子供の遊びだ。


「やめなよ」とジョーカーが声を掛けてきた。


「どうしてさ?」とジャックが聞くと「かわいそうだよ」と彼は言った。


「かわいそう? このきもちわるいムシが? ばかみたい」


 構わず虫ケラを殺し続けていると、強引に腕を掴まれて止められた。


「なんだよ。いじめられっこのくせに。はなせよ」


「かわいそうだよ。おおきいひとに、いきなりつかまえられて、ころされて」


「…………」


 ジャックは高い塀を見上げた。


 小さな子供には到底越えられない高さ。そしてそれを越えたとしても、また壁が待っている。


 大人の手の中だ。


「わかったよ。もうころさないから、はなせよ」


 殺したアリの死骸を見下ろす。


 潰れて、ゴミみたいになっていた。



 ……生きているのがつらかった。



 でも、アリみたいに殺されるのは嫌だった。


 バカみたいに下らないプライド。


 惰性のように生きてきた。


 死ぬことを待ち望んでいた。


 でも、アリじゃなく、ヒトとしての死だ。


「きみに殺してもらえるなら、本望だ」


 ジャックは口から赤い血を吐き、足元から崩れ落ちた。


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サイキック×コンプレックス 紅瀬流々 @kureseruru

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