確実に相手を黙らせる小説

ちびまるフォイ

紙の本を手元に置きたくなる理由

孤独死した文豪の部屋を掃除することになった。


「うわっ……ひどい匂いですね」

「この時期は特にな。早く済ますぞ」


片付けていると机には書き終えた小説が残っていた。

好奇心に負けて軽く目を通す。



ーーおい



ーーおい起きろ!!



「んにゃ……? あれ? 俺はいったい何を……?」


「仕事中に寝るやつがあるか。

 結局ここの掃除は全部押し付けやがって」


「寝てた? 俺がですか?」


「ああそうだよ。ったく、いい加減にしろ」


小説を詠み始めたことだけは覚えている。

その後の記憶はまったくない。


なんとなく返しづらくなって小説は家に持ち帰った。

家でもう一度読み直すと、ふたたび意識は途切れた。



「はっ!? え、もうこんな時間!?」


再び目を覚ましたとき、小説を握ったまま床に倒れていた。


「この小説を読むとすぐ寝てしまう……。

 俺ってそういう病気なのか?」


試しに他の小説をいくつか読んでも平気だった。

しかし、文豪の小説を読むなり一瞬で寝落ちする。


けして眠くなるような内容ではないのに。

むしろ先が気になって読み進めたいと思うときには寝ている。


「ううーーん。どうにかこの作品を読み切りたいなぁ」


黙って読むから眠くなってしまうのではと、

声を出しながら読んでみたこともあるが結果は同じ。


ならば、音で読めば眠くならないんじゃないかと

小説の文章を音声ソフトで読み上げてみたが、すぐに寝てしまう。


「ちくしょう! これじゃいつまで経っても冒頭しか読めない!」


そこでひとりの男に声をかけた。


「今だに人生で一度も眠ったことがないこの私に、

 君は一体何を見せてくれるというのだね」


「実は、この本を読んでもらいたいんです」


「自分で読めばいいだろう」


「自分で読むと寝てしまうんです。

 しかし内容は知りたい。そこであなたに読んでもらい

 あとで内容を教えてもらえますか?」


「よかろう。かしたまえ。ふむふむ……なるほ……ぐうぅぅっ」


「はや!!」


不眠症のワールドレコードを持っている人ですら、

1章を読み終わる前で眠ってしまった。


自分よりは睡眠耐性があったのか読めたページ数は多いが、

これだけの人であっても寝てしまうのは絶望。


いくら寝溜めしても、カフェインとって準備しても

不眠症の人が寝るレベルの小説を読めるとは思えない。


万策どころか億策つきかけたため、

ワラにもすがる思いでSNSに読破者を募った。


「ぜったいに小説なんかに負けない!」


と意気揚々とやってくる応募者だったものの

その誰もが小説を読む度に眠りの屍へと変わる。


「やっぱりダメか……内容は知り得ない、か」


すると、参加者のひとりがふと考えた。


「あの、この小説の内容が知りたいのなら

 分割し協力して内容を読んでみませんか?」


「つまり……?」


「私が10ページ、別の人が11~20ページ、と分割するんです。

 これなら寝てしまいますが起きた後に内容を共有すれば

 最終的には1~20ページまでの内容がわかるでしょう」


「そ、それだ!!」


自分ひとりでも出来なくはないものの、

読む度に眠りインターバルが挟まれるために最初の内容を忘れる。


もっと多くの参加者を集めてそれぞれにページを割り当てる。

小説を読んで全員が眠り、夢から目覚めたあとに内容を確認する。


「ふむふむ、なるほど……えっ!? そんな展開が!?」


小説に書かれている内容の輪郭が見えてくるほど、

ますます実際に自分でも読んで見たくなってしまう。

それほどまで面白かった。


「以上です。これであらすじがまとまりましたね」


「まとまった。まとまったが……」

「不満そうですね」


「やっぱり自分でも読んでみたい!! 内容を原文で知りたい!!

 人づてに聞いた概要なんかじゃ満足できない!!」


いっそもう脳に外科的な手術を施して、

眠ることが出来ない脳にしようかとも考えた。

それほどまでに小説の内容は魅力的だった。


「というわけで、なんとかしてほしいのです!!!」


「あんたなぁ、うちのような脳科学研究所になにができると?」


「俺の脳をいじって眠れなく出来ませんか!?」


「無理。人間の脳を眠れなくはできない。

 そんなことしてもあんたは死ぬぞ」


「そう……ですか」


「ただ。小説の内容を解析して、

 直接脳に情報をぶちこむことはできるかもしれない」


「本当ですか!!」


脳科学研究所では

小説の内容を直接記憶させる装置が開発された。


「この装置で小説の内容を読み取り、

 お前さんの頭に直接書き込む」


「そんなパソコンみたいにうまく行きますかね」


「パソコンも所詮は人間の脳を模したものだよ。

 スイッチ、オン!」


装置の電源が入るや頭にドンと情報の衝撃が飛んできた。

眠くなる工程をすっ飛ばして、小説の内容がすべて頭に入る。


「うおおお!! なんて! なんて面白い小説なんだ!!」


「頭の中に入ったようだね。よかったよかった」


「よくないですよ! こんなにも素晴らしい作品なのに

 その内容を知る前に誰もが寝てしまうなんて!!

 人類の損失じゃないですか!!」


「あんた一体何をするきだ!?」


「決まっているでしょう! 俺がコレをもっと多くの人に知ってもらうんです!」


自分が特殊清掃員として文豪の家を訪れたのも

今考えてみれば神のめぐり合わせなのかも知れない。


きっとこの作品を多くの人に知ってもらい、

人生に一度あるかないかの感動を味わってもらうため。



そして、ついにその日が訪れた。

出版日には多くの人が店の外に並んでいた。


「先生……あっちの世界で見ていますか。

 あなたの書いた作品を多くの人が楽しみにしていますよ」


店を開けると、事前に名作の情報を聞いた人がやってきた。

この作品の素晴らしさを伝えようと本を手渡していく。


並んでいる人の多くは普段本を読まないような

イケイケの大学生や、教師、医者などがいた。


「この本の素晴らしさは一般の人にもわかるんだな……!」


手渡していると涙がでてきた。

涙を拭っていると並んでいる人たちが声をかけた。


「あの、ちょっといいッスか」

「君、その……ちょっといいかね」

「私は重篤患者の医者だ。聞かせてくれるか」


「はい? なんでしょう?」


俺と同じように作品の内容が気になるのだろう。

我が身を思い出して嬉しくなる。


だが、並んでいる人たちの質問はみな同じだった。



「で、どの部分なら一発で眠らせられるの?」



彼らが何に使う気なのかを聞く前に、

俺は本の背表紙で全員を眠らせた。

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