カラスアゲハのかぐや姫

真木ハヌイ

カラスアゲハのかぐや姫

「じゃあ、藤原君、今から私の目の前で一人エッチしてもらえるかな?」


 月子は、微笑みながら僕に言った。


「ひ、一人……?」


 僕は唖然とせずにはいられなかった。場所は僕たちの通う学校の、体育倉庫裏。今はちょうど放課後だ。僕たち二人の周りには誰もいない。いない……けども、なんでこういうこと言われなくちゃいけないんだ。女子高校生が、同級生の男子にするリクエストとしておかし過ぎるだろ。


 だ、だいたい、僕は、さっき月子にこう言ったんだぞ!


「好きだ!」

「……それ、さっきも聞いたわ」


 う、思わずさっきの台詞を口に出しちゃった。恥ずかしいなあ。


「それで、やるの? やらないの? 藤原君?」


 月子は、首を傾けて、切れ長の瞳の端から僕をみつめながら言う。黒く長い髪に、きゃしゃな体、すらりと伸びた手足。びっくりするほど白い肌に、よく整った顔立ちをした美少女だ。背は僕よりちょっと高い。僕リサーチによると、百六十八センチとか、それぐらいだって話だ。うん、僕の身長では、やっぱりちょっぴり足りない……。まあ、僕の場合はこれから伸びる予定だけどね。まだ、高校二年生だしさ。


「や、やるも、やらないもないだろう! なんで、僕の告白の返事がそれなんだよ」

「ちゃんとできたら、付き合ってあげるってことよ」

「え、ほんと? それなら僕も喜んで……じゃない!」


 付き合ってくれるのはうれしいけど、いくらなんでも、こんな条件ないだろ! できるわけないだろ! 常識的に考えて!


「できないの、藤原君? それでも私のこと、好きなの?」


 と、月子はブラウンのブレザーの制服のポケットからケータイを取り出した。


「な、何だよ?」

「撮影するの」

「え」

「藤原君の一人エッチをね」

「え? え?」

「撮った動画は一生の宝物にするわ。たくさんコピーして、パソコンの中にも保存して。そして、今から数年以内に私のパソコンは凶悪なウィルスに感染して、保存してあるデータを全てネットに流出させてしまうのよ」


 な、なにそのいやすぎる未来予想図!


「でも、私のことが好きなら、それぐらい平気よね」

「そ、それはさすがに……」

「そう」


 と、月子は急に眉を寄せて、悲しげな表情になった。な、なんだ、この反応? まさか、本気で僕のアレな姿が見たかったのか? アレな動画が欲しかったのか、月子は? その悲哀に満ちた顔を見ていると、次第に罪悪感で胸がいっぱいになってきた。だって、僕、月子のことが好きなんだ。それなのに、その肝心の彼女が、僕のことで、こんなに悲しい顔をしてるなんて……辛くなってくるじゃないか!


「わ、わかったよ! 僕も男だ。どっからでも、かかってこいってんだ!」


 もうこんな月子は見ちゃいられない。覚悟を決めた。ベルトに手をかけて、一気に、制服のズボンとパンツを下ろした!


 バーン! 


 どうだあ、月子! これが、男、藤原公孝の真の姿だあああっ!


「やだ、本気にしちゃったの、藤原君」


 あれ? なんか月子、くすくす笑って……。


「冗談だったのに。結構、こういうこと真に受けちゃうほうなのね」


 うわあああっ! 冗談って! 単にからかわれてただけだったって! もう僕、パンツ脱いじゃったよ! は、恥ずかしぃっ! 光の速さで、パンツとズボンを履きなおした。


「そそそそそれぐらいわかってたさあ。今のはその、エスプリの利いた、アルカイックなジョークだってことはさあ。ハハハ……」


 涙目になりながら、必死に笑顔を作った。


「ごめんね、藤原君。怒った?」

「お、怒るも何も! 僕は初めから本気にしてなかったからね! もしかしたら、そう見えたかもしれないけど、それはあくまで僕の演技だからね!」

「ほんと? これ見ても怒らない?」


 と、月子はケータイの液晶をこっちに向けた。見ると、そこには――僕の股間のアレがばっちり映っている!


「なんか、びっくりしちゃって、思わずシャッター切っちゃった」


 イヤアアアアッ! 何が思わずだよ! ものすごい狙いすましたナイスショットじゃないか! こんな写真、好きな人のケータイに撮影されちゃうなんて、は、恥ずかし過ぎる!


「大丈夫よ、藤原君。この写真、股間しか映ってないから、万が一ネットに流出しても、藤原君だって誰にもわからないから。画像ファイルの名前を『藤原公孝』にしない限り……と、こんな感じに」


 うわあ。さっそく写真に僕の名前つけてバックアップ体制に入ってるよ、月子! やめてよ、早く消してよ、そんなの!


「そうだ、せっかくだから、この写真、有効活用してみましょうか」

「ゆ、有効活用って?」

「こういうふうに……えいっ!」


 月子は再び僕にケータイの液晶を向けた。水戸黄門が印籠を悪い奴に見せつけるみたいに。


「藤原公孝! この写真をバラまかれたくなかったら、私の言うことを聞け!」


 芝居がかったオーバーな口調で月子は言う――って、有効活用って、脅迫かよ! そりゃ、そんな写真、ばら撒かれたら困るけどさ、どうしてそうなるんだ? 


 まあ、一応、月子の要求ぐらいは聞いておくか……。


「そ、そんなひどいことをされたら僕は生きていけないー(棒)。なんでもします、だから、それだけは勘弁してくだせえ、月子様ー(超棒)」

「ふっふっふ。じゃあ、藤原公孝、お前は今日から、私の――私の――」

「私の?」

「……何がいいかしら?」

「いや、こっちに振られても」


 台詞ぐらい考えておこうよ。


「まあいいわ。じゃあ、藤原君、あなたは、今日から私の恋人になりなさい」

「え?」

「それでチャラにしてね」


 月子はケータイを僕の目の前で操作して、さっきの恥ずかしい写真を消去した。そして、


「じゃあ、また明日」


 と、微笑んで、校門のほうに一人で歩いて行った。








※ タイトルの意味をすっかり忘れていましたが、なろうのあとがきによると、「カラスアゲハは外側の羽が黒いけど、内側は青くてきれい。つまりそういうイメージの女の子」だそうです。へー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カラスアゲハのかぐや姫 真木ハヌイ @magihanui2020

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ