ブッ飛んでいて、ブッ尖ったような音で、あんたをブッ刺す

高橋末期

ブッ飛んでいて、ブッ尖ったような音で、あんたをブッ刺す

 イギリスのヘヴィメタルバンド、ジューダス・プリーストの「運命の翼SAD WINGS OF DESTINY」という名前のアルバムがある。

 

 小学四年生の頃、ある事がきっかけで、ムシャクシャしていたわたしは、母親のCDラックから「どうせまだ分からないから、この辺のは聴いちゃダメ」と言われている箇所から、気に入ったジャケットから適当に選出して、ゲーム機にへと吸い出し、それをこっそりヘッドホンで大音量で聴いていた。


 その中から、地獄へ落ちた巨大な翼を持つ堕天使のジャケットに惹かれて聴いてみたのが、このアルバムだった。


 初めてそれを聴いた時、わたしは雷に打たれたような衝撃を受けた。


 英語の歌詞で何を言っているのか分からなかったが、ハイトーンボイスのロブ・ハルフォードの叫ぶような歌声から、「生け贄」や「切り裂きジャック」「虐殺」という曲名の通り、酒にドラッグ、殺人や男や女のイケない行為について、悪魔の曲……悪い大人の歌だと、わたしは生まれて初めて、エッチな画像を見たのと同じような衝撃を受け、なぜかわたしはその曲を聴くことによって、得体の知れない心地良さを感じていた。


「夢想家Ⅰ」から「Ⅱ(裏切り者の歌)」という大作曲の後半、グレン・ティプトンの正確で重く、そして美しい旋律のギターを聴いているだけで、わたしは自由に……そのまま空へ飛んでいけるような気がしたのだ。

 

「運命の翼」を聴いた翌週、習い事でやっている音楽教室で、科目をピアノからギターにへと変更して欲しいと頼むのに、何も迷いは無かった。


「飛んでいけるような……」


 わたしも、そんな曲を作り、弾いてみたいと、小さな頃のわたしは、そう強く願っていた。



 それから七年経つ。そんなわたしはというと、講堂のステージ上で新入生に対して、部活動紹介の一環として、ライブ演奏を行っていた。


「ミュンありがとね! また、ベースでヘルプ頼んじゃって!」


 軽音部の部長、テルが舞台裏でわたしに抱き着く。正確には、わたしはもう軽音部ではなく、今年から辞めて帰宅部になったのだ。さっきまでやっていたのも、歌いながら弾けるベース使いが、この学校にはわたししかいなく、新入生の前で仕方なく、ヘルプとしてアニメや、アイドルバンドのカバーソングを、煌びやかでフリフリな衣装を着て演奏していた。別にこういう曲やパフォーマンスが、嫌いというわけでもなかったが、わたしがやりたい音楽でもなかった。


「ねえ、ミュン……やっぱりさ、もう一度、ここへ戻ってみない?」


 軽音部の子が、わたしにおそるおそる聞いてくるが、返答はいつも通り決まっていた。


「ううん、ありがと。ヘルプ欲しいなら、いつでも呼んでよ」


 という、お決まりの返答。ベースをケースにしまうときに、答えたせいかもしれないけど、ビクビクしながら「そっか、ごめんね」と言って、わたしから離れていく。


「別に、怒っている訳じゃないんだけどな……」


 いつも通りだ。なぜか、わたしは「怖い女」というレッテルを貼られていて、避けられている。この、176センチの長身と、眼つきの悪さ(作曲のせいで寝てないだけ)、そしてわたしが頑なに演奏を続けている音楽というのが……。


「え……えっと……イギリスのキング・クリムゾンというバンドの……その……あの、この曲は、ハードロックやメタルの礎みたいなもので……その……」


 そうそう……わたしがやっているのは、ハードロックやメタル——って、ステージ上から、ボソボソとやけに自信が無さそげな、か細い声が聞こえてきた。


「ねえ、あれ……たしか、今年からの転校生だよね。名前が鷹野翼って」


 テルから発せられたその名を聞いて、わたしはステージの方へと駆け出した。忘れもしない、その顔、その名前……。


「鷹野……ツバサッ!」


 わたしの目の前に、わたしをこの世界へ引き連れた引き金であり、張本人が、トーカイのタルボ・ウッディのエレキギターをパイプ椅子に座りながら構え、これから、食べられるんじゃないかと言わんばかりに、両肩を縮こまらせながら、怯えた小動物のような顔で、何だって……キング・クリムゾンの何をだって?


「えっと……そ、それじゃあ、やります。フラクチャーという曲です」


「へえ、フラクチャー……フラクチャーね……はあああああああっ!? 突破口フラクチャーだってえええええええっ!?」


 わたしは思わず叫んでしまった。ツバサが、わたしの方へビックリしながら振り向くと、ニコッと笑って、弦を弾いた。


 もし、ギタリストに神様という存在がいるならば、確実にその神様の一人にいるであろう、ロバート・フリップという天才ギタリストが生んだ「フラクチャー」という曲。その産んだ本人でさえも、一日六時間練習し続けないと、演奏できないと呼ばれる超難関曲を、ツバサは全校生徒の前で、ギター一本で演奏しようとしていた。


 ウネウネと揺らぐギターのアルペジオから、徐々に不安で複雑なメロディへとテンポが速くなり、独自の緊張感が講堂内を包み込む。まるで……迷路に迷い込んだように。


 ツバサは暗闇の迷路の中に迷い込んだ小鳥だった。ツバサは何度も、何度も、行き止まりにぶつかり、手探りまさぐりながら、出口を探していた。迷って、迷って、右へ左にへと、うねるように右往左往している。


 ツバサの演奏がピタッと静止した。これで、終わりかと思って、観客からまばらな拍手が起こる。違う……まだ、出口じゃない。


 エフェクターを切り替えて、突如、重厚で歪んだ大音量のギターリフが流れ出す。狂った蜂のように、あたりをガムシャラに飛び回り、迷路を破壊するように突き進んだ。見えない出口に向かって、ツバサが……自らの翼を広げ……遥かな高みにある出口の穴へ向かって、上昇を続け、続け、飛び続け……そして……。


 そのまま力尽きて、堕ちていく鳥のように、ツバサが座りながら、深くうなだれる。


 ……なんだ、今の……情景が。


「やりやがった……」


 わたしは、高まる胸の鼓動を抑える事が出来なかった。よく分からないけれど、圧倒的な演奏を見せられた観客も、軽音部の子も、わたしも……ツバサにまばらな拍手を送り続ける事しかできなかった。


 ツバサが満面の笑みで、わたしの顔を見つめるが、わたしはというと、その自信の無い笑顔を見るやいなや、腹の底から怒りの感情が込み上げてきて、彼女に向かって中指を立てながら、その場を後にした。


「えっ? え、えっと……週末、フォースステージというライブハウスに出ますので、あっと……しょ、その、よりょしくお願いしみゃす」



 鷹野翼……ツバサは、もう一度言うが、わたしをこの世界へ引き連れた引き金であり、張本人である。


 小学校四年生の頃、吹奏楽部でピアノを担当していたわたしは、わたしの目の前に忽然と現れ、その生まれ持っての才能とも言うべき、演奏技術を披露し、わたしをピアノの座から引き下ろすばかりではなく、吹奏楽部からわたしの居場所を奪い、ヤケになったわたしはジューダス・プリーストと出会い、ズブズブとわたしをこの面倒くさい沼へと引きずり込んだ女だ。


 今となっちゃ感謝しているぐらいだが、そんな彼女が、キング・クリムゾンの難関曲を演奏し、わたしの目の前にまた、忽然と現れた。それに、ライブハウスに出るだってぇ?


 ……いつか、このお礼をしてやろうかと思っていた。例え、その腕が天才かどうか知らないが、そのライブでわたしは、聴衆の前で「下手くそ!」と、叫んでやろうと思っていた。思っていたのに……。



「なんで……なんでだよ!」


 観客はなんと、わたし一人だけだった。講堂でわざわざ全校生徒の前で、あの演奏を行ったのにも関わらず、観客はわたし一人だけなのだ。


「あはは……ミュンちゃんだけの貸し切りライブだね……」


 ツバサは悲しげな笑顔で、ギターのチューニングを始める。あの時のように……っていうか。


「わたしの名前を覚えてる?」


「お、覚えてるよ。森園みゅん……森園っていう、み、見た目じゃないし。みゅんっていう、柄じゃないよね」


 その言葉を一字一句間違いなく、小学四年生の彼女に言われた。


「その台詞そのまま返すよ。鷹野っていう見た目じゃないし。翼っていう、柄じゃないだろ」


「あはは……同じこと言われたよね。そ、そんじゃ、その柄じゃないミュンちゃんに向けて、この曲を送ろうかな。あ……あなたに刺さればいいけれど」


 彼女がギターの弦を弾くと、うねるような、儚いディストーションサウンドが、わたしを包み込む。これは……ジューダス・プリーストの……。


「“運命の翼”という名前の、わ、わたしの好きなアルバムから、わたしなりにアレンジした曲をどうぞ、きょ、曲名は……」


『夢想家』


 物悲しく、爽やかなギターのアルペジオから、段々と激しい……激情のハードロックへと、刻々と変化していく。まるで……まるで、穏やかな夏の日の午後に降る、夕立のように。夕立……。


「あっ……」



 その曲を聴きながらわたしは思い出した。ピアノを辞めてから、ギターに夢中になっていた小学生の頃を。


 その日は雨だった。予報では晴れだったのに、夏の風物詩にもなったゲリラ豪雨が降り始め、親が迎えに来るまで、わたしは放課後の誰もいない教室で、スマホのスピーカーをオンにさせて、ギターの練習をがむしゃらに続けていた。


「な、何を弾いてるの?」


 ツバサが、唐突にわたしへと話しかける。まさか、彼女本人から話しかける事とは思わなかったから、わたしは目を丸くさせた。


「……どうせ、ツバサには分からないよ。大人の音楽だから……」


「わ、わたし、知ってるよソレ……イギリスのハードロックでしょ。ジュ……ジューダス・プリーストっていう……」


 それを聞いて、わたしはムカッとした。このツバサという女は、わたしからピアノだけではなく、ギターやハードロックすらも奪おうとしているのかと思ったからだ。


 ギターをケースにしまうと、わたしはそそくさと、教室を出ていこうとした。


「ち、違うの! わたしね……わたし、ミュンちゃんとただ……それを一緒に聴きたかっただけなの。べ、別に……その、邪魔するつもりじゃ……」


 小動物のようなつぶらな瞳で、涙を浮かべたツバサを見ていたら、わたしはどういう訳か。


「親が迎えに来るまでだぞ……」


 そう言って、わたしとツバサは席を隣合わせて、ジューダス・プリーストを無言で聴いていた。そういえば、吹奏楽部を抜け出してきたのだろうか、廊下の向こうから、管楽器の練習音が微かに聞こえてくる。窓に当たる雨音と、スマホの小さなスピーカーから流れるハードロックがいい具合にミックスされて、妙に心地よかった。


 二人で一緒に歌いながら、雨音に負けないくらいのシャウトを教室内に響かせていた。「永遠にFor Ever」と。


「こ、このまま飛んでいけそうな曲だよね……」


「夢想家Ⅰ」から、「裏切りの歌」にへと、疾走感ある変調の時、ツバサが手で飛行機を作りながら言った。わたしは、複雑な気持ちを抱きながら、無言で首を縦に振る。


「ミ、ミュンちゃん……わたしね、夏休みになる前に、そ、その……」


「裏切りの歌」が終わった直後、ツバサがわたしに、オドオドと話す。


「な……な、なに?」


「独裁者」のハードなギターリフが流れ出した。


「ううん……な、なんでもない。ゴメンね」


 何が「ゴメンね」なんだろう……その言葉の意味は、数日後に判明した。一学期を最後に、彼女が他の学校にへと転校してしまうという事に。結局のところ、わたしはツバサに対して、一方的な嫉妬心を抱きながら、彼女とそのまま別れてしまったのだ。もしかしたら、もっと仲良くすれば良かったのにという、少しの後悔を残したまま……。


 

 ディストーションの残響が、鼓膜に木霊した。


「……ど、どうだったかな? ミュンちゃん?」


 ツバサは、相変わらず自信の無さそうな、怯えたような顔でわたしに微笑む。「どうだったかな?」だって? その自覚の無い、謙虚さが逆にわたしをイラつかせるのも相変わらずだ。だからわたしは、こう叫んでやった。


「この! 下手くそおおおおおおおおおおおおっがあっ!」と。



「下手くそ」


 動画配信チャンネルに、唯一コメントされているメッセージだ。


 軽音部を辞めてから、わたしはギター、ベース、ドラム、キーボードなどを一人で、MTRを用いて宅録し、YouTubeなどに自作の動画投稿を続けていたが、良ければ二ケタの再生数と、「下手くそ」「辞めちまえ」などの、心ないコメントばかり、いっそのこと、軽音部に戻って、人気曲のカバーでもやればいいかと思ったが、天邪鬼なわたしには、どうしてもそれが出来ずにいた。


 わたしの通う学校は都内にあり、放課後、決まったルートで買い物をするのが日課になっていた。御茶ノ水駅から、ディスクユニオンで中古CDを物色し、楽器屋街を巡りながら、ジャニスでレアものCDをレンタルして、神保町で楽譜を探してから、そのまま歩いて、秋葉原でエフェクター用の電子パーツを物色する前に、神田にあるベローチェで戦利品のCDを、コーヒーでも飲みながら聴くのが、お決まりのルートであり、わたしにとっての至福の一時だった。


 そんな至福の一時の中、さっきから視線の影に、同じ制服を着た怯えた小動物のような顔がチラチラと見え隠れしていた。


「なに? 学校から尾行してきたの?」


 ドスンと、学校鞄をツバサの前に置くと、鳩のようにツバサが飛び上がった。


「あっあっ……あれぇー? ミュンちゃん? ぐ、偶然だねぇ……こんなところで、で、出会えるなんて……あはは」


 そう言って、目が泳ぎまくるツバサ。分かりやすい奴だ。


「で……なんの用だよ。ここまでつけてきて、前の仕返しでもしに来たの?」


「それは……違う!」


 ツバサが急に真剣な眼差しになった。ギターと向き合っている同じ瞳を宿していたので、わたしは思わずドキリとした。


「あ、あのね……ミュンちゃん……実はお願いがあってね……そ、その……」


「断る」


「へっ?」と、ツバサはキョトンとした顔をした。


「どうせ、一緒にバンドを組もうとか、そんな話だろ……はっ、あんたと? お断りだね」


 わたしは、ベローチェを後にして、秋葉原の電子パーツ屋に向かう。


「ど、どうして?」


「どうしてだって? それはわたしはね、ツバサ、あんたのことが大っ嫌いだからだよ! 音楽も! その性格も! 顔もだ!」


「わたしは好きだよ! ミュンちゃん! やっている音楽も! その気取らない性格も! か、顔も! う、歌声も!」


 堂々と、そんな恥ずかしい事を言ったものだから。わたしは思わず立ち止まった。そういえば、小学生の時、ピアノの選考の時でも、彼女から同じようなことを言われたような気がした。


「わたしは、ミュンちゃんの音色が好きだよ」……って。


「あ、あの時、全校生徒に発表するときにさ、わたしこんな、せ、性格だからね……か、肝心なときに緊張しちゃってね……その、ミュンちゃんがもし、あの時、叫んでいなかったら……あの時に、ミュンちゃんがいなかったら……わたし……わ、わたしの音楽にはミュンちゃんが必要なんだと、思ったの」


 あれは、謙遜で言っていたのかと思ったが、もし、本心だったとしたら。


「は? なにそれ……キモイ。それに、あんたぐらいの才能だったら、一人でも充分活かされるだろ。わたしなんかじゃ、足手まといだよ……とっとと――」


「だったら勝負しろ! わたしと!」


 エフェクターを切り替えたように、ツバサの態度が一変した。瞳に燃えるような光が宿っていて、わたしは思わずドキッとした。


「勝負って……」


「ミュンちゃんが勝ったら、わたしは二度とミュンちゃんと関わらない。わたしが勝ったら、ミュンちゃんはわたしと音楽をやる!」


「そんなの……ツバサとわたしとじゃ」


「実力差がある? 怖いの? わたしに負けるのが! ピアノだけじゃなくて、ギターまでも奪われるのが? この臆病者! そんな生半可な覚悟でメタルやってんじゃねえよ! この下手くそが!」


「下手くそ」……まさか、ツバサの口から、そのワードを聞かされるとは思わなかった。それで、わたしもカチンときた。


「じょ、上等じゃねえか……その勝負受けてやる……! ブッ飛んでいて、ブッ尖ったような音で、あんたをブッ刺してやる!」



「それで、わたしらがここに呼びだされったって訳……」


 部長のテルが、長い溜息を吐く。


 数日後、軽音部の部室で、わたしとツバサは互いに対峙していた。勝負方法は至ってシンプルで、互いのオリジナルのギター曲を持ち寄って、軽音部の部員の子たちに採点してもらうという方式だ。軽音部の部員はわたしの知り合いでもあるので、ツバサにとっては完全にアウェイなのだが、ツバサは「どうせわたしが勝つから、それでも構わない」とホザきやがった。


 その奢った態度……その嫉妬するくらいの才能の塊……ブッ殺したくてたまらない。わたしは、そんな彼女をブッ殺すような、怒りの曲をぶつけてやった。古来からメタルやハードロックというものは、怒りそのものの体現であり、具現なのだ。


 ツバサとギターで勝負すれば、キング・クリムゾンをコピーできる化け物みたいな奴を相手に、敗北するのは目に見えている。の勝負ならばだ。わたしは、ドラムやベース、キーボードをあらかじめ宅録し、それをMTRでミックスさせバンド演奏のようにスピーカーから出力し、わたしのギター演奏、更にボーカルで歌うという、弾の数で勝負した。


 わたしにはないものを持っている才能を持ち、奪う女……つまり、ツバサを誰もいない廃墟に誘い出して、刺し殺し、その死体をバラバラに解体して、それを少しずつわたしが食べて、その才能をわたしのものにするが……いつしか、わたしはわたしなのか、ツバサなのか分からなくなっていくという歌だ。


 なんでこの勝負に、こんな曲を作ったのは分からない。わたしのツバサに対する揺らいだ感情そのものを曲にしたのだから、この曲になったのだろう。


 わたしが演奏を終わらせると、数人の軽音部員とツバサがパチパチと大きな拍手をわたしに送った。


「さすがは、次期部長候補だけだった事はあるね。七分ぐらいの大作に、ミュンが持っているテクニックを全てぶち込んだね。それに、そのファズ・エフェクター……自作? 金切り声みたいな歪み音が、本当に刺し殺してるみたいで怖かったよ。今度貸して」


 テルがマジマジとわたしの使っている機材を眺めていた。


「お世辞はいいから、とっとと採点してよ」


「はいはい……言われなくても。終わったら集計するから。次にツバサちゃん、どうぞー」


「は、はい」と、テルに促されて、ツバサがケースからギターを取り出すがそのギターが。


「ツバサ、それ……アコギじゃないのよ!」


 ツバサのことだから、7弦ギターとか、ダブルネックとかを持ってくるだろうと思ったら、なんとシンプルなアコースティック・ギターだった。


「べ、別に、ハードロックやメタルで勝負しろだなんて、だ、誰が言ったのよ。それに……今の、ミュンを相手にだったら、これが一番」


「はあっ? それはどういう意味—―」


 ツバサが弦を弾くと、アコギとは思えないテクニカルなリフが……それに、ギターを叩く、パーカッシヴなドラム音、スラム奏法だろうか……これは……押尾コータローの――。



「“翼”っていう、わたしと同じ名前の大好きな曲がってね、スラム奏法っていう、ギ、ギターだけじゃなくて、ベースやドラムの音をアコギ一つで、同時に出す、す、すごく、大変な曲があるの。ま、まるで、今のミュンちゃんのようにね、全部一人で、奏でるという……」


 とある廃墟で、ツバサを手に持ったナイフで殺そうと思ったら、彼女はそんな事をほざいた。

 

「その曲がどうしたっていうんだ? わたしがやろうとしているのは、ハードロックでありメタルだ。わたしの世界からあんたはいらない……だから、今すぐ死――」


「同じなんだよ!」


 ツバサは叫んだ。叫ぶように、歌っていた。正直言うと、そのギターテクニックとは正反対なくらいに、音が外れている音痴な歌だった。


「なぁにが、ハードロックでありメタルだよ……結局、全部同じだろうが。わたしは、全部持ってる訳じゃないの……一人で充分? 違うよ。わたしはね……わたしは、ミュンちゃん、あなたが必要なんだよ。その歌声が、わたしには必要なんだよ! だからさ……ミュンちゃん……ミュン! だからわたしも!」



「ブッ飛んでいて、ブッ尖ったような音で、あんたをブッ刺す!」


 そう叫んで演奏を終えるツバサ。わたしは、ナイフだと思っていたギターのピックを地面に落とした。まさか、押尾コータローの「翼」をハードロック調にアレンジして、自ら歌うとは思わなかった。ギターテクニックは言わずもがな、真剣なツバサの歌声を初めて聴いた気がしたが……それにしても、その歌声ときたら……。


「なんだそれ、下手くそ」


 わたしは正直な気持ちで、ツバサにそう言った。


「えへへ」と、褒めている訳でもないのに、ツバサは照れ笑いをしていた。


「そんじゃ、後片付けはよろしくねー」


 テルや他の部員たちが、ゾロゾロと部室を出て行った。


「ちょっとおい! テル! 採点はっ?」


「そんなもん、初めからしてる訳ないだろ。あんたらの音楽に良し悪しもないし、答えが出ているものに、採点をするなんて野暮な事ができるか」


「じゃ、じゃあ……わたしたちは?」


 バン! と、テルは机に二枚の紙を叩きつけた。それは、わたしとツバサの軽音部への入部届だった。


「鷹野翼さん……あなた今日から、わたしたちの部員ね。それとミュン、あんた軽音部に戻ってこい。二人とも拒否した場合、地の果てまでもお前らを追いかけて、捕まえてやる。覚悟しろよハードロッカー」


 そう言って、テルは「お前を見てるぞ」のジェスチャーをしながら、部室の扉を思いっきり締めた。ポカーンとする、わたしとツバサは、互いの顔を見合わせ、そして――。



「はああああああああっ!」


 あがり症のツバサが、舞台袖の端っこの方で、煌びやかなステージ衣装を台無しにするくらいに、小さくうずくまり、得体の知れないシャウトを上げていた。


「おい、ツバサ……もうすぐ本番だぞ、そこでシャウトしてどうすんだよ」


「だ、だって……緊張しちゃって……」


「全校生徒前やライブハウスで、演奏していた癖に……何を今更」


「そ、それは……ミュンがいたから」


「今もわたしがいるだろ? ほれ」


 わたしは、ツバサに手を差し出す。


「……ずるいよ、ミュンは」


「そうかな、わたしはツバサの方がずるいと思うよ」


 会場BGMにわたしたちが選んだ、ジューダス・プリーストの「自由の翼」というアルバムから「裏切り者の歌」が流れ出す。


「このまま飛んでいけそうな曲だね、ミュン」


「飛ぶんだよツバサ、一緒に」


 わたしたちはステージへ飛ぶように駆け出した。極彩色の照明に目がくらみ、ジリジリと当たって熱かったが、今から、わたしとツバサが産んだ音楽によって、刺さった観客の姿を想像するだけで、そんな熱さなど、わたしやミュンには関係のない事だった。

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