12杯目 吟遊詩人の武器とは

 勇者召喚暦二〇二〇年・六月十七日・ウンディーネ・天気:曇り


 ヒュ~♪ 皆さん、飲んでますかぁ?! シオーネさんは今夜も飲んでる!

 だって今日も一日色々と大変だったから!! 近所のお婆さんに家の大掃除を手伝わされたり、その飼い犬をお風呂に入れたり、もうくたくたです。


 はぁ、こんなときこそ飲んで歌うに限るんですが……今夜も例の吟遊詩人がいます。なんですか?! 営業妨害ですか!? ここは私の馴染みの店なんですよ!?

 と、まさか文句を言うわけにもいかず、テーブルでお酒をちびちび。


 商売道具のリュートを相手に愚痴りつつ大人しくしていると、急にざわつく店内。

 どうしたんですか? 入り口? 誰が来たっていうんです? まさか勇者や聖女とか言うんじゃないでしょうね?


 訝しげな視線を向けると、そこには青い髪の女性が佇んでいました。

 彼女の身を包むのは白地に金糸で装飾を施した場違いな神官衣。そして、その両目は包帯で覆われています……。

 いや、ちょっと……神官がなんでこんな酒場に来てるんですか……。


 そう誰もが思い、好奇の視線を向ける中、神官の女性はそれらを意に介した風もなく、ゆったりとした動作で店内を進み……腰を下ろした席は吟遊詩人の眼前。

 よりにもよって、そことか……なに考えてるんですかねぇ……。


 思わず頭を抱えそうになっていると、微妙に鼻の下を伸ばしながら何事かを女性へ話しかける吟遊詩人。

 普通に美人ですからね、彼女……それが汚れなき神官衣を身に纏い、両目を包帯で覆っていれば、余計に神秘的で魅力的に見えてしまうのでしょう……。


 神官の女性がどこか困ったように微笑み返すと、我が意を得たりといった様子で顔をほころばせ演奏を始める吟遊詩人。

 弾くのは昨日と同じくあの七人が題材の詩。内容は……あぁ、今度はダンジョン探索時のやつですか……本当、次から次へと……。


 数分後、演奏が終わると声援への対応もそこそこに、吟遊詩人は女性神官の手を取り店の外へ。

 ちょっと、どこへ行こうっていうんですか?


 慌ててあとを追うと、二人が向かうのは娼館や連れ込み宿が軒を連ねている区画。

 神官の女性は微妙に抵抗しているようですが……あれ、行き先が分かってませんね。はぁ~……相変わらず警戒心が薄い。


 呆れてため息をつくと、近道でもするつもりなのか路地へ入る二人。

 それを慎重に尾行し、吟遊詩人が油断したところを背後から強襲します。

 手にした武器は商売道具……えぇ! 私はリュートでぶん殴る!


 打撃の衝撃と勢いで壁に顔をぶつけ、昏倒する吟遊詩人。その隙に私は女性の手を取り急いで路地から退散します。

 悠長にしていたら、他の輩に襲われかねませんからね……。


 走ること十数分。教会近くの安全な場所まで来たので手を離すと、


「……シオーネ? 貴女、シオーネでしょう?」


 どこか不安げに尋ねてくる神官の女性。

 あの手の感じと歩き方、間違いないわ……って、なんですかそのちょっと人間離れした感覚……本当、やめて欲しいです。


 そうこうしていると、教会から人の出てくる気配が……。

 迎えが来たみたいですね……今のうちに逃げてしまいましょう。


 するとその気配を察知したのか、


「シオーネ? シオーネ! 待って!」


 と懇願するような声を投げかけられます。

 でも、嫌です。だって、私は多分貴女が知っているシオーネではありませんから。


 はぁ……すっかり酔いが醒めてしまいましたねぇ……。



 今夜のお酒

 ユウヒ オフ(麦酒)(度数3度以上4度未満):一杯

 キックスイの純米酒(度数15):二本と少々


 おつまみ

 砂ずりの炒め物、冷や奴、赤魚の餡かけ、サラダ、ご飯

 

 連続飲酒日数:十三日目


 まったく、あの手の吟遊詩人が一番迷惑です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る