第4話 探索はお好きですか?

「正直に言うと、集まっても四、五人だろうと思っていた」


 坊主頭の青年は街の入り口に集まってくれた者へ率直な感想を述べた。

 太陽は東の山々から顔を出して間もない。上空を飛ぶ小鳥の囀りさえ響くほど辺りは静かだ。

 緊張した面持ちで各々の武器を握りしめる六人の生徒。

 朝早い事もあるが、昨日から今日の探索参加について直前まで迷った挙句、急に準備を始めた者もいる。今になって睡魔に襲われ、大きな欠伸を隠せていない。


野伏レンジャーが一人、斥候シーフが一人、戦士ファイターが一人、武闘家グラップラーが一人、魔法使いメイジが一人、神官プリーストが一人、か。結構バランスの取れた布陣を取れそうで安心した」


 集まった面々は互いに顔を見合わせる。

 話した事が有る奴もいれば顔すら知らない者もいる。

 こんな奴らに己の背中を預けて大丈夫なのだろうか。引き返すなら今しかない。臆病者と罵られようと、命があってこその恥。死ねば全てが終わる。


「隊列は先頭から野伏、斥候、武闘家、魔法使い、神官、戦士でいきたいと思う」


「戦士を後衛にするのか?」


「万が一に備えてだ。オレたちはこの辺りの地形にあまり詳しくない。もし、背後を取られた時に前衛が間に合わなければ、後衛の者が危険にさらされる可能性がある」


 森は木々によって視界が悪い。茂みに隠れ、待ち伏せされる可能性だって十二分に有り得る。

 野伏の索敵能力に全幅の信頼を置けるほど、パーティーの絆は強くない。


「では、隊列も決まったことだし、早速出発しよう。野伏は敵感知、斥候は罠感知と罠解除を宜しく頼む」


 風によって大木の影が生き物のように揺らめく。

 来る者拒まず去る者追わず。森は侵入者を広い心で迎えた。

 慎重に、ただし可能な限り足早に探索を続ける。


「そろそろ昨日戦った場所に出ます」


 救出任務の進捗は予想以上に順調だった。

 訳も分からず転送させられた開けた場所。周囲には敵が待ち伏せ、生徒が何人も死んだ。今でも死体と思しき肉塊が横たわっているが、動物たちに所々食われ、最早性別すら判別出来ない。


「魔法使いさん」


「どうした?」


「彼らたちに、お祈りをしてあげてもいいかな?」


「祈り?」


「はい、だって彼ら、あのままだと可哀想で……」


「……分かった」


 女神官の言葉に坊主頭の魔法使いは目を見開いたが、職業柄見過ごすことも出来ないのだろうと独りでに納得し、休憩を取る事を全体へ提案した。反論する者はいない。野伏は大きく息を吐き、緊張を解いた。


「祈りなんて出来たのか?」


「こういうのは気持ちよ」


「知り合いなのか?」


「別に」


「もう誰かも分からないだろ」


「でも、このままだと可哀想じゃない」


 女神官の言葉に男戦士は溜息を吐き、側に立って辺りを警戒する。

 自分に索敵系のスキルは無い。今まで通り神経を尖らせ、注意して周りを見るしか出来ない。


「なんかさ、現実味が無いよね」


「この状況がか?」


「うん。だって私たち、昨日の朝まで普通に学校に通って授業受けてたんだよ? それが、こんないきなり」


「現実味が無くても、これが現実だってことに変わりはない。現に目の前の奴等は死んだ」


「そうだけどさ……ううん、そうだね。これが現実なんだよね」


 こんなあっさり死が訪れる世界が現実だと突き付けられる。

 まだ信じ切れない。皆はどういう風にして受け入れているのか。

 訊きたくても、それを今のタイミングで問いてはいけない。

 ここにいる者たちは、ただ仲間を助けたいという一心で集まったのだから。


「よし、終わったよ」


「そうか」


「うん」


「なら、坊主頭にその旨言ってこい」


「言われなくても分かってるよ」


 裾を払い、木に背を預けている魔法使いの下へと向かう。

 今でもふと、これが夢では無いのかと思う時がある。

 目を覚ませば見慣れた天井を視界に入れ、カーテンを開けてお日様の日光を一身に受ける。朝食はこんがり焼けたパンを口いっぱいに頬張り、準備が出来たら彼との待ち合わせ場所へ。一緒に登校し、授業を受け、帰りにまた一緒に下校して、少し寄り道をしながら帰路に着く。そんな日常は、もうどこにもない。


「先駆者の話では、ここから少し歩いた先に洞窟があり、そこが魔物の住処となっているとのことだった。今のところ手掛かりは無いが、正直あまり近寄りたくない。仲間の影が見られなければ、洞窟には入らず、周辺の探索を続けよう」


 魔法使いの言葉に皆頷いた。

 ここはゲームじゃない。危険に飛び込んで命の危機を晒したい者など、果たしているのか。

 再び一行は歩き出す。

 聞こえたのは小鳥の囀り、動物の鳴き声、葉っぱの揺れる音、そして……誰かの悲鳴だった。

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