第2話 祝会はお好きですか?

「今日の勝利を祝して、かんぱーい!」


 長テーブルに対になって座る生徒。

 制服には返り血がべっとりと付着しているが、そんな事は些細な問題。

 今生きている。小鬼ゴブリン相手に勝利を掴んだ。仲間たちと協力し、自分の力で魔物を倒せた。

 大なり小なりあれど、その達成感に殆どの者が喜びを覚えていた。


「ちょっと、動かないで」


 テーブル右端、入り口に近い末端の席。

 華奢な身体の女子生徒は女中からタオルを借り、甲斐甲斐しく隣に座る男の頬を拭く。

 男は抵抗しても無駄な事は重々承知している。

 二人は幼少期からの幼馴染。

 男のツリ目が彼女をジロッと睨むが、彼女にとってはどこ吹く風だ。


「まったく、危なっかしくて見てられないわ」


「誰も見てくれと頼んで無いだろ」


「屁理屈こねないで。はい、次反対向いて」


「いや、そもそもタオルを貸してくれれば――」


「い・い・か・ら」


 逆側に顔を逸らす。

 視界には文句を垂れながらも満足気な表情の幼馴染が映った。

 彼女は今年高校生になったばかり。彼は彼女の一つ年上。

 子供の頃は自分の方がお姉さんだったんだから、とは彼女の口癖だ。


「みんな、今日はよくやってくれた。右も左も分からない状況で大変だったと思うが、とにかく今こうして生きている」


 テーブル中央でコップを掲げ、皆の顔を見渡す男。

 森に残ったメンバーで全体状況を把握し、士気を高めたのは彼だ。

 自然と中心的人物に持ち上げられる。


「誤解が無いように言っておきたい。オレはリーダー面をするつもりは全くない。それでも、今この時だけは皆の前で発言する権利が欲しい。状況把握するために必要なんだ」


 反論する者などいない。


「ありがとう。まず初めに、皆に意識的に注意してほしいことがある」


 彼は自分の名前を極力伏せるよう、テーブルに着く者に言った。

 この世界には真名まな、つまりは名前を媒体にして呪う方法があるらしい。

 前にいた世界の感覚で軽く名前を呼び合う事は即ち、死を意味をする。


「だから、オレの事は坊主頭とでも呼んでくれ」


 ぶわっと笑いが広がった。

 昼間にあんな事があった直後だ。

 空元気でも必要になる。


「次にこの世界についてだが、先駆者から聞いた話をしたいと思う」


 ひと昔前、”Kill or Die”というフリーゲームがネット上で公開された。

 舞台は剣と魔法のファンタジー世界。オンライン上で仲間と協力し、クエストやダンジョンを攻略するMMORPGだった。ネトゲを知る者であれば、一度はその手のゲームをやったことが有るだろう。


「先ほどの森での戦い、あれはKill or Dieのゲーム開始後に似ているという情報が入っている」


 今プレイしても画質以外は何ら遜色無いレベルの作品。無料でここまで出来るかと当時は話題になり、プレイヤー数も多かった。

 利用人口の増加はクリエイターの開発意欲に拍車を掛ける。次々と新しいコンテンツが新設された。


「ゲームのコンセプトは”理不尽な死にゲー”。とにかく、初見殺しの罠や敵が多いらしい」


「死んだら、どうなるの?」


 不安が声となって木霊する。

 坊主頭の青年はバツが悪そうに息を漏らすが、凛とした声で応答した。


「ゲーム上では装備やアイテムを全て失い、最後に訪れた街の教会へワープする。だが、先ほど確認した時に教会へ戻った者はいなかった。誰一人として」


 ゲーム上の死が現実の死へ繋がる。遥か古代から人は最悪の状況を想定してしまう生き物だ。


「他の街で復活している可能性は有るんじゃないか?」


「その可能性もある。だから、この世界での死が現実の死とイコールだとは言わない」


 言葉選びは重要だ。

 人を殺すことも助けることも出来る。

 言葉が通じる者だからこそ使える奇跡や魔法と言っても良い。


「だけど、それを確かめる時間も今は無い」


「ん? どういう意味だ?」


「森の奥へ逃げた人たちの救出、これが今の目先の問題になる」


 パニックの状況の中、誰かがゴブリン目掛けて剣を投げた。

 それは急所命中クリティカルヒットし、敵陣へ穴を開けた。

 我先にと駆け出した者は、はて何十人か。

 数える暇など無かったが、生きていれば今この場にいる人数の倍はある。


「ゲーム時代、あの森はゴブリンなどの魔物の他に熊などの動物もいたらしい。時間の経過が解決してくれるとは思えない」


「もう一度、あの森へ入るの?」


「オレはそう考えている」


 今日一番の騒めき。

 彼の言っている事も分かる。

 今自分たちが安心して食事をしているように、森の中へ逃げ込んだ者たちが過ごしているとは考えづらい。

 未だ誰も森から出て来ない。魔物に追われ、逃げ延びた末に森の中を彷徨っている可能性は十分に有り得る。

 それでも……それでも、だ。


「しゅ、出発の予定は?」


「明日の朝一番」


「明日!?」


「時間の経過は生存率を低くさせる。本当は装備や道具を整えてから出発したいが、そんな金も無い」


 その通りだった。

 今日の食事代や宿代はゴブリンが持っていた武器を剥ぎ取り、質屋で売って得たお金。

 それも宿代は女性陣だけ。男性陣は馬小屋の藁の上で過ごすことになっている。

 不満が無い訳じゃない。だがどうしようもない。

 チュートリアル小鬼退治をこなしただけで皆の精神力はとうに尽きていた。


「無理強いするつもりは無い。昼間見た通り、あれが現実だ……だけど、その上でオレと一緒に森へ入ってくれる人は、明日の朝、街の入り口へ来てくれ。以上だ」

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