第39話 機械人間

 ラティアはボギーの背に手を回し、その場にしゃがみ込むよう促した。

 ラティアは廃坑前に立つゲリラを見て、驚いていた。それは自分たちよりも子供な、中学生くらいの少女だった。それが身に不釣り合いな重い銃を抱えて、時々よろめいてさえいる。当然、屈強な旧フェムルト軍の軍人がここを守っているとばかり思っていたのに。

 同時にラティアは統化した全システムから別の情報もつかんでいた。

 ラティアの一部であったはずのラムナック大要塞が突然消えた。意識下にあったはずのそこは無の空白領域になり、そこを回復しようとすると痛みにも似たノイズが走る。回線網が物理的に切断されたのだ。原始的だが即効性のある統化解除だ。ラムナック大要塞の状況がつかめなくなった。

 恐らくここにゲリラの主力はいないのだ。既にロナウやスフェーンKら主力はラムナック大要塞へ迫っているかもしれない。ラティアはそう推測し確認しようとした。

「ボギー、驚かないように。声を立てないで」

 ボギーの向き合う先、何も見えなかった一角に霧のように人型の輪郭が現れ、やがてそれは軍服姿の男となった。片膝立ちのスフェーンKがボギーに向き直っている。

「敵のリーダーに見えるよう、磁場をいじってみたの。これでどうかしら?」

「姿形はそれっぽいけど、言葉使いがそれじゃあニューハーフじゃん」

「ほ、本番ではちゃんとするわよ!」

 ボギーの頭をコツンと軽く小突いた。ラティアはスフェーンKさながらの鋭いまなざしに改まり、小走りに進んだ。茂みから迂回し、坑道入り口間際に立つゲリラの少女に接近した。彼女は接近するスフェーンKの姿を発見し、驚いた様子で慌てて敬礼する。

「戦況は? Sクオリファーは?」

「指示通りに治安部隊は追い散らしました。Sクオリファーの姿はまだ見えません」

 彼女は現れた者がスフェーンKであることを微塵も疑っていない。ラティアは違和感を覚えた。当然、ロナウはファンデリック・ミラージュを知っている。ラティアがゲリラの仲間に化ける可能性を彼女に伝えておいて良いはずだ。もしそうであったら、ファンデリック・ミラージュの出力を上げて、無理やりにでもスフェーンKであると仕向けるつもりでいたのだが。

「ですがスフェーンK、バンデルツァルクスの方はいかがしました?」

 むしろ彼女の方からラティアの知りたかった情報を明かしてくれた。スフェーンKは既に硫化ベデロクスを持ち出していた。ラティアと治安部隊は間に合わなかったのだ。

 そしてバンデルツァルクスは建造中の巨大空中戦艦。現在ラムナック要塞に隣接する建造ドックにある。一週間前に試験飛行を終えて、今は仕上げの内装工事をしている。建造ドッグのような閉鎖空間を襲うのなら、硫化ベデロクスガスは効果的だ。その上で空中戦艦を奪い使用すれば、帝国が受ける衝撃は更に大きくなるだろう。

「作戦変更の指示が出た。ロナウ大佐の先行部隊を追って、急ぎここから撤収する!」

 ラティア扮するスフェーンKに命じられ、ゲリラの少女は懐から信号弾を取り出した。空へ信号弾が打ち上げられ、弾ける音が峡谷内に響き渡る。

 信号弾を見たゲリラたちが、続々とラティアの前に集まってきた。見回すそこに三十人ほどのゲリラが揃う。だが、全員先ほどの少女と同じ年頃の子供ばかりだった。捨て駒だとラティアは思った。彼らは時間稼ぎに使われているのだ。崖の上に配置した布陣も的確で効果的だった。地形と強力な火器を利用して、実際、治安部隊を一度は退けてみせた。ここに治安部隊を足止めさせて、その間主力は空中戦艦強奪にまわると。

 しかし治安部隊が犠牲覚悟で突撃していたら。ラティアが治安部隊を後退させなかったら、皆殺しにされていた。ラティアがいなければ皆死んでいた。

 そこまで考えて、ラティアはいや、と思いなおした。

 これはロナウが、ラティアがここへ来ることを見越して子供は助けてやってくれと、謎かけをしているのではあるまいか。ここに自分が来て何を思うか迄、先読みをしているのではないか。実際、崖の上に布陣することで子供たちに被害はなかった。一方治安部隊も車両が破壊され負傷者は出ても死者はなかった。パンゲアノイドを死亡させるような火力ではなかった。

 整列し、リーダーの少年ゲリラが報告する。

「スフェーンK、全員集合しました。ご指示を!」

「我々もラムナック要塞へ向かう。しかし治安部隊がすぐ傍まで迫っている。迅速に行動するため一日分の食料以外、装備は全てここへ捨てていく」

 ラティアの前へ銃を差し出させ武装解除させると、それらをまたぎ超え、ラティアはファンデリック・ミラージュを止めた。スフェーンKの姿は消え、マントを風になびかせるラティアの姿が現れる。

「私はSクオリファー・ワン・ラティア。あなたたちを連れてここを離脱します」

 ラティアの姿を見て、初めてゲリラの少年少女たちは驚き出した。やがてだまされた怒りが沸き上がるが、既に武器を手放し抵抗できぬ状態にされている。

「直にここへグエン総督の率いる治安部隊が到着する。私はあなたたちを見なかった。ここへ来たときはもぬけの殻だったことにする。皆ここを脱出して、ゲリラだったことを誰にも漏らさず、日常の生活に戻って……」

 だが、初めに声を掛けられた少女はそのまま黙ってはいなかった。

 怒りに我を忘れて叫んだ。

「ふざけんな! 機械人間のくせに!」

 とっさに懐へ入れた手に、小さな拳銃が握られる。構えもなく、懐から抜き出しざま怒りに任せて引き金を引いていた。峡谷に銃声が反響し、銃弾がラティアの胸に命中した。

「や、やった! 当たった……」

 少女があらかじめラティアの正体に気付いていたわけではなかった。それでもと思い少女が護身用に隠し持った小さな銃だった。訓練もまともに受けたことのない腕で発砲して、偶然命中した。ただ、銃弾はラティアの皮下装甲を貫通することはできない。銃弾が命中した痛みはあるが、それでもラティアは胸を押さえながら立っている。

「ちくしょう! 当たったのに、なんでまだ動くんだ!」

 少女が続けて銃を撃つが、当たったのは最初の一発だけだった。ラティアは、ラティアが撃たれて茂みから飛び出しかけていたボギーの方へ、来るなと目配せした。

「裏切り者!」

「だましやがって!」

 ゲリラたちはラティアへ、手放した武器へ近寄ろうとした。近寄りながらゲリラたちは互いに声をかけ、ラティアの隙を突こうとジリジリと位置を変えつつある。三十人が無秩序に動けば、いかにSクオリファーでも対応し切れまいと思っている。

「話を聞いてほしい!」

 ラティアは彼らをなんとか説得しようとした。しかし目の前の少年少女たちは怒りと憎しみでラティアをにらみ据えている。

 そのときラティアははっとして、彼方へ振り返った。

 少年少女たちの耳にも地の底から唸るような叫びが届き、思わず彼方へと視線を移す。

 遠く原生林のかなたから巨獣たちの遠吠えが響き渡ってくる。

 青龍刀、戦斧の金属音を打ち鳴らし、猛然と雪煙を巻き上げ、治安部隊が駆け寄せてくる。

 パンゲアノイド得意の密集突撃で、その先頭にはギランドゥがいる。

「一人残らずこの場にいる者を踏みつぶせ!」

 獰猛な鬨の声が峡谷内に轟き渡る。闘争本能に火がついた彼らは、敵をなぶり殺しにし、殲滅することに目の色を変え、興奮と歓喜で陶然としている。

 治安部隊はゲリラたちを逮捕する気などない、ここで皆殺しにする気で突っ込んでくる。

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