第31話 翻弄

 突然ロナウと聞かされて、ラティアの全身がびくんと震えた。このスフェーンKの狂奔にロナウも同調している。それはラティアにとって大きな衝撃となった。

「故国と同胞へ犯した報いを帝国に償わせる! 見て見ぬフリはできぬ。天道を正さねばならん! 胸に天を抱け! 新生フェムルト軍として、ともに戦うのだ!」

 ラティアはよろめき立ち上がった。

 しかしスフェーンKへファイティングポーズをとった。

 それを見たスフェーンKが、怒りに全身を振るわせている。ラティアはひるまなかった。

「聞け、スフェーンK。かつてロナウ大佐の目指した世界は、互いを拒む血塗られた世界ではなかった。今この新渋谷のように、共に暮らし暖かな灯を慈しむ世界だ!」

「貴様は大佐を愚弄する気か!」

「もし本当にロナウ大佐がお前と手を組もうというのなら! 今度は私が暖かな灯のもとへ、彼を連れ戻してみせる!」

「シュエアアアアアアァ!」

 スフェーンKは身をのけ反らせ、腹の底から吐き捨てるように叫んだ。

「貴様は臆病風に吹かれたか! パンゲアノイドにひれ伏し、馴れ合い、媚びへつらうことを選ぶというのか! 敗北主義者め!」

 ラティアは顔をしかめた。臆病風と、かつて自分もロナウを罵った。同じ罵倒を今度は自分が受けていた。だからこそとラティアは思う。自分こそが説得しなければと。

「なんと言われようと私は変わらない。この新渋谷を守り、お前たちの愚行を全力で阻止してみせる! 聞け、スフェーンK!」

 そのときスフェーンKの背後に同じく銃を手にした軍装の男たちが続々駆けつけてきた。スフェーンKに率いられ、新渋谷に突入したゲリラ部隊だった。ハン・アゲッツがスフェーンKの耳元へささやきかける。一転、スフェーンKの癇筋は収まり体の震えもピタリやんだ。スフェーンKはうなずき指を鳴らした。次の瞬間、新渋谷駅構内で小さな爆発が起きた。

「この新渋谷駅周辺にはあと七個の時限爆弾がある。それらは硫化ベデロクスを密閉したボンベを破壊するためのものだ。たった今再起動した」

 はっとしてラティアは自らのセンサで周囲の電磁パルスを探し出す。七か所、さっきまで検出できなかった所に新たな電磁波パルスが発生している。

 ハン・アゲッツがラティアに叫んだ。

「それぞれあと一分ごとに爆発し続ける。お前なら探し出して排除に間に合うかもしれない。なに、作りも簡単な小さな時限装置だ。電源を潰すか配線を切るだけでストップする。我々の作戦は終了済みだ。お前は爆弾の相手をしていろ。我々は引き上げさせてもらう」

 スフェーンKが手を振った。

「夕べ、お前が我々に先んじて代々木原野を通ったと知った。作戦ついでにあわよくばお前をスカウトしようと思ったが。私も忙しい身だ。入隊の面接は後日仕切り直ししよう」

 スフェーンKが楽しげに笑う。

 取るに足りないとされたラティアがにらみ据える。その様子を見たハン・アゲッツが続ける。

「おいおい、冷静になれ。爆弾を早く止めに行かないと。爆発する順番は駅ビル三つ、ホーム二つ、ロータリー、鉄橋がゴールだ。ヒントを与えてやったんだ。しくじるなよ」

 スフェーンKが身を翻すと、ハン・アゲッツ以下が続き道玄坂を走り去っていった。ラティアはゲリラ達に背を向け、新渋谷駅へ駆けた。時限爆弾を潰すのは訳のないことだった。けれど七つがそれぞれ距離を置いて設置されているため、いらだたしくも時間ばかりがかかった。さらに、そうこうしているうちに新渋谷周辺にサイレンの音が響いてきた。

「ゲリラが逃げた今頃に治安部隊のお出まし? 役に立たないばかりで、うっとうしい!」

 治安部隊に見つかれば今度はラティアが追いかけられることだろう。そんなことは御免だった。七つ目の時限爆弾を潰すと、ラティアは裏道を駆け抜け新渋谷駅を離れた。


 ラティアは人気のない裏小路でほっと一息ついた。

 埃まみれになった体を両手で払う。ウエストポーチからウエットティッシュを取りだした。コンパクトを片手に髪と顔を軽く拭って、身だしなみを整えていく。朝楽しんだカフェオレの香りはとうにさめていた。でも一時、人心地になりたいと思った。あくまで一時だったが。

 来たか、と表情をまた引き締める。

 マントを翻した先、左折れに緩やかにS字に登るスペイン坂がある。またしても気配なくチェニスが現れた。段の低い深緋色のレンガ階段が続く中程にチェニスが立っていた。

「ちょうど良いところへ来た。お前にはいろいろ聞きたいことがある」

 ラティアは冷ややかな口調で坂を一歩一歩、上がっていく。

「そうでしょう。私もお話したくて参りました。実はよろしくない出来事が起きていまして」

 険しい表情のラティアが一段、一段とスペイン坂を上り迫りながらも、チェニスは両手をすり合わせて、いつもの変わらぬ微笑を浮かべている。

「あなたがスフェーンKと道玄坂で対峙している間に恵比寿港が襲撃されました。そこで極秘裏に集積されていたブレル酸、アスペジウム、レニョール錯体が強奪……」

「黙れ!」

 ラティアは声を張り上げ、遮った。

「私はそんなことを聞きたいんじゃない! ごまかすな!」

「はて? 一体何をお怒りなのでしょう?」

 チェニスは微笑みこそ収めたが、心底わからないといった様でいる。怒るラティアへわざとこうした態度を取ってきている。そうとしか思えない。癪に障る。ラティアは足を速めた。

「代々木原野での百式ロケット狙撃、そしてつい今し方の道玄坂と……

 ラティアが腕を伸ばし胸ぐらをつかもうとした。チェニスが慌てて後ずさりして逃れた。立ち止まったラティアが舌打ちする。

「なぜ私を狙うっ?」

 吠えるラティアに、チェニスは困り果てた表情で両手を挙げた。

「これは、とんだ誤解を受けているような……」

「誤解だとっ? お前以外に誰がやれる!」

「ロケット砲の件ですか? ええ、私も夕べの狙撃情報はつかんでいます。情報収集は得意分野でして……ああ、その前にあなたが聞きたいのは私自身のことでしたね。私は民族主義ゲリラの一員ではありません。あのような輩は私の最も忌み嫌う存在で、その一味と目されるなど私のプライドに関わります。私は嘘はつきません。特に人間相手にはね」

「元スパイが嘘をつかないなど、誰が信じるというんだ? ご託を並べる前に、お前がゲリラでないことを今ここで証明しろ」

「これはまた難題を……」

 チェニスはわざとらしく眉間にしわを寄せ、額に指先を当て考え込む仕草をした。それがまたラティアをいら立たせる。

「……逆に、そこまであなたが私を信じないというなら、私がどう答えればあなたの心に適うのでしょうか? あなたは私に対する『信』をなくして私を疑っている。とすれば、私が今ここで幾千の言葉を連ねても、あなたが私を信じてくれるとは思えません。既に頭で決め込んでしまっているからです。違いますか?」

「居直ったつもりか? お前以外に誰が、あの時刻あの場所を私が通過すると知っている?」

「ああ、それでしたら簡単に推測はつきます。治安当局は、フェムルトの主要地点に対人監視システム網を整備しつつあります。そこへ誰かがハッキングをかけたとします。レーダー・画像情報を盗み出せば、あなたの移動や、そのルートの推測も見当がついてしまいます」

 チェニスはぬらりくらりとかわしていく。らちがあかない。

「推測でなく事実を示せ! もし証明できないなら、今後お前は私の敵と言うことだ!」

「それはいけない! こうして今も、ゲリラたちの計画が進行しているのに。私たちが協力してこれに当たらなければ、大変なことに……」

「もういい! ゲリラたちとは私一人で戦う。そしてその先はお前だ」

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