第26話 モーニングカフェ

「ともかくも新渋谷へ来てくれて嬉しかったよ」

「嬉しい? なんで?」

「どうして? こうして一緒にいられるのは嬉しいじゃないか」

「だって、私は……」

「人間ってこういうもんだ」

 言いかけた言葉を遮るようにボギーは言い切った。

 世の中は変わっていく。そこに生きる人間もだ。そうロナウは言っているが、ボギーは全てを知っても、変わらず接してきてくれている。なんでだろう。同情からか。何事もなく、普通に友達でいてくれることを不思議に思う。

「こういうって、どういうものよ?」

「理屈じゃないんだ」

「なにがなんだか」

「俺はチェーホフさんと約束したんだ。チェーホフさんができなかったことを、俺が引き継ぐって。チェーホフさんがお前に謝ったのは、亡くなるたった二日前だった。それまでチェーホフさんがお前を邪険にした分、チェーホフさんが返しきれなかった分は俺が埋め合わせする」

「それって同情のつもり?」

「そうじゃないよ。チェーホフさんにかこつけたけど、チェーホフさん云々じゃなくても、ラティアがはるばる来てくれて嬉しいさ」

「話が堂々巡りね」

「こういうの、嫌なのか?」

 ボギーは指先で自分とラティアを交互に指さし、さらに店の中をぐるりと丸く指し示した。シックな店内で、コーヒーの香りが漂う中、二人座ってカフェをたしなんでいて。

「そんなわけ……あるわけない」

 以前にも同じようにボギーへ確認したことがある。そのときボギーはこうも語った。人間の細胞はどんどん死んで生まれ変わって、半年もすればソックリ全部入れ替わってるってさ。それでもその人間はその人間で変わりはない。だから機械の体でいようと、それは身体のつくりが肉か金かの違いだけさと。

 でも、チェーホフさんたちブルーベースの乗員は一様に拒絶反応をしたのに。ボギーはなんで? と改めて問うと、腕組みをしてうんうんうなりはじめた。挙げ句、ボギーもなんでかわからないと言った。でも、それも人間なんじゃないか? と言って笑っていた。さっぱりわからなかった。でも、そのときも、まっいいかで、うやむやなままボギーとはこうしている。

 今日も結局変わりなかった。この変わりなさが良いのかもしれない。肉や金や構成物より、繋がりあうことが人間をかたどる大事なものなのかもしれない。それこそ、自分は変わってしまった、別のモノへとなっているのだから。ボギーとはこのままカフェオレを飲みながら他愛の無い話ができる仲であってほしい。彼がそれを許して、変わらずに接してくれているのだから、それを慈しみたい。そんなことを思い浮かべながら、ラティアは窓から差し込む陽の暖かさに目を細めた。

「ほら、ボギー朝食だ」

 ロナウがテーブルに皿を並べる。ボギーはトースターでパンを焼く。

「はい、いただきます」

 朝食をかきこむボギーにカウンターにはコーヒーカップをかざすロナウがいて。明るいカウンターを挟んで談笑する、この穏やかで暖かなひとときにラティアはしばらく浸っていた。

 けれど外の小道は石畳を踏みしめる靴音が増えてきている。通勤通学の時間に差しかかっていた。ラティアは立ち上がりハンガーのジャケットを手に取った。剣帯を巻き、マントを羽織り、留め具の位置を調整していく。

「ロナウさん、荷物をここに置かしておいてもらうけど、いいわね?」

「ラティア、どこへ行くの?」

「うん、これからボギー君の学校まで一緒に。付き添いで見送りに行くわ」

 ボギーはかじりついていたトーストを吹き出しかけた。

「えっ? いや、あ、あの……ラティア、今朝は寒いよ?」

「私は寒さなんて関係ないもの。私、ボギー君の学校を見てみたい」

「ああちょうど良い。ボギー、ついでにラティアへ新渋谷を案内してやれ。バイクはそのまま店の前にとめておけば良い」

 ボギーは伸び上がってカウンターの中にいるロナウに小声で話し込んだ。

「そんなの嫌だよ……何とか言ってラティアを止めて」

 ボギーはぼそぼそと小声で、しかし今朝起きてから最も真剣な表情でロナウに頼み込む。

「何だ? 何が嫌なんだ? カノジョと一緒で」

 ロナウはボギーに合わせて小声ながら『カノジョ』を強調する。底意地の悪い表情を浮かべて、ニヤニヤと笑っている。

「カレシカノジョがお手々つないで仲良く通学かあ。甘酸っぺえなあ」

 ボギーが顔を真っ赤にしている。

「ラティアは俺の学校に通ってない! 別に手なんかつながない!」

「いやあ久しぶりに見せつけられちった。おぢさんも若い血潮がむずむずするぜ」

「なに勝手に盛ってんだよ!」

「いいねえ、せいしゅんって。うんうん」

「あのねロナウさん、俺、真剣なんだから! ツレにでも見られたら、なんて言われるか」

 ラティアは男二人の密談に笑いをこらえていた。聴力機能のゲインを少し上げれば全部聞こえているのだ。自分たちの間に何があるわけでもないし。一緒にいてだからどうなの? としかラティアは思わない。自意識過剰にすぎると苦笑している。

「それじゃあボギー君、一緒に出歩くときはこうしよう」

 ラティアはファンデリック・ミラージュをスタートさせた。弱電磁場を操作して周囲の人間の脳にラティアの視界認識を改めさせていく。ラティアの、ジャケットにブーツインパンツスタイルがボギーと同じ高校の制服に変わり、黒髪眼鏡姿の男子高校生になった。

 ラティアの変身にボギーが唖然としている。ラティアはメガネのフレームに指先を添えた。

「どうかしら、ボギー君。いや、そうじゃないな。どうだボギー、これなら気にしなくていいだろ? 俺はどこから見ても男だ」

「すごいな。声まで変わってる……」

「お前の耳はちゃんと俺の声音を聞いているけど、脳がそうと受け取らない。周辺電磁場を変化させて人間の脳神経ニューロンを操作してだましているんだ」

 ラティアはそう解説しながら、ふと一方で、頭部通信システムで呼び出しを受けた。

 チェニスからだった。店の外で待っていると伝えてきた。二人だけで会いたいと。

 眉をひそめた。夕べ百式ロケットで狙ってきた男が何故まだ会おうとするのか? 

「じゃあ、外で待ってるから。朝食をさっさと済ましてきてよ」

 ラティアはボギーが残りを慌てて食べる間に外へ出た。

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