第16話 進路南へ

 二度、日が沈み昇る頃。ベルトーチカ盆地一帯は、溶けた地面と砕けた骨肉、そして引きちぎられた金属塊が散らばる地獄絵図と化していた。破壊の限りを尽くした世界に動くものは限られていた。ラティアが移動している。パンゲアノイドの緑の血と骨肉が埋め尽くされる荒野をラティアがジェットスライダーでゆるやかに疾走し続けていた。なお生き延び、逃げるパンゲアノイド兵を見つける度、無造作に斬殺し続け、浴びた返り血が全身にこびりつき固まるのも構わず、ラティアはベルトーチカ盆地を巡回していた。その間、腕はガレア青剣を無造作に振るい殺戮を続けつつ、瞳は冷徹な色を帯びて沈思黙考していた。

 遂にベルトーチカに動く者はいなくなった。ラティアを除いて。

「チェーホフさん……」

 ベルトーチカ基地の残骸をじっと見つめ、ラティアは決意を固めた。

「仇は討ちます。帝国をフェムルトから追い落としてきます。見ていてください」

 ラティアは面を上げ、振り向いた。

「南へ……」

 疲れを知らぬ機械の体は、休むことなく敵に挑みかかる。眠りを不要とする頭部量子プロセッサは、昼夜問わず敵を撃滅しようと、敵を分析し戦術を出力し続けた。そして思い至った。


 フェムルト亜大陸南端のラムナック大要塞を落とす。


 今の自分ならできる。その自信があった。ハイパー・キャノンにアルティメット・モードはもう使えないが、疑似モノポリウムリアクターを活用した磁力兵器がある。ケルビム・ソフィアも出力を下げればもう一回くらいは撃てるだろう。すでに五十四万の侵攻軍は殲滅した。残るラムナック大要塞を落とせば、フェムルト亜大陸から全てのパンゲアノイドを駆逐できる。

 そして。その先では。

 二度と同じことはさせない。今の政府官僚ではだめだ。人間の思考には限界がある。衆が集まっても愚にしかならない。人工シナプスと量子プロセッサを搭載し、統化システムを有する自分でなければ。彼らを排除し、自分が国を支配しコントロールしなければ人間を守れない。かつてSクオリファー・ファイブ・バウンズが国を我が物にしようして失敗した。けれど自分は違う。今度は人間を守るために、自分が革命を起こしてみせる。

 ラティアは自身へ問う。何故インストールされた? 自分は一体何者だ。

 このボディは、この戦闘兵器へ人の意思・心をインストールした意味は? 戦わなければインストールの意味はない。人間として、皆の、仲間の死を、自身と化した兵器で報いねば。そして真に人を救うには、人を超越した、五十四万の帝国軍を撃破したSクオリファーが国を統括支配しなければどうにもならない。フェムルトには戦力も、有能な官僚もいないのだから。

 やろう。戦おう。人間を守るんだ。

 この科学の粋を結集した自身の力を最大限に活用するんだ。


 それでいいのかい?


 はっとして、周囲を見回した。殺気立ち、ぎらついた緑の瞳が声の主を探す。だが彼がここにいるはずもない。

「邪魔だ、ロナウさん!」

 ラティアは一喝して首を振った。

 しんと辺りが静まった。

 離れて見ていた別の自分はいつしか消えていた。ラティアはまなじりを決した。

「ラティア指令。ジェットスライダー、進路南、ラムナック大要塞へ」

「マスター・ラティア、了解です」

 ラティアは帝国軍を南へと追撃に入った。

 その先へ、国道五号線を負傷しよたよたと逃げるパンゲアノイド兵の群れを見つけた。彼らはラティアの姿を見て悲鳴を上げ逃げだした。しかし、ラティアはジェット推進を加速させた。ジェットスライダーはみるみるうちに彼らへと追い迫った。

「あああああああああああああ!」

 ラティアはあらん限りの咆哮を上げた。潰走するパンゲアノイド兵目掛けて血刀を振るった。

 全てを斬り倒した。

 けれどもその先に、さらにその先にも、逃走するパンゲアノイド兵が点々と続いている。

「一体どれほどいるというんだ。人喰いトカゲども」

 氷の微笑とも違う。その笑みは緑の瞳を輝かし、口角を上げていた。次々追い縋り切り伏せ動く者は全て血の海に沈めていく。その姿は人間を殺しまくり、先祖返りしたパンゲアノイドさながら。その思考は、既に常なる自分とかけ離れていた事に気付いていなかった。魔性の存在そのものと化していた。

 そして魔性の機械戦士は次なる決戦場、ラムナック大要塞へと一人向かっていった。

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