第2話 眠る幼馴染

 翌日の夜。

 

 風呂からあがった俺は少しの間リビングで涼んだ後、特に何も思わずに二階へと上がり、自室に入った。

 もちろん昨日のノートのことなんて考えてもいなかったし、寝たらノートのことなんてきれいさっぱり忘れていた。


 しかし、ドアを開けて目の前に広がった光景に、ノートの記憶が蘇った。



『明日、お風呂からあがって部屋に入ってみると、幼馴染がベッドで寝ている』



「……マジだったのかよ……」


 幼馴染の七奈が、ピンク色のパジャマを身にまとって、無防備な姿で俺のベッドに横たわって寝息をたてていた。それもすごく気持ちよさそうな顔をして。

 

 ……えっ? 急にラブコメの世界にでも転移したの? 

 そのトリガーもしかしたら風呂に入ったらとかだった? これ、テル〇エロマエなの?


「ん、ん……」


 寝る前だからか、お風呂あがりだからか、七奈は髪を下ろしていて、また違った魅力があふれ出ていた。

 ダメだ……理性がぶち壊れそう……。


 必死に欲望と格闘しながらも、同時に混乱する頭を落ち着かせる。


 とりあえず今はあのノートがなんなのかは考えなくていい。とりあえずは七奈が俺のベッドで寝ていることをどうにかしよう。

 

 昔はよく一緒に寝たりしていたが、俺たちはもう高校二年生。七奈だって発育しているし、もうそこまで子供じゃない。

 それに……ほんと目のやり場困るんですけど!


「七奈……? 七奈さーん?」


 遠くから呼びかける。が、


「んー……すぅー」


 どうやら熟睡しているようだ。

 ほんと困った。

 

 声をかけて、それで起きてくれたならそれが一番よかったのだが、それでもダメ

となれば体を揺さぶったり、もっと近くで呼びかけたりしないとダメそうだ。

 

「……なんてこった……ほんとに」


 いやこれは俺が意識しすぎなだけだ。

 七奈は幼馴染。兄弟のように一緒に育ってきたようなもの。

 見知らぬ美少女が寝ているとか、そういうのよりは俄然マシだ。なぜなら見慣れてるからな。


 よし一度深呼吸―……いや、何深呼吸して心落ち着かせようとしてんだ俺。

 だからこんなのそんなに意識しなくていいっての!


 そう自分に言い聞かせて、ゆっくりと七奈に近寄る。

 言い方が明らかに変態的なニュアンスを含んでいるが、全くそんなことはないので勘違いしないでほしい。(切実)


「七奈ー。寝る場所間違えてんぞー」


「すぅー……ん、んー……」


 耳元で言ってもダメ。

 なら体を揺さぶるしかないか……。


「起きろー。俺がそこで寝れんだろうがー」


「……むにゃむにゃ」


 こいつ静かに寝れないのかよ。

 思えば、昔からそうだったけど。


 ……思い出に浸ってる場合じゃねぇ!

 今度は耳元アンド体揺さぶり(強)のダブルコンボだ。


「七奈さーん。起きてくだいませー。ってかはよ起きろー」


「ん、んー……や、やめてぇ……」


「ちょっ……変なことしてるみたいになっちまうからそういう声出すのやめろ!」


 妹とか母さんとかに聞かれたら絶対勘違いされる。

 実際俺は潔白なのだから、とんでもない誤解と罪を着せられてしまう。あの二人、七奈のこと溺愛してるからな。


 そういえば七奈は一度眠ったら全然起きないんだった。

 これは根気強くやっていくしかないようだ。


「グッモーニンー。やばい学校遅刻するぞ!」


「……い、いや……」


「寝ぼけてんなこいつ……いい加減起きろ! ってか俺がもう眠いんですけど! 早く寝たいんですけど!」


「……一緒に寝よー……」


 今普通にしゃべったぞこいつ……。

 しかし目はばっちり閉じていて、恥じらいの様子もないので完全に寝ているようだ。

 まぁ起きてたらツンデレ発動してるから、こんなこと絶対言わないってわかってるけど。


「一緒に寝たら色々とアウトなんだよ。いい加減にしろー」


「む、むぅう……」


 ダメだ起きる気配がない。 

 最終手段として水でもぶっかけようかな……。


 そんなとんでもないことを思い始めた瞬間、ダブルコンボの効果あってか七奈の目がうっすらと開き始めた。


「ん、んー……」


「カムバーック‼ 現実世界にカムバーック!」


「……私、もしかして寝てた?」


 ようやく起きた七奈の第一声。

 恥ずかしそうに頬を染めているが、どこか不機嫌そう。


「ぐっすり」


「……わ、私に何かし、し、してないでしょうね!」


「してませんしてません! なーんにもしてません!」


「それはそれでなんかムカつく!」


「理不尽すぎるだろ!」


 何をしても七奈はイラつくようで、いっそ何もしないで呼吸だけに集中しようかななんて思っていたが、七奈が体を起こして床に足をつけた。


「帰るのか?」


「……そ、そうよ。ベッド、借りて悪かったわね」


「ま、まぁ別に気にすんな。風邪ひくかもしれないから、温かくして寝ろよ」


「う、うん。じゃあ……おやすみ」


「おやすみ」


 七奈は少し恥じらいながらも、俺の部屋を出た。

 

 ようやく訪れた安心安全の空間に、俺はベッドに倒れこみながらため息をつく。


「まったく……なんなんだよこれは……」


 奇妙なノートが現実味を帯びてきて、テンパっているということも大いにあると思う。

 

 でもそれ以上に——


 


 好きな子が俺のベッドで寝ていたということが、俺の頭の中を混乱させていた。



 

 


 

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