第19話 スタンピード

「カイトっ!大変よっ!森がっ!!」


「えっ!? リーファ!?」


 なんだ!? 森の奥の方からすごい数の気配がこっちに来ているのが分かる!! これじゃもはや氾濫した川とか大きな津波みたいじゃないかっ!?


「これは……そんな……この森の迷宮はこれが起きるような迷宮じゃなかったはずだっ! 一体何が!?」


 なんかお父様も状況が分かっていないみたい。というかリーファはどうしてこれがいきなり分かったんだ!?


「カイトっ! 稽古は中止だ! お前はエミリアとマリアのところに戻って2人を連れてヴィーグルの町まで逃げるんだっ!」

「えっ……?」


 中止ってのはよくわかるけど、逃げる……? 姉さんたちを連れて? それってお父様とお母さまはここに残るっていうの!?


「リーファ様っ!何があったんですか!? あなたは何か知っているようだ!」


 僕にそう言ってすぐにお父様はリーファの方へと行ってしまったが、僕はまだこの状況が呑み込めていなかった。理解ができていなかった。なんなんだ、昨日から今日にかけて急にいくつものことが押し寄せてくる、これ以上いったい何が起きたっていうんだっ!?


「やはりスタンピードなんですね!? なんてこった、これはもう俺たちの隊だけじゃ抑え込めるような量じゃないだろう!」

「アラン、すでにヴィーグルの町にいるだろう辺境伯のところに向かって伝令は出している。今あそこには辺境伯直轄の騎士団にライオル様お抱えの強力な冒険者たちもいると聞く。今回は彼らの力も借りるしかない」

「アラン、俺は残る。伝令は1人で行かせたが、他の隊員数人を編成して、近隣の村に行かせている。できるだけ早く避難させるように指示も出してある。だから俺はここでうちの家族も逃げられる時間くらいは作ってやることにする」

「助かる、助かるが、トラマー……。お前は……」

「気にするな。昔も言っただろ、俺は俺の意思でここに来た。友と肩を並べて戦い続ける。これが俺の生き方なんだってな」

「今回は……私も覚悟を決めよう……。生き残ることではなく1体でも多く殺せるように戦うさ。何、私は独り身だ。存分に戦いに集中させてもらうさ」

「2人とも……。よろしく頼む……」


 何やら3人で話し込んでいるし、それにスタンピードってさっきリーファがお父様に言っていたけど、前世のマンガとかに出てきたような意味でいいのかな……

 でもリーファはお父様にもスタンピードって言った後に少し離れて森の方を向いて何かぶつぶつ言ってるんだよね……


「カイト! まだいたのかっ! 早くここから離れるんだっ! 魔の森でスタンピードが起きた」

「スタンピード、ですか?」

「あぁそうだ。ダンジョンから魔物たちが溢れ出ること言うのがスタンピードだ。そしてそれがこの魔の森でも起きた」

「え、この森ってダンジョンがあったんですか?」

「深層にあるんだ。ほら、良いから早く家に戻って姉さんたちとヴィーグルの町まで早くいくんだっ!」


 魔物が溢れる……。やっぱり前世のマンガみたいな展開であってはいるようだけど、そんなこと考えている場合じゃないってことはわかってきた。早く家に戻って姉さんたちと合流したほうがいいってお父様も言っているし、でも、この数本当にお父様たちの隊員で押しとどめられるのか!?


 あれ、この気配は……っ! これはまずいっ! 数体速いのがいるのか! まだ距離はあったはずなのにっ! とにかく知らせないとっ!


「お父様! 何かがすごい足でこちらに向かって……」


「グルワァァァァァアアア!!」


 くそっ! もう来たのか!! なんだあいつ! 今までこの森で見たこともないやつだっ。トラでいいのか? でも前世の動物園で見たのとは大きさからして桁違いだぞっ! まずい、みんながっ……!


 みんなが危ない。僕がそう思ったとき、意味不明なことが起きていた。


 


 叫び声をあげて突進してきたトラみたいな魔物の数体が真っ二つに引き裂かれていて、あたりには血の匂いと肉が焦げたようなにおいがしていたんだ……


「これは……」

「大丈夫だったか? カイト? お前よくこいつらの接近が分かったな? ほんと、よく鍛えたようだな」

「お父……様……?」


 そこにはバチバチと電気のようなものを体に纏って、一本の綺麗な剣を持ったお父様が目の前にいた―――


「アラン! 最初からそれでいくのか?」

「あぁ、出し惜しみは無しだ。すでにここは戦場になっているようだしな。どんどん来るぞ!」

「ちぃっ! お前らぁ! アランが本気を出すぞ! 邪魔にならないように距離をとって魔物の迎撃に当たれよ! セレキスが全体の指揮を執ってくれる!」

「お前が仕切っているみたいになってるぞ、トラマー……。まぁいいか、各員は先ほど指示した編成で外周部を守るんだ。いいな! わかっているとは思うが、俺たちが崩れたら村が消える。つまりお前たちの大事な人たちはみんな消える! 総員、心して配置につけっ!!」


「「「「「了解!!」」」」」


 これがお父様の本気……。これが警備隊……。すごい! かっこいい! かっこいいよ、みんな!!


「カイト、最後に言っておくぞ、お父さんは強いんだ。だからな、お前はもっと甘えていいんだ。お前は俺の子だ。リーシュだって、エミリアもマリアそう思ってる……。頼っていいんだ。何よりお前はまだ子供なんだ。もっともっと大人に甘えたってかまわないんだ。いいな、カイトお前が強くなることは嬉しい。でもな、まだ自分をいじめるような鍛え方をする年じゃない。もっと遊んでいいんだ。友達をたくさん作ってこい。元気ならそれでいい。今のお前は十分に強い。この魔の森管理警備大隊隊長、アラン・ブレイトバーグが認める男だ。だからな、カイト。無理をするな」

「お父様……」


 お父様……そんな風に僕のことを……。僕は、鍛えるのはもちろん楽しかったっていうのもあった、前世ではできなかったようなすごい動きで敵を圧倒できて、戦うことができてすごいと思ってもいた。でも、本当はいつも不安で、距離感が分からなくて、本当の家族じゃない人たちの中でどうしたらいいのか正直迷ってもいて、そんな暗い気持ちを動き回ることで発散している自分もいて。

 でも、そんなことは杞憂だったんだ。家族って信じてよかったのか。僕は、本当にわかっていなかったのか。だからお母さまは泣いてくれたのか。お父様はあんな稽古をしてくれたのか……


「もう一度言う、お前は俺達の家族だ。分かったか?カイト」

「はいっ!」

「よし、ならもう大丈夫だ。ほら、お前は家に帰って姉さんたちを避難させるんだ。リーファ様、勝手なことだとは思いますがこの子を家までどうか守ってやってくれませんか?」


 そう言って、僕のところに戻ってきていたリーファにお父様がお願いしてきた。もともとは僕がこの子のこと守ってたんだけどね。今はいいか……


「え、えぇ。分かりました」


 分かったって言っているけどなんだか歯切れが悪いな……?


「分かりました! リーファこっちだよ! あれ、でも、お母さまは?」

「リーシュか? あぁ、お前たちは知らないよな」


 ん?何をだろうか?


「……水弾斉射アクア・ブラスト!!」


あれ、向こうの方でお母様らしき人の声が聞こえる―――





 って、お母さまじゃんっ!! え、なんか人の頭位の水の球をたくさん浮かべて一斉に飛ばしてる……

 どんどん森から出てくる魔物たちをぼっこぼこにしている……


「リーシュももともと冒険者だったんだよ。結構強かったんだぞ?」


 そう言ってお父様は一瞬で消えて森の中に入っていったみたいだった。いや、森の方でドカーンって音がしながらバリバリ雷みたいなのが見えるんだもん。そういうことだよね? ハハッ! うちのお父様は最高にかっこいいや!


「リーファ、そしたら早くうちに戻ろう! 案内するからついてきてね?」


 リーファを伴って一度帰ろうと呼び掛けて振り返った先には何か思いつめたような顔をして突っ立っていて―――


「カイト、カイトのお父様はあなたに逃げろって言ってたみたいだけれど、その、お願いがあるの……」

「リーファ?」


 









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る