33:決戦の終わり

「すまん、取り乱した」


 最悪の気分だ。


 まさかこれほどの醜態をクレアに晒すなんて……。


 しかもよりによって

 キュウビとフェニスにもバッチリ見られている。


 あぁー! マジでっ! 死にたいっ!


「いいよ。だって私が心配をかけたんだから」


 やはりクレアは天使だ。

 いや、天使以上、神!

 いやいや、神以上だ!


「違う、俺がちゃんと守れなかったから」


「ううん、私がーー」


「いやいや、俺がーー」


「それ、いつまでやるつもり?」


 見かねたキュウビが割って入った。


 もう少しクレアと

 ふたりで話していたかったのだが……。


「あ、モコちゃん! 魔王さんから聞いたよ。

 私の為に頑張ってくれてたって。

 モコちゃんにも心配掛けたんだよね。ごめんね」


「私は何も出来なかったわ。

 あなたを助けたのは魔王様よ」


 キュウビは自分の力不足を

 痛感しているようだった。


 頭の耳がへたりと力なく下がっている。


「ううん。魔王さんが言ってた。

 モコちゃんが私の魂を引き留めていてくれたから

 治せたんだって。

 私がここに居られるのは

 モコちゃんのおかげでもあるんだよ」


 クレアの言葉を聞き、

 落ち込んだ表情に少し赤みが差した。


 一度大きく息を吸い込むと、

 いつものキュウビに戻っていた。


「……そう、まぁ、的確な対処だったわね、

 さすが私!」


「うん! さすがはモコちゃん!」


 でかい胸をより大きく見せるように

 胸を張るキュウビにクレアが賛辞の言葉を送る。


 だがこれまでもキュウビには

 助けられることもあった。


 今回に関しては俺もキュウビにちゃんと

 頭を下げねばならない。


「……俺からも感謝する」


「えっ!」


 急に頭を深く下げた俺に

 キュウビが面を食らっている。


 この様に頭を下げられることは

 想像していなかったのだろう。


「お前がいてくれたおかげでクレアが助かった。

 本当にありがとう」


 素直な言葉で礼を告げた。


 クレアの件に関しては聞きたいことは山ほどあるが

 まずは感謝を伝えたかった。


「ふ、ふんっ! まぁ、当然よね!

 これで私の有り難みがわかったでしょ!

 これからは私をもっと敬いなさい!」


 こいつ……ちょっと煽てるとすぐにこれだ。


 だから日頃、礼を言うのが嫌なんだ。


 なので『あの件』のことは

 きっちり言っておかなければならない。


「……言っておくがお前がクレアに

 『バラしたこと』は、許した訳じゃないからな」


「はぁっ! 別にいいじゃないのよ!

 そのおかげでクレアと仲直り出来たんでしょ!?」


「いや、それとこれとは別だ」


 煽てられて気持ち良かった所を邪魔されたのが

 燗に障ったようだ。


 キュウビは顔を赤くして言葉を返した。


「流石は臆病で卑怯で泣き虫な男は言うことが

 小さいわねぇ!」


「それを言うか……!」


 それは俺にとっては決定的に痛い所だ。


 そのことに関しては触れられたくなかったのだが、

 この場でそれを出すのならばあとは戦争しかない!


「おい、お前たち。まだ終わった訳ではない。

 魔王様とブラドがまだ戦っている。」


「「あ」」


 フェニスから聞くまですっかり忘れていた。


 するとクレアが遠慮がちに口を開く。


「それで魔王さんから伝言があるんだけどぉ……

 話してもいいかな?」


 クレアを治療した後に魔王は

 クレアに何かを伝えていたようだ。


「なんだ、クレア? 魔王はなんて言ってた?」


「えっと、あのブラドって

 人の倒し方らしいんだけど」


 ブラドの倒し方……。


 それは俺も考えていた。


 先ほどのことは少しばかり興奮し過ぎて

 良く覚えてはいないが、

 確かにあのブラドを殺し切ることは

 今の俺にはできる気がしない。


「ブラドを倒せるの!? それは助かるわね!

 アイツいつまでも死なないし」


「それでどんな方法なんだ?」


「えっと……確かぁーー」


『不死を殺すには「不死殺し」という特性を持った

 特別な魔法が必要となる。

 又はその魔法の掛かった武器が。

 しかし、今この場にその術や武器はない。

 であるのなら方法は一つ。封印することだ。

 今は封印に止めておき、

 不死殺しを入手したのちに再び封印を解き、

 止めを刺す』


『封印しただけでは駄目なんですか?

 何も殺さなくても……』


『今はいいかも知れないが奴は

 封印の中で生き続ける。

 もしいつの日か封印が解かれた時、

 奴は再び世界の脅威となるかもしれん。

 だから排除出来るとき排除するべきだ』


「ーーって、言ってたよ」


 あんな『ゴミクソ』の命にまで

 心を割くなんて……。


 尊いわ。クレア、マジ尊いわぁ。


「確かに。

 ウルフが強すぎるから

 それほど目立っていないけど、

 ブラドの力もかなりものよ。

 もし、ウルフや魔王様がいなければ

 ブラドを止めるのは難しかったかもしれない」


 今出来ることは封印すること……か。


「だが封印ってどうするんだ?」


「私が封印の術を使えるわ。

 でも術を練るのに少し時間が必要よ。

 あとブラドの動きを止めないと」


「なら時間稼ぎと足止めは俺がやる」


「封印がどれ程持つかは保証できないわよ?」


「だが今はそうするしかない。

 アイツをこのまま逃がすよりはいいだろう」


「……わかったわ」


「クレア、すまない。

 もう少しだけ待っていてくれないか。

 これが終わったら一緒に帰ろう」


「今度こそ約束だからね。

 絶対、破っちゃダメだからね」


「ああ、必ずだ」


 今度は絶対、必ずだ。


 さっさと奴を封印して帰ろう。


 俺とキュウビはクレアをその場に置いて

 魔王達が死闘を繰り広げている戦場へ足を向けた。




 魔王とブラドの戦闘。


 周囲には大きな被害は見当たらないが、

 魔王の鎧には傷一つついてはいない。


 一見、実力差のない戦いにも写るが、

 魔王からは差ほど手を出さず防御と

 反撃の姿勢を取っている。


 ブラドの方は俺と戦っていたときとは違い、

 積極的に攻撃を取る構えだ。


 だが魔王への攻撃はことごとく防がれ、

 逆に魔王の数少ない反撃は確実にブラドに

 致命傷を与えていた。


 その度にブラドは修復を繰り返す。


 この様子からもブラドを倒すには

 今は封印するしかない。


 魔王はこちらが駆けつけたことに

 気がついたようだ。


「どうやら貴様の待ち人が戻って来たみたいだぞ」


 その言葉にブラドの視線がこちらに向く。


「ああ……シリウスっ!」


「ブラド!」


 瞬間、ブラドが先ほどの勢い以上のスピードで

 こちらに飛び込んで来た。


 俺もそれに反応し奴の剣を受け止める。


 相変わらず奴の表情はニヤついている。


 全く持って見るに耐えない醜悪な表情だ。


 奴の口が開く。


 しかし、互いに剣を止めはしなかった。


「残念ですよ。

 先程までの殺気は心地よかったんですがね」


「お前の目的はなんだ」


「目的? そんなもの君以外にありませんよ」


「俺か……どういう意味だ?」


 こいつが俺を狙っていたのはわかっていた。


 しかしその目的がわからない。


 こいつからは『勝つ』という気迫は感じられない。


 なら俺を不快にすることだけが目的なのだろうか?


 だがこいつは今回は逃げなかった。


 俺を不快にすることだけが目的であるなら

 クレアを殺した後はここを離れ遠くから

 覗いていれば良かったのだ。


 こいつであればそれは可能だろう。


 しかし、こいつはそうはしなかった。


「わからないのですか? 

 私は君とこうしている時だけは

 『生』を実感出来る!

 長く生きていると、

 何も感じなくなっていくのです。

 そんな中、君の強大な魔力を受け止めたあの時、

 あの瞬間は、それはとてつもなく

 甘美なものでした。

 あなたの圧倒的な力を前に死なないはずの私が

 『死』を感じることが出来た!

 だから私は貴方を通して

 『死』を感じることが出来る!

 貴方は私の『生』の証なんです!」


「……そんな理由でクレアを!」


「ふふっ、いつか貴方にもわかる時が来ますよ!」


「そんな日は来ない!」


「いいえ、来ます。貴方は私と同じですから」


「何を……」


 奴の言葉からは何やら確信のようなものを感じる。


 それが少し引っ掛かる。


「ウルフっ!」


 キュウビの声が耳に届いた。


 どうやら準備が整ったようだ。


「無駄話は仕舞いだ!」


 強めの一撃で奴を吹き飛ばし距離を取る。


 距離を取ると、ブラドの視線が一瞬

 キュウビに向けられた。


「なるほど、封印の準備の

 時間稼ぎだったという訳ですか。

 ですが大人しく私が封印されるとでも?」


「もちろん思っていない。無理やり通す!」


 魔力を放ち、凝縮させ、それを『牙』に込める。


「ふふっ! ではこれで最後という訳ですねぇ。

 ……実に残念だ!」


 奴も同じく魔力を放った。

 大した魔力だ。


 今までで一番強い魔力を感じる。


 こいつ、これ程の魔力を持っていたのか。


 その魔力は奴の周囲に

 赤い棘のようなものを生み出す。


 それは一つではない。

 数十はあるだろう……

 いや、百を越えているかもしれない。


 互いに術は完成している。


 あとは放つだけだ。


 一瞬、周囲は静寂に包まれる。


 しかし、次の瞬間には互いに術を放っていた。


「『灰色狼の咆哮』ッ!」(フェンリルロア)


「『串刺し公の槍』ッ!」(スキュアドランス)


 術のスピードはブラドの方が早かった。


 幾多の棘がこちら向かって飛び込んで来る。


 だが俺の術がその棘を全て打ち落とし、

 なおもブラドへ向けて走る。


 ブラドの周囲に残っていた半数ほどの棘は

 今度は密集し名前通りの槍となり、

 再びこちらに飛翔する。


 だか俺の術がすれ違い様にそれを噛み砕き、

 そのままブラドへ命中した。


「ぐぅっ……!」


 今回は消滅させる訳にはいかない。


 そのまま奴を大地に押さえ付ける。


「キュウビぃっ!!」


「封印術式 玉兎の法、『殺生石』!」


 キュウビの詠唱と同時にブラドの周囲に

 魔方陣のようなものが浮かぶ。


 その魔方陣が一層の光を放つと中心から

 黒い球のようなものが現れた。


 それは徐々に大きくなり

 ブラドの身体を飲み込んでいった。


 どうやらブラドには観念して抵抗する様子はない。


「……シリウス、またやろう」


「次にやるときは、息の根を止めてやる」


「楽しみにしているよ……」


 そうして奴の全身が黒い球に飲み込まれた。


 黒い球もそこで肥大化を止め、

 表面が石のように固まっていく。


 中で奴を押さえつけているであろう

 『灰色狼の咆哮』を解いたが

 『殺生石』に異変は見られない。


「……封印は成功か?」


「なんとか……でもどれだけ持つか……

 50年も持てばいい方じゃないかしら?」


 ならばその間に『不死殺し』を

 見つけなければならない

 ということか。


 ……以外と時間あるな!


 こういう時、魔族の時間の感覚って判りづらいわ。


「ここは封鎖して軍が管理する。

 異変があれば直ちに対処しよう。

 フェニス、そちらの軍に任せる」


「ハッ!かしこまりました」


 魔王がフェニスに指示を出し、

 フェニスはそれに従う。


 フェニスがまともに見えることに、少し感動した。


 しかしこれでやっと一息つける。


「……はぁ」


「ウルっ!お疲れ様」


 クレアが駆け寄って来る。


 全てが終わった訳ではないが、

 これでしばらくはあの日常に

 戻ることが出来るだろう。


「ああ、これでひとまずは終わった。

 ……帰ろうか」


「うん!」


 俺は彼女の手を取る。


 改めて、この人の姿で彼女と面と向かって話すのは

 気恥ずかしくもあった。


 だがそんな新鮮な気持ちを

 あの黒鎧の男が邪魔をする。


「ウルフ……」


「魔王か……。

 クレアを救ってくれたこと、感謝する」


 こんな奴でもクレアを助けてくれたことに

 変わりない。


 一応、礼だけはしておこう。


「そなたが礼を言う必要はない。

 私は私のするべきことをしたにすぎん」


 魔王の『するべきこと』と言う言葉には

 引っ掛かりを覚えた。


 魔王である奴にとって、

 クレアを救うことが

 するべきことだったのだろうか?


 まあ、そんなことよりも今は

 クレアと帰ることが大事だ。


 さあ帰ろう。すぐ帰ろう。いま帰ろう。


「本題だが、そなたには話したいことがある」


「断る」


「うむ。……え?」


 まさか断られるとは思っていなかったようだ。


 流石にキュウビも慌てた様子だ。


「ちょっと!ウルフ!?」


「俺はクレアと急ぎ帰らねばならん。

 だから断る」


 これが終わったら帰ると約束したのだ。


 もう先伸ばしには出来ない。


 今後一切の予定は二の次、クレアの次だ。


「あ、いや、結構重要な話なのだが……」


「それは今でないと駄目なのか?」


「今すぐという訳ではないが……」


「なら明日にしろ」


 そんな些末事でクレアとの予定を変えるだなんて

 言語道断だ。


「……」


「なんだ?」


「いや、仕方ない。

 彼女の為だと言うのであれば」


「会うのは村の近くだ。

 あまり離れているとクレアが心配する」


「あ、ああ、わかった」


 そんな魔王と俺のやり取りを見て

 キュウビが耳打ちをする。


「あ、あなた。相手は魔王様よ?」


「だからなんだ。

 クレア以上に重要なものなんてないだろ」


「……はぁ、もういいわ」


 これでようやく帰れる。


 もう帰れると思っていなかった、

 クレアと過ごしてきたあの場所に。


「帰ろう! クレア!」


「うん! ウル!」

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人狼転生~キャラ作りに疲れたので、一般家庭の飼い犬になります~ 銀煌銀 @gingiragin

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