24:正体

「ぐはぁっ!!」


 幾度となく打ち倒されては起き上がって来る。


 傷一つ付いておらず、息も整っている俺と

 全身から血を滲ませ息絶え絶えのペテロフ。


 勝敗は誰が見ても明らかだ。

 

「……もうわかっただろ?

 お前では勝負にすらならん。大人しく投降しろ」


 こいつはブラドの情報を持っているかも知れない。

 ならば捕虜として捕縛する方が良いだろう。

 あまり期待はできないだろうが。


「てめぇ……犬ごときが、

 見下してるんじゃねぇっ……!」


 これほどの力の差を見せつけても尚、この態度。

 敵ながらにあっぱれに感じて来た。


「お前らも行けぇっ!」


 ペテロフの声に後ろに控えていた軍勢が

 向かってくる。

 眼前がそれらで覆わんとするばかりの数だ。

 だが俺に取って数は問題ではない。


「無駄だ」


 『牙』に魔力を込め、軍勢に向けて薙ぎ払う。

 魔力の光が夜を明るく照らした。

 向かって来た軍勢は跡形もなく消滅した。


「なぁっ……にぃ!」


 今ので六割程度は倒すことができただろうか?


 ちなみにそのうちの一割は

 アイツが最初に捲き込んで減らしてくれた分だ。


 だがこいつは兵力が多少減った程度では、

 大人しく捕まってくれるような奴ではないようだ。


 ならば仕方がない。


「言い残すことはあるか?」


「ぐぅっ……」


 『牙』を高く掲げる。

 命を奪うための魔力を『牙』に込めようとした

 その時だった。


「ウルぅー! モコちゃーん!」


 聞き覚えのある声が夜に響いた。

 いや、聞き覚えがあるなんてものではない。

 俺がこの声を聞き間違えることなんてあり得ない。


「クレア!」


 俺が動揺した瞬間を奴は見逃さなかった。


 その瞬間に奴は魔力を込めた一撃を

 彼女へ向けて撃ち放った。


「不味いっ!」


 俺はその一撃を追う。

 彼女との距離はまだあるが、

 今の姿では間に合わない!

 姿を瞬時に狼の姿へ切り替えた。


「……えっ?」


 奴の一撃がクレアを照らす。


 間に合ってくれっ!


「クレアーーっ!!」


「ウル!?」


 着弾した奴の攻撃が彼女の居た一帯を爆砕する。


 だがその攻撃はクレアを捉えてはいなかった。


 間一髪、間に合った!


「……いったい、なに?」


 クレアも混乱しているようだ。

 奴の居た辺りを見るがすでに

 奴と奴の軍勢の姿は消えていた。


 まだ遠くには行っていない。

 どうする?追うか?

 しかしクレアをこのまま置いては行けない。


「ウル……だよね? さっき私の名前を……。

 もしかして喋れるの?」


 この状況、どうしたものか……。


 そもそもこの姿である時は話せないはずなのだ。

 人狼の里でもこの姿で人語を使える者は

 いなかった。

 なのに何故かクレアの名前を呼ぶことが

 出来てしまった。

 そしてわかってしまう。

 自分がもうこの姿でも普通に喋られることが。


 さてどうする!?

 どうやって誤魔化す!?

 聞かれたのはクレアの名前を呼んだ時だけだ。

 今なら空耳、聞き間違えで誤魔化せるのではないか?


 だが、そこにまた厄介なやつが現れた。


「クレアっ! 良かったわ!」


 キュウビだ。

 こいつ、人の姿で現れやがった。


「ウルフ! ごめんなさい!

 クレアを守るって約束したのに!

 こんなことになるなんて!

 ちゃんと守るつもりではいたんだけど、

 気付いたらクレアがいなくなってて、それでーー」


 そしてその姿に俺に話しかけてくる。

 キュウビもだいぶテンパっているみたいだ。


「もしかして……モコちゃん?」


 気付かれた。

 確かに今のキュウビは耳も尾も出ている人の姿だ。


 その姿を見て狐を連想するのはごく自然だろう。


「な、なんのことかしらー。

 モコちゃんてどこの狐のことかしらー」


 狐って言ってるよ。

 アウトだよ。


 何よりキュウビの態度と様子がもはや

 自供レベルだ。

 これは誤魔化し切れない。


「あー、私さきに帰っているわねぇ。

 二人ともごゆっくりぃー」


 そう言ってキュウビは逃げた。

 丸投げかよ。


「……ねぇ、ウル? どういうこと?」


 何も言わずに隠し通すのはもう無理だ。

 彼女に打ち明けないと……。


「……お、俺は普通の犬じゃないんだ」


 いつかは来るのではないかと恐れていた。

 彼女に自分が犬ではないと知られる日。

 それが今日だった。


 彼女の顔が見られない。

 彼女が俺に向けて恐怖や怒り、

 嫌悪の表情を向けているのを想像しただけで

 吐きそうになる。

 俺はこれからどうなるのだろう。

 彼女に拒絶された俺はどうしたらいいのだろう。


 そんなことが頭の中でグルグルしていると、

 不意に身体を暖かいものに包まれた。


 それはこれまでもずっと感じてきた

 彼女の体温の暖かさだ。


「ウルも不安だったんだよね?

 わかるよぉ。ずっと一緒にいたから。

 でも普通じゃなくてもいいんだよ。

 ウルはウルだもん。

 別に普通の犬じゃなくていい。

 だってウルは『特別』だったもの。

 私にとって最初からずっと『特別』だったんだよ。

 それはこれからもずっと変わらないよ。

 ウルが何であっても、過去に何があっても、

 これから何が起こっても。

 ずっと変わらない私の『特別』だよ」


 その言葉は俺が夢に見ていた言葉だった。

 普通ではない俺を許してくれる言葉。

 彼女は俺を受け入れてくれた。

 まだ全て打ち明けた訳ではないが、こんな俺を。

 油断したら泣きそうになるほど

 彼女の言葉が嬉しかった。


「ねぇ、ウル。ちゃんと話して。

 私もちゃんと聞くから。

 どんなお話でもちゃんと……」


「……わかった」


 俺はクレアに打ち明けた。


 自分が魔族であること。

 子狐の正体も魔族であること。

 魔族の一部の者が俺に敵意を持っていること。

 それによって度々、クレアの元を離れていたこと。

 今回のこと。


 彼女はちゃんと聞いてくれた。


「……そっか。そんなことが起きてたんだ」


「クレア達にも迷惑を掛けた。すまない」


「全然平気だよぉ!

 でもなんだか大変なことになっているんだねぇ」


「…………」


 この村に奴らが来たのだから覚悟を決めなければ。

 本当はもっと早く出て行くべきだった。


 俺はもうこの村にはいられない。


「ウル……今、

 この村から出ていこうって考えてるでしょ?」


 うっ、流石はクレアさん。

 見抜いておられる。


「ウルが出て行くなら私も一緒に行くよ?」


「それは困るな。

 ソフィアさんとマリアに怒られる」


「ならずっとここに居てよ」


「しかし……」


 このままではまた村に襲撃を

 仕掛けて来るかもしれない。

 今回は大丈夫だったが

 次も犠牲を出さずに済むとは限らない。


「とにかく駄目なの!

 ウルは飼い主の言うことが聞けない悪い子なの!?」


 子供の駄々の様にクレアが怒る。

 こんな風にクレアが怒ることはほとんどない。


 理屈ではないんだ。

 ただクレアが必死になってくれていることは

 嫌と言うほど伝わってくる。


「……わかったよ、クレア。

 ここに残る。俺が皆を守ってみせるよ」


「ウル……。うん、ありがとう。

 でもあまり危険なことはしちゃ駄目だよ?」


 それは矛盾しておりませんか、姫?


「守るために戦わないといけない

 かもしれないからな。

 それは……努力するよ」


「うん! 大好きだよ! ウル!」


 クレアが思いっきり抱きついてくる。

 彼女の温もりが心の様に伝わって来た。


「俺も大切に思っているよ、クレア」


 本当だ。心の底からそう思っている。

 これほど他人を

 愛おしく想ったことなんてなかった。

 これから先にもこれほど

 人を想うことなんてないはずだ。


「あ、そういえばお母さんに

 黙ってここに来たんだった……」


「心配しているだろうな。早く戻ろう」


「そ、そうだね。怒られるかな?」


「それは……避けられないだろうな」


「だよねぇ……。」


 クレアは肩を落とす。

 自分でもわかっていたことではあるだろうが

 やはり気が重いのだろう。


「あ、それと。

 俺が喋れることは他の人には内緒だぞ?」


「えっ!なんでぇ!

 皆にウルが喋れるって自慢したかったのに!」


「……それを喜んでくれるのはクレアだけだから。

 他の人は恐がると思うぞ」


「そんなことないと思うけどなぁ。

 ……でも、ウルがそう言うなら仕方ないかぁ」


 クレアは口を尖らせながらも理解してくれた。

 不服そうなクレアも可愛いぞ!


「うむ、いい子だな、クレアは」


「わーい、ウルに誉められたぁ!

 おしゃべり出来る様になって良かったぁ!」


「あ、でも戻ったら俺は喋らないぞ」


「なんでぇっ!」


「バレないようにしないと」


「えぇ~、でもぉ、

 もっとウルとおしゃべりしたいよぉ!」


「うーん。なら、寝る前だけな。

 寝る前だけ少し話そう」


「うぅ……。わかったぁ……」


 またクレアは不服そうな表情をみせる。


 ゆっくり話ながら帰った。

 家に帰るとソフィアさんとマリアが

 家の前に立っていた。


 ふたりとも相当に心配していたようだ。

 当たり前か。


 ふたりは泣きながらクレアを叱った。

 クレアも泣いて謝った。


 マリアは暫くして帰っていった。


 それからはいつも通りの日常だった。


 先に帰ったキュウビが申し訳なさそうに

 俺の周りをうろちょろしている。


 キュウビにもクレアに打ち明けたことなどを

 魔力の会話で説明しておいた。


 最後にキュウビが謝って来た。

 クレアをちゃんと

 見ていられなかったことについてだ。


 キュウビも村を守るために動いてくれていたんだ。

 クレアと村の両方を同時に守ってくれと

 難しい頼みをしたのは俺だからな。

 キュウビが謝ることではない。


 そう伝えると少し安心したようだった。


 就寝前、今日はクレアにキュウビのことを

 改めて紹介した。


 キュウビに関しては子狐と人の姿の

 両方を知ることになり、

 さすがのクレアも驚いていたようだ。


 キュウビはクレアにも謝った。

 もちろん、クレアはそれを許した。


 クレアとキュウビの仲も良好になりそうだ。


 ここに来て10年、

 まさかこんなことになるとは思ってもいなかった。


 この10年が夢の様な日々に思えた。

 とても心地良い夢。

 でも夢はいつかは覚めるものだ。


 あと少し……あと少しだけ。

 もう少しだけーー

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