23:魔族の強襲

 覚悟を決めてから数日が経ったが

 あの方法は未だに試されていない。


 ブラドの行方が一切不明となった。


 これまでは多少の痕跡があり、

 その場所を調べて回っていたのだが、

 最近はそれすらも見つからなくなったという。


 いよいよ、奴が本腰になってきたということだ。


「ウルフっ! 大変よっ!」


 キュウビが窓から飛び込んで来た。

 いつもの連絡係の妖狐に

 情報を貰いに出ていたのだ。

 しかし、この慌てっぷりは普通ではない。


(何があった?)


「ここに軍勢が向かってる。」


(ここってこの村か! やはりブラドの奴!)


「違うわ。ブラドの軍じゃない。」


(どういうことだ?)


「ペテロフの軍よ。アイツ、魔王軍を裏切って

 ブラドと繋がっていたのよ。」


 キュウビの話では、

 最近のブラド捜索が上手くいかなくなったことから

 別方面の調査が始まった。


 それは内通者の調査。

 ブラドがどれほど証拠を残さないにしても、

 あまりに先手を取られていた。

 こちらの情報が筒抜けになっていることから

 内通者の捜査が始まり、

 ペテロフが内通者であることが判明した。


 直ぐにペテロフにも反逆罪の罪状がおり、

 ペテロフを制圧するため、

 『天魔八将』が動いたが

 奴の根城はもぬけの殻だった。


 ペテロフの足取りを追ったところ、

 人間の支配圏に入り、

 ここに向かっていることが解ったという。


 この村は魔族支配圏に

 隣接しているわけではないが、

 人目につかない森や山を進めば

 ここまで来ることが出来るだろう。


 それにブラドが奴の背後にいるなら

 そこに現実味が増す。


(軍はいまどこだ!?)


「もうそこまで来ているわ!」


(俺は先に行って奴らを止める。

 お前は村人に知らせて避難をさせてくれ!)


「避難ってどこに?」


(……中央広場だ。

 あそこに人を集めて、

 もし俺が取りこぼした奴らが来たら、

 お前が村人を守ってやってくれないか?)


「……わかったわ」


(それと……クレアのこと)


「絶対に守りきってあげるわよ!」


 俺は村のことはキュウビに任せて

 『匂い』で奴らが何処にいるか、

 明確な場所を探る。


 見つけた。

 確かに村とそう離れていない。

 だがこの数、この強さの敵なら俺一人で

 全員を相手にすることは難しくないだろう。


 俺はそこに向けて駆けた。

 そこは村に続く街道だ。

 オーガやゴブリンが群れとなって

 移動しているのが目に入った。

 奴らはもう姿も隠さずに

 軍を整列させ行進している。


 俺は奴らの行く手を阻むように、奴らの前に出た。

 そして、人の姿になり奴らに『牙』を向ける。


「お前達、この先の村になんのようだ」


 奴らは軍の進行を止めた。

 軍勢の中からひとり、

 こちらに歩んでくる者がいた。


「よう。お前が人狼の『シリウス』か?」


 黒い鎧を纏う騎士。

 強い魔力を感じる。

 こいつがペテロフか……。


「そうならなんだと言うんだ?」


「いやなに。

 この人間の村に『強い魔族』がいるって

 聞いたんでな。

 やっぱり裏切り者は粛清しないといけないと

 思ってなぁ」


「魔王軍を裏切ったのはお前だろ」


「はっ!別に構いやしないさ。

 どうせあれは俺の物になるんだからな」


「……どういうことだ?」


「だからよぉ。

 お前を倒して俺が『魔王』になるって

 言っているんだよ」


 こいつは何を言っている?

 俺を倒したら魔王になる?

 いつからそんな話になっているんだ?


「なんだ? 知らなかったのか?

 今の魔王はお前を

 次期魔王にしようとしているんだよ」


「なんだと!?」


 そんな話は聞いていない。

 これは本当の話なのか?


「だからお前を倒して俺が次期魔王となる。

 それだけのことだ」


「魔王軍を裏切ったやつが

 魔王になれるわけがないだろ」


「それが大丈夫なんだよな!

 ブラドに策がある。それで万事解決だ」


 ブラドの話が出た。

 やはりこいつがブラドと繋がっていることは

 確かなようだ。


「何故、ブラドと手を組んだ」


「手を組んだ?違うな。アイツは俺の部下だ!」


「部下?」


「アイツと一戦交えた時にな、俺がアイツを下した。

 そして俺に忠誠を誓ったんだよ。アイツは!」


 なるほど、大体の事情はわかった。

 こいつはブラドに騙されて

 良いように使われている。

 ブラドとこいつ、どちらが強いか。

 比べるまでもなくブラドだ。

 こいつは確かに強いのだろうが、

 ブラドほどの魔力も実力も感じない。

 ブラドはわざと負けて、

 こいつを駒にするため、忠誠を誓った振りをした。

 そんなところだろう。


「お前、ブラドに騙されているぞ」


「ああ、テメェ、なに言ってるんだ!?」


「ブラドは誰かに忠誠を誓うような奴ではない。

 お前はブラドに利用されているだけだ」


「お前、俺を馬鹿にしているのか?

 俺がブラドごときに利用される間抜けだと、

 そう言っているのか?」


「……事実そうだ」


「ふざっけるなぁぁぁあああ!!!」


 ヤツが背の大剣を握り、

 乱暴に大剣を地面に叩きつけた。


 その衝撃で奴の周囲の地面は崩れ、

 それは軍の前列を巻き込んだ。


「俺を馬鹿にする奴は許さねぇ!

 殺す! 殺してやる! 全員殺す!」


 駄目だ。全く話にならない。

 もはや戦う以外に道はない。


「仕方がない……。

 ならここに来たことを後悔して死ね。

 あの村に手を出そうとしたことを懺悔して死ね」


「クソ犬が調子に乗んじゃねぇぞ。

 テメェはここで死なせねぇ。

 あの村の人間を全て殺す。

 お前の目の前でひとりずつ

 順番に殺していってやるよ」


「お前には無理だ」


 その言葉を最後に、俺と奴は同時に剣を振るった。






 私は彼と別れてすぐに騎士の姿に化けた。

 

 そして村長のところに行き、

 魔物の軍勢が来ていると知らせた。


「魔物の軍勢が押し寄せて来ている。

 今、我々が対処しているので大丈夫だとは思うが、

 念のため一時的に中央広場に避難して欲しい」


 村長は驚いていたが、すぐに動いてくれた。

 村にあるギルドに依頼を出し、村人の誘導と護衛、

 周囲への警戒を行った。


 私はその場を離れ、中央広場を見渡せる


 中央広場にはどんどん人が集まっていく。

 その中には見知った顔もいた。


「クレアのお母さん!」


「マリアちゃん!」


「クレアは? クレアはどこにいるんですか?」


「それが知らせが来て、部屋に行ったらいなくって。

 ウルフとモコちゃんも……。

 もしかしたら先にここに来ているのかもと

 思ったんだけど……。」


 クレアがいなくなった!?

 考えたらそうだ。

 一時的とはいえ、あの子が彼がいないのに

 避難して来るはずがなかった。


 きっと彼を探し回っている。

 すぐに探さないと!


 私の能力ではクレア自身の居場所を

 特定することは出来ないけど、

 魔力感知で人間が何処にいるかはわかる。


 それらの動きを把握すれば

 どれがクレアなのかはわかるはずだ。

 

「えっ!?」


 魔力感知がボカされている。

 魔力をハッキリ感知出来ない!


 間違いなく敵の妨害工作。

 なら敵はすでに村の中にいる。


 クレアが危ない!





 ドンドンドンと、家の扉を大きく叩く音がする。


 その音で私は目を覚ました。


 窓の外を覗くと夜道をたくさんの人が歩いている。

 まるでお祭りの日のようだ。

 私は窓を開いた。


 表の方で話声が聞こえる。


「皆、中央広場へ避難している。

 あんたたちも急いで準備してくれ!」


 いったい何があったのだろう?

 ただ事ではないことだけはわかった。

 早く中央広場へ向かわないと!

 ウルとモコちゃんも連れていかないと!


「ウル?」


 あれ?ウルがいない!

 モコちゃんも!

 そんな!いったいどこに!?

 早く探さないと!


 家の中にはいない。

 ということは外?

 いままでウルが勝手に外に出ることは

 ほとんどなかったのに。


 私はお母さんには言わずに窓から外に出た。

 ごめんなさい、お母さん。

 でもお母さんに言ったら

 きっと止められちゃうから。


 ウル達を置いて避難なんて出来ない。

 一緒じゃないと!


 ウル、モコちゃん、どこに行っちゃったの?

 ウルとモコちゃんは一緒にいるの?

 なんで黙って出て行っちゃったの?


 村の中を駆け回りウルとモコちゃんを探し回った。

 ウルの行きそうなところは全部探した。

 でも見つからなかった。


 もしかしたら探し忘れているところが

 あるのかもしれない。

 もう一度ーー


「君! どこへ行くんですか?

 皆、避難していますよ?」


 知らない男の人に呼び止められた。


「うちの犬を探してるんです。

 いつの間にかいなくなってて」


「犬?それは灰色の毛の大きな犬ですか?」


 ウルだ!

 この人はウルを知っている!


「どこで見たんですか!?」


「ああ、さっき村の外に飛び出して行きました。

 大勢の人に興奮していたんですかね?」


「あ、ありがとうございます!」


 私はその人が指を指す方へ走った。


「……気をつけて行くんですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る