08:キュウビの退屈

 キュウビがここに来て一週間ほど。


 決まった名前は……。


「モコちゃん!」


(何よ人間!馴れ馴れしいわよ!)


「モコちゃんはモッコモコだねぇ」


(離しなさいよ!暑苦しいわ!)


 名前はソフィアさんが付けた。

 しっぽがモコモコしているから『モコ』。


 本人は若干不服そうだったが

 反論なんて出来ないので、すんなりと決まった。


 ちなみにキュウビは鳴かない。


『は? 狐の鳴き声? そんなの知らないわよ』


 なんでも妖狐は狐の姿でも普通に人語で、

 話すので鳴き声を聞いたこともないとか。


 一応、鳴くパターンも試してみたが……


『こ、こーん』、『けーん』


 はい!普通に人の声!


 なので鳴かないスタイルを通している。


 人狼と妖狐、同じ魔族でも全然違う。

 これが魔族の困ったとこだ。


 人間以上に多種族で文化の違いがあまりにも

 多すぎるため、種族間の争いが絶えない。


 全く持って面倒なものだ、魔族というのは。


「ウルー」


(ん? さて、そろそろだな)


(? どこにいくの?)


(学校だよ)


(あっ、もう、そんな時間か……)


(それじゃ、行ってくる。

 大人しくして待ってろよー)


(いつも言わなくてもわかってるわよ!)


 キュウビには留守番をしてもらっている。


 ソフィアさんとふたりにするのは若干不安だったが

 今のところは何もないようだ。


 しかし俺が学校に行く時、

 あからさまにしゅんとする。


 新しい環境にまだ馴染めないことも多く、

 心細いのはわかる。


 しかし見た目は子狐でも中身は大人のはずだ。


 慣れろ!




登校中ーー


「やっ、クレア!」


「おはよう、マリア」


「モコちゃんはもう家に慣れてきた?」


「最初に来た時よりずっと慣れてきてるよぉ」


 そうだ、最初は大変だった。


 ご飯の時は……


「ふたりともご飯だよぉ」


(ご飯をお皿から直に食べるの!?)


(当たり前だろ? 俺達は犬と狐だぞ?

 それ以外でどうやって食べるんだ?)


 散歩の時も……


「ウル、お散歩行こぉ、モコちゃんも!」


(ト、トイレを外でするの!?

 ひ、人が見てるのに!)


(当たり前だろ? 俺達は犬と狐だぞ?

 誰も気にしたりしない。お前も気にするな!)


 風呂の時は……


「お風呂行くよぉ!

 ふたりともキレイにしてあげるからねぇ」


(い、一緒に入るの!? 貴方と!?)


(当たり前だろ? 俺達は犬と狐だぞ?

 一人では入れないだろ?

 どうやって身体を洗うんだ)


(だって裸に……)


(お前も俺もいつも裸だろ!?)


 寝る時も……


「ウルぅ、早くぅ!」


(い、一緒のベッドで寝るの?)


(当たり前だろ? 俺達は犬と狐だぞ?

 飼い主の抱き枕になるのは俺達の義務だ)


(で、でもあのクレアって子なんだか

 息が荒いわよ……。なんか目が怖いわよ!)


(ふむ……今日は激しいかも知れないな……)


(な、何されるの! 私達!!)


 この後、メッチャなで回された。


 色んなジェネレーションギャップに、

 最初は疲れていたみたいだがだいぶ慣れてきたな。


 トイレは今でも家の動物用トイレだけだし、

 添い寝(?)もまだまだだがな。


 これが『飼われる』ということだ。


 毎日の食事と安全な寝床を得る代償として

 飼い主に身体と心を捧げる。


 俺達に許されるのは尽くすこと。

 愛して、愛されて、愛でられる。


 そういうことなのだ!


※あくまで個人的な見解です。






 暇だわ。


 まさかペット生活が、

 こんなに暇だとは思いもしなかったわ。

 自由な生活はちょっと楽しみでもあったのだけど。


 それにクレアだけ『あの人』と

 ずっと一緒にいるなんてズルいわ!


 ここに来れば、もっと『あの人』と

 一緒にいられると思ったのに……。


 それに『あの人』、

 あの姿だと人の姿の時と全然違うし。


 ま、まぁ、悪いって訳ではないけどね!


☆キュウビの豆知識☆

 キュウビはダメな男に

 尽くしちゃうタイプだぞ!

 皆も気を付けよう!


 それでも一緒に暮らせるだけ

 幸せと思うべきなのかしら。


 でもこの何もない時間は退屈で死にそう。

 何か暇潰しを覚えないと。


 何かないかしら。


 そういえば、この家は雑貨屋をしていたわね!

 そちらに……。


 その時、彼の言葉を思い出した。


『キュウビ、ここの雑貨屋は「魔窟」だ。

 もし足を踏み入れるのならば覚悟を持って行け』


 『あの人』があそこまで言うのですもの、

 生半可な覚悟では命はないのかも。


 ここに来るまで人間を侮っていたけど、

 人間は想像以上に恐ろしい存在なのかも知れない。


 そう思うようになっていた。


 や、やっぱりお店に行くのは

 もう少し先にしましょう。


 でもどうしましょ。他にすることなんて……。


 そうよ!


 何もじっとここで待つ必要なんてないわ!

 私が『ガッコウ』に行けばいいのよ!


 そうしたら……


『な、なんでお前がここに!

 大人しく家で待ってろって言っただろ。

 ……でもお前と会えて嬉しいよ。

 俺もずっとお前のことを考えていたんだ』


 キャーーッ!!

 行ける!行けるわ!!


☆キュウビの豆知識☆

 キュウビはすぐに暴走するぞ!


 さっそく私は人の姿になった。


 耳としっぽは隠して……よしっ!

 これでどこから見ても人間ね!


 部屋の窓を開け、人気がないことを確認する。

 本来の玄関だと人の目につきやすいからだ。


 そして素早く窓の外に出て裏路地に入り込む。


 裏路地から自然と通りに出て、

 村の通行人に溶け込んだ。


 完璧!完璧だわ!


 さてと『ガッコウ』というのは、

 どこにあるのかしら?


「そこのお嬢さん」


 ん?


「何かお探しですか?

 なんなら私が一緒に探しますよ?」


 誰、こいつ?

 なんか無駄にキラキラしてるわね。

 それに魔力弱っ! なにこの魔力!

 まだその辺のスライムの方が魔力高いわよ?

 私に話しかけてくるんなら、

 野生のドラゴンを一撃で倒せるように

 なってからになさい。


 でもダメよ! 私!

 『あの人』に言われたでしょ!


『人間を傷付けたら許さんぞ』


 だから手を出しちゃダメ!

 例えゴミみたいな魔力しか持ってない、

 虫と同じほどの価値のない人間であっても

 殺しちゃダメよ! 我慢よ!我慢!


「あー、私、『ガッコウ』を探してて」


「なるほど、わかりました。

 案内しますよ。こっちです!」


 えっ!場所知ってるの?

 流石、私!

 こんなに簡単に見つかるなんて!




 薄暗い路地に入った。


 こんなところにガッコウがあるのかしら?

 でもなんだか怪しい雰囲気の場所ね。

 男女のペアが多いわ、それに妙に密着し合ってる。


 それじゃあ、やっぱりあのふたりはガッコウで

 『あんなこと』や『こんなこと』をっ!


 許せない……!

 私が毎日、家で貴方の帰りを待っているのに、

 貴方は外で他の女とぉ……!


 一際きらびやかな建物に着いた。

 これが『ガッコウ』……?

 でも、そこには『あの人』の魔力は感じない。


「さぁ!到着しましたよ、お嬢さん!

 ここが僕と貴女の恋の学ーーー」


 男は「アバババッ」と言って

 身体を小刻み震わせている。


 妖術『縛雷』。

 触れた対象に電流を流し、

 さらにその場から動けなくし電流が流れ続ける。


 ちゃんと手加減はしているから、

 一月ほどで回復するだろう。


 私を騙そうとするなんて500年早いわ。


 やはりあんなゴミ虫に頼ったのが間違いだった。


 早く『あの人』を見つけないと!


 人狼とは違い、妖狐はそれほど鼻は良くない。

 しかし魔力の扱いに長けた種族だ。

 この村の中なら魔力を探知するのは容易い。


 『あの人』の魔力は……こっちね!


 先程の場所とは全然違う場所にいた。


 やっぱり魔力が低いと

 『おつむ』も軽くなっちゃうみたいね!


 そして『ガッコウ』を見つけた。


 これが『ガッコウ』……。

 以外と広いわね。


 私はこっそり『ガッコウ』に忍び込んだ。

 隠密用妖術で姿を隠して。


 素早く建物の壁まで移動し、中の様子を伺う。


「ワウ」

(何をしている)


 不意に声をかけられビクッと反応してしまう。


「な、なんで!」


(俺は人狼だぞ。

 お前の『匂い』はずっと把握している)


 てことは私が家を抜け出したのも

 お見通しだったってこと!


 人狼の鼻がいいのは知ってたけど、

 これほどだなんて聞いたことがない!


 強さだけじゃなくて、

 そんなところも規格外なの!?


(だが流石にここはマズい。場所を移すぞ)



 そういって『あの人』は、

 ガッコウの端にある森へ

 風のような速さで駆けていった。


 私もそれを追う。


 『あの人』には喜んでくれている様子はなかった。


(ここなら大丈夫だろう)


 私は怒られるのだろう。

 勝手に家を出て、人を傷付けもした。


 彼は『匂い』で私を見ていた。

 きっと私の隣にいたアイツのことも把握している。

 私がアイツにしたことも。


(なんでこんなことをしたんだ?)


 怖い。『この人』に嫌われるのが……。

 拒絶されるのが怖くてしかたない。


 ちゃんと謝ろう。

 ちゃんと謝ればもしかしたら、

 許してくれるかも知れない。


 でも……。


「……だ、だって暇で暇で仕方なかったのよ!

 あんなところにずっといたら死んでしまうわ!」


 ダメだと思っても口に出てしまう。


「それに私がどんな思いで、

 あの家にいたのかわかる!

 わからないでしょ!息が詰まるのよ!

 あんなところにずっといると!」


 やめて! これ以上! 嫌われたくない!


「私がどこに行こうと私の勝手でしょ!

 そっちの都合ばかり押し付けないでよ!!」


(……言いたいことはそれだけか?)


 終わった。


 やっぱり私には無理だったんだ。

 最初から……。


(……まあ、別に家を出るのはいいんだが

 学校に忍び混むのはやり過ぎだ)


 ……え?


(幸い誰にも見つからなかったからいいけど……

 気を付けろよ?)


「怒らないの?」


(? 今、怒っただろ?)


「だって勝手に家を出たのに……」


(家を出るなとは行ってないぞ?)


「……『大人しくして待ってろ』って」


(待ってる間、どうしようとお前の勝手だろ?)


 そういえば、確かに『この人』の口から

 『家を出るな』とは言われていない。


「でも……人間を傷付けた……」


(あー、アイツか。アイツはいいんだ。

 前にクレアにも声を掛けて来たやつだからな。

 あれくらいしても構わない)


「でも、約束したのに……」


(人を傷付けるなとは言ったが、

 別に『誰であっても、何が有っても』

 ってことじゃない。

 ただ、お前はまだその辺の区別がつかないだろ?

 だから少しここの暮らしに慣れてから

 説明をと思ってたんだ)


「それじゃあ……怒ってない?」


(俺も細かい説明とかしてなかったからな。

 むしろちゃんと俺が言わなかったのが悪いだろう。

 すまなかったな)


 嫌われてなかった……。

 まだ『この人』と一緒に居られる……。


 そう思ったら不安で瞳に溜まっていた雫が、

 溢れていた。


(ん? うわっ! なぜ泣く!)


「な、泣いてないわよ!

 全く! 紛らわしいのよ!

 ちゃんと説明しときなさいよね!」


(だから、すまなかったって。)


 しゅんとした『この人』の姿が、

 愛らしいことに気付けた。


 もう大丈夫だ。 今日は帰って、

 『この人』の帰りを待つことにしよう。


「帰ったらちゃんと説明してよね! 『ウルフ』!」


(ん?ああ、気をつけて帰るんだぞ。)


「私を誰だと思っているの? 九尾の狐よ?

 そこら辺のザコと一緒にしないでよね!」


 そうして私は家へ向かう。

 彼が帰ってくるあの家へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る