07:九尾之妖狐

 カ、カッコいいぃぃぃ!!!


 やっぱりカッコいい!

 もう好き! 好き! 大好きぃ!


 ダメ! ダメよ! 私っ!


 私は『九尾の狐』なのよ!

 妖狐の長にして、魔族達のトップに君臨する

 『天魔八将』のひとりなのよ!


 こちらが好きだとばれたらダメ!

 あくまでもあちらから私に近づくように

 仕向けるの!


 でも、これで彼と一緒にいられるわ!


 連れて帰って軍に入れれば

 一緒にいられるかと思ったけど。

 こんな手があったなんて!


 一度は勝負に負けて諦めようと思ったけど……

 私、ナイス気転!


 でもこんなに強いなんて反則じゃない?

 でもぉ、そこも好きぃ!


 あの時。


 始めて会ったときもそうだった。

 力を試そうと襲いかかった私を

 あっさりと退けてしまった貴方……。


 それは私にとって衝撃的だったわ。


 相手が誰でもあったとしても、

 どれほど強い相手だとしても、

 多少は勝負になると思っていた。

 あの魔王様であったとしても。


 でも貴方はそんな私の考えを

 一瞬で砕いてしまった。


 あれからずっと忘れられなかった。


 私が自分の気持ちに気が付いたのは

 貴方が人狼の里を去った後だった。


 私は自分を磨いた。

 貴方に相応しい女になるために。

 貴方の隣に立つために。


 そうしながら8年、魔族支配圏を探し尽くした。

 でも貴方を見つけられなかった。


 なら人間の支配圏にいると思って

 最初に探し初めてから10年。

 やっと貴方を見つけられた。


 このチャンスは絶対に逃さない!

 絶対に私のものにしてみせるわ!


 まずは少しずつ仲良くなるのよ!


「そういえば、あなた本当に

 飼い犬なんてやっているの?

 そんなことまでして……

 貴方は一体何をしようとしているの?」


「……何も」


 ……え?

 流石に何もってことはないでしょ?

 話たくないってこと?

 私と話したくない?

 き、嫌われちゃった?

 もう私嫌われちゃった!?


 ……でも待って。


 もし本当に目的がないのなら?

 まさか、あの娘が……好きなの?


 え、人間のあの子?

 嘘っ!嫌っ!ダメっ!

 そんなの絶対にダメっ!


 どうしましょう……。


 人狼はプライドが高い種族よ。

 ならそこをつついてみましょう!

 もしかしたらあの子と離れる

 きっかけになるかもしれない!


「人狼なのに貴方、プライドはないの?」


 髪をかき上げながら、少し蔑んだような表情で

 彼を挑発する。


 彼が私をギロリと睨む。


 あぁ! その鋭い眼光も好き!

 心臓が持っていかれちゃうぅ!


「プライドだと?

 俺のプライドはこんなことで

 傷が付くほどやわじゃない。

 そんなことで傷付くものなら

 初めから必要なんてない。

 俺は俺のためだけに生きている。

 俺の欲のために。

 誰にも俺から、何一つ奪わせない。

 そのためならばどんなことだってしてやる。

 それが俺のプライドだ」


 なんなのよ、この人!

 メチャクチャ、カッコいいじゃない!


 そんなこと言われたらなにも言えないじゃない!


 キャァーッ! 今すぐ抱いてぇーっ!!


 ダメっ! 正気に戻りなさい! 私っ!!


 とにかく今はこの『恋心』は隠して

 少しずつ親密になるの!

 絶対に私のものにしてやるんだからぁぁぁ!!





 さてと、どうしたものか。


 こいつの口車に乗ってやったものの、どうする?


 こいつが何をするかわからん以上、

 目の届く場所にいてもらうべきだ。


 しかし流石にもう一匹も

 犬を飼ってもらえるだろうか?


 てか狐は流石にわかるだろ?


「ど、どうしたの?」


「お前を『どうする』かを考えていた」

 ※これからの生活のことを。


「え……ええっ!私をっ!あ、貴方っ!

 私を『どうする』つもりよっ!」

 ※性的な意味で。


「だからそれを今、考えている」


「……わ、私、まだしたことないから、

 あまり変なこととか、

 特殊なことは……ちょっと……」


 やはりこちらで暮らすのは初めてか。

 しかし『変なこと』とは?

 俺みたいに飼われるのは嫌ということか?


「お前はどんなことが出来るんだ?」


「私にそれを聞くのっ!」


「お前以外に誰がわかると言うんだ」


「普通にするんじゃ……駄目なの?」


「ダメだな」


「即答するほどに!!」


 妖狐が人間の村で普通に暮らせると

 思っているのか?


 そもそも

 『どうやって人間の村に自然に入り込むか』を

 考えているんだ!


「私は……まだ何にも知らないし。

 でも…貴方がしろっていうなら……頑張るわ」


 ふ、ふむ!まあ、こちらの暮らしに疎いんだ。

 仕方ないのかもしれないな。


 しかしこいつはこんなキャラだったか?

 もっとタカビーなお姉様て言うか

 お嬢様っていうか。

 こんな感じではなかったような。


 いかんいかん。

 くだらないことを考えている時間はない。

 早く考えてクレアのところへ戻らないと!


 こいつは妖狐だ。

 なら……。


「お前、変化で好きに姿を変えられるのか?」


「? そりゃ変えられるけど……

 もしかして、それは私のこの姿じゃない、

 別人になれっていうの!?」


「ん? まあ、それも考えてはいるが。」


「それはダメよ! いくらなんでも初めてなのよ!

 そんなの酷すぎる!」


「そ、そういうものか……」


 魔族の考える常識って時々、

 意味が判らないことがあるな。


 それじゃあ、『野良犬の友達作戦』は無理だな。


 ならあの『人』の方の姿で

 生活する方法を考えないとな。


「働いてもらうか……」


「え?働く? ちょ、ちょっと待って。

 ……冗談、よね? 嘘でしょ?

 もしかして私を……『売る』つもりなの?」


 なんでかキュウビは涙目だ。


「あの案はダメだったからな。

 なら働くしかないだろう」


「待ってよ……

 私、それ以外ならなんでもするから。

 頑張るから、だ、だから、見捨てないで……。」


 泣くほどに働きたくないのか!


 さては『天魔八将』とは言っても、

 仕事はほとんど部下に任せきりで、

 何もしてこなかったんだな。


 力の強い魔族にはありがちだな。

 俺もそうだったから気持ちはわかるが……。


 仕方ない。


「それなら記憶を失ってみるか」


 『記憶喪失の女を演じて保護してもらう作戦』

 でいく。


 それならしばらくは働かなくても

 いいかもしれない。

 ウチで面倒を見て貰えれば俺の監視もし易いしな。


「き、鬼畜……!」


 なんでっ!!


「覚えてないならいいって、

 そんなわけ、ないじゃない!」


 むー。確かに浅知恵ではあったか?

 でもどうしろって言うんだ。


 狐はダメ、犬もダメ、人になって働くもダメ、

 記憶喪失で保護もダメ。


「俺にどうしろと言うんだ」


「私は……普通でいいのに」


 お前の言う普通が、わっかんねぇんだよ!


 はっ!


 俺は名案を思い付いた。


「お前、小さくはなれるのか?」

 ※大きさ的な意味で


「それはなれるけど……

 ※年齢的な意味で


「お前が小さくなってくれれば……問題はない!」


 小さくなれば隠れるのも容易だし、

 食事もなんとかーー


「大有りよっ!!」


 一体、何が問題なんだっ!!


「なぜだ! これなら全てをクリアできる!

 お前の世話を俺が見てやることも出来るんだぞ!」


「世話をするって、

 どれくらい小さくするつもりよ!?」


「……出来るだけ?」


「……悪魔」


 またですかぁっ!?

 今度は顔から血の気が引くほどに!?


 もはや打つ手は何もない。

 俺はこの世界で初めての敗北を味わった。


「降参だ。俺に出来ることは何もない……」


「…………なんで」


 キュウビが辛そうに俯いている。

 しかし俺にはもう……。


「俺はお前のいう普通が判らない。

 だからお前は自分で、

 こちらの世界を生きていく道を探すんだ」


「……ん? 生きていく道?」


「ああ……。

 ここで暮らしていく方法は自分で探すんだ」


「…………」


「どうした?」


「……あっ!えっ?いやっ!別にっ!

 なんでもないわよ!

 あー、そーよねー、これからこちら側で暮らして

 行くんですものねー、大丈夫!

 ホント大丈夫だから!

 わー、どーしよーかなー。ホント生きていくのなら

 ちゃんと考えないとねー」


 なんだろう。

 顔に血の気が戻って、むしろ真っ赤になった。


 だが涙を流しながら瞳は死んでいた。





 俺は犬(狼)に戻ってからテントに戻って来た。

 そしてばれないように再び寝床に着いた。

 キュウビを連れて。



ー翌朝ー


 俺達よりも先にクレア達が起きた。

 だが既に手は打ってある!


「ウル! おはよー!」


 いつものようにクレアは起きて

 すぐに俺を抱き締めようとする。


 計算通り。


 しかし、そこにはいつもと違うものがあった。


「ウル? ……何? この子?」


 それは一見、金色の毛玉。

 しかしその実態は!


「ん? どうしたの? クレア?」


 少し遅れて起きたマリアが

 こちらを覗き込んでくる。


「えっ? 何この子! 可愛いぃ!!」


 子ギツネに姿を変えたキュウビだ。

 結局、『ペット作戦』に落ち着いた。


 これならさほど狐っぽくないし、狐だとバレても

 優しいクレアなら保護して貰える可能性は高い!


 はず、だったのだか……。


 なんだ? クレアの表情が重い。


「マリア、ウルに子供が……」


 クレアの頬に一筋の涙が……


 って何故泣く!


「えっ? これ、ウルフの子供なの?」


「だって……起きたらウルの身体に

 ……寄り添ってたもん。

 ……きっとウルの身体が目当ての

 どこの馬の骨とも判らないメスイヌの……」


 俺はクレアを泣かせてしまった!?

 俺が? この俺が?


 理由はわからんが俺はクレアを

 悲しませてしまったのか!


 い、いかん、あまりのショックに目眩が……。


「だからって……ん? クレア、

 これウルフの子供じゃないと思うよ?」


「……どうしてそう言えるの? ……マリア。

 今、下手な慰め方されたら……私、

 どうするか判らないよ?」


 クレアが過去史上、

 最も恐ろしいことになってらっしゃる……。


 俺はこの世界に来て、一番の恐怖を感じていた。

 見ろ! キュウビもプルプルと震えているぞ!


「だってほら! この子、狐よ?

 多分、親とはぐれてしまったのよ」


 よくぞ気がついてくれました!

 いやー、流石にマリア嬢、お目が高い!


 『子犬と間違えちゃってプラン』の方が

 都合が良かったんだが、俺等はクレアの

 『押してはいけないボタン』を

 押してしまったらしい。


 それがなにかは解らないが……。


 次第にクレアから沸き上がる

 負のオーラが消えていく。


「なーんだ! 良かった!

 わぁー! 子ギツネ可愛いぃ!」


 先程のクレアとは別人のようだ。


 魔族のトップである『天魔八将』のひとりと

 それに選ばれた俺を恐怖させるとは……。


 クレア、恐ろしい子!


 その後は先生に許可を貰い、

 いるはずのないキュウビの親探しをした。


 当然ながら見付からず、

 一先ずはウチに連れて帰ることになった。


(上手くいきそうね)


(俺は何だかクレアを

 騙しているみたいで気分が良くないがな)


(貴方、この子には優しいのね……。)


(別にいいだろ?お前には関係ない)


(べっ、別に気にしてる訳じゃないわよ!)


 俺達は魔力で会話する。


 魔族同士なら近くにいればこんなことも出来る。

 近くに居たら他の魔族にも聞こえるので、

 魔族の中では内緒話に向いている訳ではない。

 しかしこの人間支配圏ならそれも有効だろう。


「あら? どうしたの、この子?」


「山で親とはぐれちゃったみたいで……」


「あらあら、可愛そうに……」


「ウルに頼んで匂いで

 探して貰ったけどわからなかった」


「ウルに頼んでもダメだったの!?」


 ちなみに俺はこの家の失せ物探しの

 プロとしての顔も持っている。


 ソフィアさんが大事にしていた

 ハンカチを探すため、

 匂いを嗅ぎ、ふたつ隣の村にいた商人の馬車まで

 連れて行ったこともある。


 それは『ソフィアさんが置き忘れた』

 ってことになっているが、俺は商人がわざと

 持ち去ったと思っている。


 だから奴の馬車が来たら……

 いや、これ以上は規制されるかもしれない。

 やめておこう。


「ねぇ、お母さん。ウチで飼ってもいい?」


「そういうと思った。けどウチにはウルフもいるし、

 今度は狐だからねぇ。犬とは全然違うから……」


 ま、俺も狼だけどね!


「この子、こんなにウルに懐いてるし!

 ウルもこの子を気に入ってるみたいだし!

 ほらっ!」


 クレアは両手に抱えていたキュウビを

 俺の前にずいっと差し出す。


 これは仲良しアピールをしろってことか?


 キュウビも何をしたらいいの困っているようだ。


 仕方ない。

 ここは俺の方からアピってやるしかないな。


 俺はキュウビの顔をペロペロと舐めた。


(○△✕□~!)


 キュウビが魔力で何か言っているが聞き取れない。


「あら、ホント。

 ウルフは近所の犬にも愛想悪いのに」


 ソフィアさん……。

 俺のことそんな風に見ていたのか。


 俺が近所の犬と交流がないのはーー


「アノ犬、デカッ!」


「ナンカ、怖クネ?」


「近付カントコ」


 と、向こうが交流を避けているのだ!


 そしてもう犬達の間では、

 俺が狼だということはバレている。


「オイ、来タゾ! 狼ダ!」


「アイツ、自分ノコト、犬ダト思ッテルラシイゼ」


「可愛ソウニ……」


 なんて言われてるんだぞ!


 雌犬に至っては……


「食ベナイデ、食ベナイデクダサイ」


「イ、命ダケハ……」


 辛いわ。普通に傷つくわ。


 俺はトラウマが暴走する前に正気に戻った。


 そろそろ仲良しアピールもいいか。


 と、舐めるをやめた。


 なんだかキュウビが放心状態なのだが?


(だ、だめっていったのにぃ……)


 魔力が不安定過ぎて聞き取れねぇよ。


(我慢しろ。それにお前も俺も犬科の魔族だろ?

 舐めたり舐められたりなんて普通だろ?)


(……人狼がどうだか知らないけど、

 妖狐はそんなことしないわよ……)


 そうなのか?

 人狼と妖狐でも結構違いがあるんだなぁ。


「仕方ないわね。

 しばらくはウチで預かりましょう。

 けど大きくなってきたら

 山に離してあげないと……」


「ありがとう! お母さん!」


 とりあえずはこれでなんとかなったな。


「それじゃ、名前はもう決めてるの?」


 し、しまった!

 まだこのイベントが残っていた!


「名前かぁ……。狐だからフォックスは?」


 俺と同じパターンだ!

 成長していない!

 クレアのネーミングセンス、

 全然成長してないよ!


「……でもこの子、女の子みたいよ?」


 ざわっ


 なんだこの感じはっ!


「えっ?じゃあウルは女の子の顔を

 あんなに舐めてたの? ペロペロしていたの?」


 あの時と同じだっ!!


 マズい! マズい! マズい!

 今はマリアもいない!

 ソフィアさんは宛にならない!(※酷い。)


 俺がなんとかするしたかない!


ペロペロ


 とにかくクレアのご機嫌を取る!


 顔を舐めて、舐めまくる!


ペロペロペロペロ


「も、もう!そんなことしたって……」


 いや、満更でもなさそうだ! ならば!


 思いっ切り身体を擦りつける。


「そんなこと……したってぇ……」


 もう一息だ! 奥の手!


 服従ポーズ!

 これは俺が滅多にしないポーズだ!


「ん~! もう!

 ウルってば! ズルいんだからぁ~!!」


 クレアが俺の身体を乱暴になで回す。


 な、なんとかなった。


 そして俺はそれから約二時間ほど

 クレアに身体を弄ばれた。


(あの……私の名前は……?)

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