冬の過ごし方

5巻の発売記念として



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 遺跡都市アサルで一冬を過ごす。当初の予定でもそう決めていたとはいえ、雪が積もると知ったクリスはほんの少し不自由さを感じた。旅の生活が身に染み付いているのだ。一つ所に落ち着く生活を望んでいたはずなのに、なんとなく旅が懐かしい。

 居心地悪さを感じるのは他にも理由があった。

 クリスはやりすぎた。

 たとえば地下シェルターを作ったことがそうだ。更に、領主サイドからの指名依頼による城砦建造も大きいだろう。これは人の目が多くて隠しようがなかった。

 そして地下迷宮カウェアの再改変だ。これについては、領主やギルド上層部しか知らない事実だが、それでもクリスの持つスキルの「異常なまでの能力」は人の目を引く。

 冒険者ギルド本部の職員でありニホン族の上層部に属するエルウィークが交渉したからこそ、表立って噂されずに済んでいる。

 ただ、噂されないだけで問題がないわけではない。

「次の会合には来ていただけるんですよね? 絶対ですよ!」

 などと魔法ギルドのギルドマスターに言われるのだ。彼は冒険者ギルドから魔法ギルドに所属を変えないかと、顔を合わせる度にお願いしてくる。クリスはうんざりして「嫌です」とすげなく返すのだった。

 家つくりスキルについて調べたい気持ちは分かるが、これは魔法スキルではない。確かに魔法系スキルに似た能力を発揮する。けれども、あくまでも家を作るためのもの。物理系スキルに近いとクリスは思っている。

 何より、これまで魔法ギルドには良い思い出がない。

 生きていくため冒険者ギルドに登録したが、おかげでクリスは何度も助けられた。未成年でも仕事が受けられるのは有り難い話で、大都市になればなるほど仕事をもらえない苦労など魔法ギルドの職員には分からないのだろう。

 クリスは、少なくとも自分の家を建てるまでは冒険者として活動するつもりだ。


 ともあれ、クリスはアサルで目立ってしまった。地下シェルターを作っていたことは冒険者の多くが知っているし、城砦建造でも職人ギルドや建築ギルド、織工ギルドの面々と仲良くなった。兵士はもちろん、北部にある農家の人とも顔を合わせる。

 そのため、都市内を歩けば「ほぼ全員」に挨拶されるのだった。

 皆が笑顔でいるから、クリスも恥ずかしいながらも受け答えが出来ている。それでも、褒められるといたたまれない。「仕事があるので」と適当なことを言って逃げるのが癖になっていた。


 そんな据わりの悪い日々の中、楽しいこともあった。

「今日も城砦に行くのかい? この間はベッドカバーを縫ったんだってねぇ」

「それはもう終わったの。だから、しばらくは遊ぶつもり」

「そうしなそうしな。あんたは小さいのに働き過ぎだよ」

 屋台のおばさんが笑いながらお説教めいたことを言う。そんな彼女も寒い中、暖かいスープを売っている。もっとも、指摘したところで倍ほどになって返ってくるのは分かっていた。とにかく、この年頃の女性ときたら逞しくて口うるさいのだ。

 クリスは次々と声を掛けてくる屋台の人に手を振り、急ぎ足で城砦に向かった。

 おばさんに話した通り、この日はまるまる遊ぶ予定だ。ククリがそろそろ危険な感じで煮詰まり始めている。イサに乗って小鳥ライダーをやるのにも飽きたらしい。プルピいわく「突然どこかに転移させられるかもしれん」とのことで、慌てて遊ぶ日を作ったのだ。

 もちろんクリスだって遊びたい。オシャレをして女子会もやったけれど、それはそれ、これはこれだ。のんびり過ごすには自然豊かな場所がいい。

 そこで選んだのが城砦の向こう側だった。


 城を通り過ぎ、兵士らが通るための門を抜けて砦の先に出る。すると途端に雪景色が広がった。

「わぁ、積もってるね!」

「ふむ、こちら側は雪かきをしておらんのだな」

「そりゃあ、そうだよ。帝国が攻め入るかもしれないのに」

「砦の近くぐらいは雪を掻いていた方が良いのではないか」

「ああ、積もると足場にされるってこと? そこは大丈夫。魔法の通りがいいからね。見張りの兵士に火スキル持ちがいれば、あっという間に雪も消えるよ」

「お前の作った『家』は相変わらず滅茶苦茶な……」

 褒め言葉と受け取り、クリスは帽子の天辺にあるポンポンを突いた。

「ククリ、着いたよ?」

「ちゅいた!」

 モゾモゾと動く気配がする。ポンポンは中が空洞になっていて、ククリがそこから出て帽子の耳当てまで移動しているようだ。やがて耳当てにぶら下がり、嬉しそうに揺れる。

 この帽子はカロリンが毛糸で編んでくれたものだ。そして、いつもクリスの頭の上で過ごすククリのために「かまくら」みたいな形のポンポンを付けた。これなら帽子と髪の間に潜り込まれなくて済む。

 帽子だけではない。特製マフラーもある。くるりと首に回したあと、サイドに垂れる部分にポケットが作られていた。ここにイサが入っている。

「イサ、まだ入ってるの?」

「ピルゥ……」

 顔だけだし、雪景色を見ると嫌そうな鳴き声で「出る……」と答える。寒さが苦手らしいが、妖精なので本来の鳥ほど影響を受けるわけではない。単純に寒さが嫌いなだけだ。

「じゃあ、今日は雪遊びをしよっか」

「ピルル」

「いいんだよ、わたしはまだ成人前なんだから」

「ピピピピピ、ピピピ!」

 いつもは大人の女性だと言い張ってるくせに、と突っ込まれる。クリスはイサに「ポケットに入れてあげないよ?」と脅し、黙らせた。プルピが呆れた顔で見ているが、触らぬ神に祟りなしだと思っているのか、無言だ。

 楽しそうなのはククリだった。雪の上でパタパタと糸の手足を振りながら転がっている。

「おー、軽いから埋まらないんだね。よしよし、ソリを出すから滑って遊ぼうか」

 昨日の夜に作っておいたソリをイサの収納から取り出す。かんじきもあるが、通ってきた道は雪かきがされていて使わなかった。今は防水仕様のブーツを履いている。

「はい、ククリ乗って。特等席はここだよ」

「あい!」

 ソリの先端に小さなへこみを作っておいた。ククリがちょこんと入って顔だけ出る形だ。その背後にもう少し大きな席がある。

「イサはここね」

「ピル」

「プルピは本当にそこでいいの?」

「うむ。わたしのようなしっかり者が舵取りをやるべきであろう」

 と言って、ソリの後方に陣取る。そこにはクリス専用の紋様紙をセットする場所があり、かつ方向転換用の舵も取り付けてあった。最初は前方にフットブレーキを作っただけのソリだったが、プルピが横から「物づくりの加護を与えたにしてはしょぼい」と言い出して変遷した。

 結局、プルピが運転したかったのだろう。というわけで、動力担当は彼に任せる。【風】の紋様紙をセットし、魔力を流す。そのままだと勝手に進んだだろうが、そこはクリスの作ったソリである。ブレーキが利いているのでまだ進まない。

「よし、行くよ。プルピ、お願いね」

「任せておれ」

「出発進行~」

「ちゅっぱちゅ!」

「ピルル~」

 クリスたちを乗せたソリが雪の上をスーッと滑り始めた。


 雪遊びは思いの外楽しかった。まるでスノーモービルのようにソリが雪の上を疾走する。これが楽しくて延々と乗り続けた。ほんの少し「紋様紙が勿体ないから使い切ってしまいたい」という気持ちもある。プルピ製の万年筆に家つくりスキルが合わさって、今のクリスなら紋様紙描きも速い。それでも持って生まれた貧乏性は治らないのだった。

 ソリ遊びが終わると次は本物のかまくら作りだ。楽しかったがそれなりに疲れたので、中で休憩する。

 雪合戦もした。これは転移のできるククリの圧勝となった。他にも雪像を作って競い合う。プルピが大人げなく勝ちにいき、本格的なミニチュア城砦が出来上がった。クリスは遊園地にありそうなお城を作り、中に小さな滑り台を組み込んでみた。ククリ用だ。喜んで何度も滑っていた。

 イサは途中から自棄になったのか、垂直で雪面に突撃し「雪に埋もれる」という妙な遊びを始めてしまった。ずぼっと埋まるのが気持ちいいらしい。抜け出す際は、彼の持つ大型化スキルで体積を広げて空間を作り、また元のサイズに戻ってパタパタ飛んで出ていく。そのせいであちこちにバレーボールサイズの穴が空いた。



 ところで、このクリスたちの遊びを砦から見ていた兵士たちが「自分たちもソリが欲しい」とマルヴィナに懇願したらしい。

 数日後、マルヴィナから正式に依頼があり、クリスは設計図を職人ギルドに売った。紋様紙を入れる場所は通常サイズにしなければならなかったが、それぐらいの変更は簡単だ。魔法ギルドにも依頼が行くだろうから冬の手仕事が増えるだろう。

 また、マルヴィナから領主にも詳細な話が届いたようで、更に後日「雪像祭りを計画するので相談に乗ってほしい」とクリスに依頼が来た。アサルの観光資源は古代遺跡や迷宮だが、冬場は街道が雪に埋もれるためどうしても減るらしい。迷宮に入るだけなら冬でも問題はないのだが、それでも何かしらの目玉となる観光資源が欲しかったようだ。

 それを聞いたカロリンも一緒になって「冬季観光」についての意見交換会が行われた。各ギルドの担当者も集まっての楽しい会議となったらしい。クリスは最初の「雪像について」だけ説明し、次からは辞退した。会議なんて前世のブラック会社を思い出すような仕事はしたくない。代わりにエルウィークを推薦しておいた。


 雪に埋もれるアサルでも、案外楽しく過ごせるらしい。

 寒さのせいでペルやプロケッラが運動不足になるのではと心配するも、クリスが雪原に連れて行けば意外にも大層喜んだ。はしゃいで雪の上で転げ回るほどだ。領主の邸宅にある大きな馬場で運動するよりも楽しそうだった。

 エイフたちは言わずもがな。雪の影響を受けない迷宮に潜って魔物をガンガン狩っている。クラフトとイフェもエイフに付き合っているうちにレベルが上がったという。

 カッシーは精霊がいればそれでいいらしく、雪だろうと何だろうと問題ない。時々エイフたちに同行しては弓スキルのレベルを上げている。かと思えば精霊の案内で珍しい薬草を採取しては薬師ギルドに喜ばれていた。クリスには精霊界から採取してきたものをくれるので、外には出せない希少な薬やリラックスアイテムなどが出来上がるのだった。

 カッシーのおかげでクリスとカロリンのお肌は綺麗になり、ストレスなく過ごせている。顔見知りの人たちからも、

「最近、クリスちゃんが益々可愛くなったって評判だよ」

「クリスちゃんもカロリン様もどんな化粧品を使っているのか教えておくれよ」

 などと言われるようになった。そわそわして気恥ずかしい気持ちはあるものの、構われたり声を掛けたりしてくれるのは良い意味でだ。悪いことではない。

 それになんだかんだで楽しく過ごせている。

 春になればアサルを出る予定だから、それまでもう少し、クリスたちはのんびり過ごそう。

 雪の降る空を見上げて、クリスは「こういう雰囲気の町もいいな」と思った。

 いつか自分の家を建てる時の参考になるだろう。

 冬が終わる頃には居心地悪さも解消されているのではないか。クリスはなんとなく、そんな気がした。






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家つくりシリーズ番外編 小鳥屋エム @m_kotoriya

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