第2話 転生兎は王子様?

【夢の中】


 破壊された街。

 手を伸ばす俺。

 親子と、怪獣。

 この光景は、あの日の…


「俺が死んだときの…」


 言葉を発すると、自分が客観的な視点でその光景を見ていることに気づく。


 見渡す限り、時が止まったように動かない。


 次の瞬間、踏み潰されるであろう自分の姿を見て、自分の手に、目を落とす。


 白い毛皮に包まれ、肉球がある。明らかに人間ではない。


 自分で自分を抱き締めて、震える身体を押さえつけた。


「そうだよな…普通死ぬよな、こんな状況…俺…結局…なにも…!」


「これがあなたの前世の記憶?」


 女神の声が聞こえたと思ったら景色が吹き飛び、宇宙の様な、なにもない空間が広がった。


 振り返ると、まぶしい光の中に、翼がある女性のシルエットが見える。顔は逆光でよく見えない。


「…女神様?」


「そうよ。女神ネメシス。よろしくね、ユキト」


「…よろしく…お願いします…それで、なんの用ですか?」


「説明よ、説明。なによ、元気ないわね。せっかく異世界転生できたんだから、テンション上げていきましょうよ」


「別に、したくてしたわけじゃ…」


「あらそうなの?あなたの魂から、異世界転生への意欲というか、強い意志のようなものを感じたんだけど、気のせいだったかしら?」


「え?」


 異世界転生への意欲?

 確かに、ラノベやアニメなんかはよく観るけど、さすがに自分も異世界転生したいとは…


「思ったことはない?」


「勝手に人の心を読まないでください」


「しょうがないじゃない。私はあなたの頭の中に居るんだから、直接、伝わってくるのよ」


 そんな理不尽な…そんなの…一人の時に…その…色々…ヤバいじゃん…


「大丈夫よ。そういうのが始まりそうになったらログアウトするから」


「個人の脳内って、そんなネット感覚で覗けるもんなんですか!?」


「神に不可能は無いわ」


「いや、そんなハッカーみたいな能力で自慢されても…」


「そんなことより、色々聞きたいでしょ?気軽に聞いてみなさいよ。質問の前に「ok、ネメシス」って言って」


「そんな検索エンジンみたいな扱いでいいんですか?」


「まあ、今の私にできるのはそれぐらいだしね。ほら、遠慮しないで」


 遠慮してるわけではないんだけど…何から聞いたものやら…


「えっと、そもそも異世界転生ってなんなんですか?俺はなぜ異世界転生したんですか?」


「ふむ、そうね、まずは異世界転生が起きる条件。それは例外はあるけど、基本的には『強い意志』ね」


 強い意志。


「もしくは『未練』。自分から行く場合も、他人から呼び出される場合も、とにかく自分か他人に『強い意志』がないとうまくいかないわ。コンビニ感覚で気軽に行ったり、デリバリー感覚で気軽に呼んだりはできないってことね」


 そんな簡単にできたらたまったもんじゃないしな…


「つまり、あなたは何かしらの『強い意志』をもっていたから異世界転生したってことね」


「でも、俺はそんなの…」


「覚えてない。それは仕方ないわ。なんてったって死んだのよ?その衝撃が魂にあたえる影響は少なくない。死んだ瞬間の記憶が飛ぶのは、転生には良くあることよ」


 じゃあ、覚えてないだけで、あの後何かあったのか?俺が『強い意志』を抱く様ななにかが…


「『強い意志』が世界にあたえる影響はとても大きいのよ。突然だけど、ユキトは『降りてくる』って聞いたことあるかしら?ほら、作家とかが、「アイデアが頭の中に降りてきた」とか言うでしょ?」


「ああ、確かに、聞いたことはありますね」


「あれ、実は同じ世界の誰かや、異世界からの『強い意志』だって言ったら、信じる?」


「え!?」

 ど、どういうこと?


「たとえば、どこかの異世界で、だれかが命をかけて戦っている。『強い意志』を持ってね。するとその『強い意志』が、誰かの頭の中に『降りてくる』ことがあるのよ。そしてその人は『降りてきた』『強い意志』を元にストーリーを描く…」


 え、それって…


「そう、世界に溢れる物語の中には、実在する異世界の話もあるかもしれないのよ…!」


「な、なんだってー!?」


 そいつは本当なんですか女神様!?


「信じるかどうかは、あなたしだいよ」


「夢のある話ではありますね。でも、『降りてくる』のって、作家さんだけなんですか?」


「そういうわけじゃないんだけど、創作っていう行為が、そもそも『強い意志』を伴いやすくて、別の『強い意志』を引き寄せるみたいなのよ」


「なるほど…」


「つまり、『強い意志』は世界と世界の壁を越える事ができる。まったく関係の無い人同士でも『降りてくる』ぐらいだからね。もしその相手が自分自身なら、『降りてくる』意志はもっと強くなると思わない?」


「自分の『強い意志』が、自分自身に?」



「『強い意志』や『未練』を抱いた自分が死んで、『異世界』に生まれ変わり、前世の自分の『強い意志』が、『異世界』の自分に『降りてきた』状態。それが『異世界転生』よ」



「なる…ほど…?」


 分かったような、分からないような…


「生まれ変わると、普通、記憶は全部無くなるんだけど、前世の『強い意志』が『降りてきた』『魂』は記憶を引き継げるのよ。あと、転生後の姿かたちは基本的にはランダムね。そっくりそのままだったり、ぜんぜん違う生き物だったり」


 うーん…異世界転生についてはなんとなく分かった。たぶん…


「じゃあ、『特典』って?」


「あー、『異世界転生特典』ね。それは、何度も『異世界転生』させないためよ」


「ん?どういうこと?」


「前世の記憶の引き継ぎって、普通じゃないのよ。異常事態。エラーなのね。神にも色々いるけど、基本的には迷える魂の救済が主な仕事で、前世の記憶を引き継ぐくらい『強い意志』や『未練』があるのって、明らかに迷える魂でしょ?だからこれ以上迷わないように、『未練』を断ち切れるように、『特典』を与えて、今度こそ普通に死んでね、てことよ」


「あー…なるほど…」


「まあ、このシステムも神が作ったわりに穴だらけだし、それを逆手に取ったのが『呼び出し』なんだけど…あなたには関係無さそうだし、省略するわね」


「……………ok、ネメシス」


「ん?」


「その『特典』で『レア素材』になった『俺』が『未練』を断ち切る方法を教えて?」


「………………………」


「………………………」


「ようこそ、異世界アニマへ…」


「え?」


 急に神様らしい口調で話し始めた。


「この異世界アニマで、あなたの魂が救われますように…」


「いや、ちょ、まって」


 徐々にネメシスの姿が光の中に消えていく。


「今回はステラが助けてくれたから良かったけど、素材としてこの世界にばらまかれたら、絶対また異世界転生するって!助けてよ、迷える魂を!!」


「ネメシスがログアウトしました」


「まってよ!!!」


 なにもない空間でユキトは何度も「シャウト」したが、その「ログ」を読んでくれる人は誰もいなかった。




【異世界アニマ フィア・グランツ王国 王宮内】


「ok!ネメシス!!」


「うわ!ビックリしたぁ!どうした、ユキト、大丈夫か?」


「へ?」


 どうやら目が覚めたらしい。温かいお湯の上に仰向けに浮かんでいる。天井が高い。湯気がすごい。


「なんだかうなされていたが…大丈夫か?のぼせてないか?」


 心配したステラが俺の顔を覗き込む。ステラの顔が逆さまに見える。ステラの顔から水滴が滴り落ちた。ぽたりと額に水滴が当たる。あれ、ここって………?


「ああ、すまない、ここは風呂だ。ずいぶん汚れていたからな。勝手に体を洗ってしまったぞ」


「お、お風呂?洗った?」


 え、なに?つまり、今、俺、仰向けでお風呂に浮かんでるの?てことは今、頭上には、ステラが、裸で?


「すまない、ビックリさせてしまったな。私も少し迷ったんだが、汚れた体の君をベッドに寝かせるわけにもいかないし、君を床に転がして自分だけ湯船でくつろぐのも忍びない。だから、一緒に入ることにしたのだ!常に一緒にいれば君が溺れることもないしな!名案だろう!」


「いや、うん…確かに気持ちいいし、いいお湯だし、一緒に入れば溺れないかもだけど、そもそも前提がおかしい」


「ん、なんだか爺やも似たようなことを言っていたな…押し通したが」


「爺やもっとがんばって!?そしてステラはもっと爺やの言うことを聞いてあげて!?」


「ははは、さすがにこの歳になれば爺やも風呂にまでは入ってこれまい。私の勝ちだ」


「ステラはいったい何と戦っているの…?」


 次の反論を考え付く前にステラが俺を抱き寄せる。頭にやわらかい感触が…


「ちょ、ちょっと、ステラ…!」


「ずっと探していたんだ…君のような素敵なウサギを…私は…私は…!」


「ステラ!?」


 ステラの顔が近付いてくる。


「ステラ、まっ…!」



「ステラ様!」


 大きな声を上げて、数人のメイド達が風呂場になだれ込んできた。


「メイド達に応援を頼んだか。爺やめ…」


 ありがとう、爺や…


「ステラ…?」


「………すまない、ユキト。私は先に上がる」


「う、うん」


 残念そうな表情でステラは風呂場を後にした。

 そして湯船の中でメイド達に囲まれる俺。


「え、えーっと……」


「あ!た、大変失礼いたしました!脱衣所にステラ様が用意されたお召し物がございますので、よろしければどうぞ!ごゆっくり、おくつろぎください!」


 メイド達があっという間に風呂場から退場していった。


「………な、なんだったんだ…?」


 ステラ、急にどうしたんだろう?「探していた」って言ってたよな。俺みたいなウサギを?


 事情を聞きたいけど、二人きりになるのは危険かな…?


「どうしよう…」


 とりあえず、ステラがまだ着替えてるかもしれないし、もうちょっと浸かっていこう…



 しばらく風呂に浸かって、脱衣所に向かう。ずぶ濡れの小動物はさぞ貧相な見た目になっているだろうと鏡に目をやると、意外とそうでもなかった。むしろ本当に風呂上がりか?ってぐらいふわふわだ。触ってみると少し湿ってはいるが、とてもさわり心地がいい。


「自画自賛…?中身は変わってないくせに…」


 恨めしそうな顔で見つめ返してくる自分を小突き、脱衣所のドアを開ける。すると…


「先ほどはお嬢様をお止めできず、大変申し訳ございませんでした。ユキト様」


「あ、えっと…」


 目の前には、いかにも執事といった風貌の老紳士がいた。年齢を感じさせない、凛とした佇まいだ。もしかして…


「爺や?」


「はい。私、ステラ様が幼少期の頃より執事を勤めさせていただいております、アルバと申します。いわゆる、「爺や」でございます」


 こちらの無礼な問いかけに、にこやかに答えてくれる「爺や」こと、アルバさん。


「すみません!つい…」


「いえいえ、構いませんよ?むしろユキト様のような可愛らしい御仁に「爺や」と呼んでいただけるのはとても嬉しいです。なんだか、孫が増えたようで、ほっこりしますな」


 見ているこっちまでほっこりするような笑顔で、ぽふっと、優しく撫でられた。くすぐったいような、恥ずかしいような…


「ありがとう…ございます…アルバさん…」


「おや、もう「爺や」とは呼んでくれないのですか?」


 バスタオルで体を拭いてくれる爺や。遠慮するタイミングを逃してしまい、されるがままに世話されてしまう。


「ええ?からかわないでくださいよ」


「いえいえ、本当に「爺や」で構いませんよ?むしろそう呼んでください。親しみをこめて」


 なんだか、すっかり爺やのペースだ。言われたわけでもないのに、自然と両手を上げて脇を拭いてもらってしまう。


「じゃあ、その、よろしくお願いします。爺や」


「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。ユキト様」


 挨拶と同時に体も拭き終わった。


「しかし、見事な毛並みですな。さわり心地はもちろん、あっという間に乾いてしまいました」


 確かに、水鳥みたいに脂っぽいわけでもないのに、かなり水を弾いてる気がする。


「きっとユキト様は、かなり魔力が多いのでしょうね」


 ああ、そういえば俺、『特典』で、かなり魔力が多いんだっけ。確か、そのせいで毛並みとか味がいいとか…


「では、こちらのお召し物を。お嬢様のお手製でございます」


「え、ステラの手作り?」


「はい。お嬢様は剣術もお上手ですが、家事全般もかなりの腕前でございます」


「へー、すごいなぁ」


 用意された服に袖を通す。

 メンズスーツの上着とズボンみたいなデザインだ。

 ズボンは大きめの半ズボン、尾てい骨の辺りがVの字に開いている。

 ベルトを締めると三角形のしっぽを出す穴になった。

 上着は腰の辺りに燕の尾のようなヒラヒラがある。

 こちらもちょうどしっぽが隠れないようなデザインだ。

 俺の毛皮を考慮してか、下着やシャツは無い。


「俺向けにアレンジしてあるけど、燕尾服?しかも爺やの服に似てるような?」


「はい。お嬢様いわく、「ウサギと言えば燕尾服!」とのことです。おそろい。でございますね」


「は、はあ」


 ていうか、これ、サイズがぴったり過ぎる…もうすでに着なれた服のような違和感の無さ。

 俺が寝てる間に、城に到着して、採寸して、服作って、その後風呂に入ったの?作業スピードえげつなくない?


「では、参りましょうか」


「どこへ?」


「お嬢様のお部屋です。事情をお話いたします」


「ああ…」


 危ない所を助けてもらったし、気さくな性格には好感がもてるんだけど、風呂場のことが気になって少し緊張してしまう。


「大丈夫です。もしもの時は私めがお守りいたします」


「「もしも」が起こる可能性は否定しないんですね…」


 爺やと一緒にステラの個室へ向かう。

 途中、廊下からバルコニーへ出られる場所があり、そこから城下町が一望できた。

 見事な景色に目を奪われる。いかにも『剣と魔法の世界』って感じの、中世ヨーロッパ風の町並みだ。


「わぁ、立派な町ですね」


「はい。そういえば、ユキト様は眠っておられましたので、まだ城下町をご覧になっていませんでしたね。後ほど、お嬢様と遊びに行かれてはどうでしょう?お嬢様もよく、城下町へお出かけになられますので」


「そうですね。落ち着いたら行ってみたいです」


 他にも、爺やからステラの小さい頃の話なんかを聞きながら歩いていると、綺麗な装飾の扉の前で立ち止まった。


「こちらでございます」


 爺やが扉をノックする。返事がない。中からドタバタと騒がしい音が聞こえる。


「お嬢様、入りますよ?」


 爺やがゆっくりと扉を開けると、


「私は!ウサギの獣人が!!大好きだーーー!!!」


「うおぉ………」


 森で会った美女が、部屋で野獣のような雄叫びを上げていた。

 ビリビリとした威圧感が部屋から溢れてくる。

 美女で野獣な王女様を押さえつけるメイド達が今にも吹き飛ばされそうだ。


「…………………」


 爺やが、やれやれ、といった表情でステラを見ている。


「愛しているぞ、ユキトォォォ!!!」


 ドン!という効果音と共にステラが飛び出した。

 メイド達を振り切り、常人には不可能なほど深い姿勢で突進してくる。


「ヒエッ」


「お嬢様!おやめください!!」


 言うが早いか、爺やの全身の筋肉が一気に膨張した。

 おそろいの燕尾服がはち切れんばかりの筋肉ゴリゴリの爺やが、ステラの突進を食い止める。ガシィィ!と組み合う二人。


「まったく衰えていないな、爺や!」


「成長されましたな、お嬢様!」


 ナニコレ?アメフト?ラグビーが始まったの?ボールは俺か!?


「たが!」


「しまった!ユキト様ぁ!」


 一瞬のスキをついてステラが爺やを突破し、俺にがっしりと抱きついた!


「さあ、ユキト!誓いのキスを!」


「きゃぁぁぁ!タッチダウンされるぅ!」



「そこまでだ!」



 突然、男の声が部屋に響き渡る。白っぽいブロンドカラーの髪に、貴族服を着たその男は、俺たちに詰め寄ってきた。


「ステラ!私というものがありながら、よりにもよって獣人と添い遂げようとは、どういうつもりなんだ!」


「なんだ、バドル。まだいたのか。動物嫌いはもういいのか?」


 ステラはバドルと呼ばれた男に向かって、両手で持った俺を、鼻先がくっつくほどに突きつけた。


「あ、どうも、初めまして…」


「う、うわあぁぁ!」


 突然現れたバドルは、突然大げさな動作で後ずさり、突然どこかへ走り去っていった。


「ええ…なんなの…?」


「まったく失礼な奴だな、ユキト。こんなに可愛い生き物つかまえて、あんなに怯えるとは」


 ステラが無遠慮にほおずりしてくる。


「まあ、ステラも失礼か失礼じゃないかで言えば、だいぶ失礼だと思うけど…」


「また邪魔が入った。興がさめたな。爺や、お茶を淹れてくれ」


 話、聞いてないなこの王女様。


「かしこまりました、お嬢様」


 いつの間にか萎んだ爺やが、お茶の準備に取りかかる。


 ツッコミどころが多過ぎて収拾がつかないので、とりあえず全部スルーして事情を聞くことにした…

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