第4話

 秋人は、ひとりで道を進んでいった。さすがの俺も、そこから案内することはできない。

 深く息を吐くと、別の気配を感じた。

 美冬さん、を連呼された流れで、美冬さん、と言いかけて、言い直す。

「ばあちゃん!」

 坂の上に、美冬がいた。まるで、跡をつけていたかのように。秋人に集中していて、気づかなかった。

 美冬は、意外にもしっかりした足取りで、近づいてくる。雪原に足跡はない。

「秋人さんは、あちらに行けたのね」

 美冬は、涙があふれる目をごしごしこすり、東の空を見やった。

 あたしも行かなくちゃ、と呟いて。

「笙介」

 いつものように俺を呼び、首を横に振る。

「孫の代わりをしてくれて、ありがとね」

 美冬は、気づいていたのだ。自分ももう、秋人と同じ存在だったことに。仏壇に手を合わせ、自分の遺影が飾られていたことに。四十九日を過ぎても成仏できないことに。突然現れた俺が、10年以上疎遠な孫の、笙介でないことに。金色の瞳の、鬼だということに。

「向こうで秋人さんに会えたら、あたしから伝えるわ。あなたは邪魔者なんかじゃない、って。たまにはデートしましょう、って。それと」

 美冬は、照れくさそうに口ごもり、少女のように頬を染める。

「今度は、秋人さんに溶かされてもいいかも、って」

 美冬は、俺に頭を下げた。

「短い間だけど、ありがとう。えっと、お名前は」

 俺が名乗れずにいると、美冬は、ぽんと手を打った。

「勇気のある、ユウキくん、ということでいいかしら。身上しんしょう潰しちゃ駄目よ」

 美冬は、行ってしまった。涙を流しながら。笑顔をつくりながら。



 美冬と秋人に気づいたのは、たまたまだった。

 冬のある日、俺はフリーペーパーで紹介されていた山奥のベーカリーを訪ねようとした。鬼だってパンが食べたくなることがある。

 途中の空き家に妙な気配を感じ、日を改めて訪ねてみた。

 空き家の管理はされているようだが、成仏できていない何かがいる。

 四十九日を過ぎても成仏できていない美冬に、俺は孫だと勘違いされ、居候する羽目になってしまった。

 一応妻には連絡し、了解を得たが、可愛く怒られてしまった。

 もう居候生活は終了だ。空き家を管理する、本当の孫に任せよう。

 俺はこのまま妻子のところにふらりと帰って、妻に怒られて、会えなかった数日分以上に家族サービスをして、鬼としての日常に戻るのだ。



 屋敷の周りも、雪景色していた。

「お帰りなさいませ、勇貴ゆうきくん!」

 愛しい妻の声が、可愛く跳ねる。

「ただいま、かえでちゃん」

 幼い子を抱えて駆け寄ろうとする妻に歩み寄り、ふたりとも抱きしめる。

 雪原は、朝日に照らされて粉砂糖のように輝く。

 雪原は美しい。しかし、雪はいつまでも雪のままではいられない。

 美しい雪を雪のまま愛でるのか、人それぞれだとは思う。

 俺だったら、雪を溶かしてしまうほど、身上潰してしまうほど、愛してしまう。実際、そうしてまでして妻を愛しているから。



 【「雪を溶く熱」完】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪を溶く熱 紺藤 香純 @21109123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ