ふゆ

 葉っぱがさみしい色をして、ひとつ、ふたつ、おちて、さむいから、冷えると咳が止まらなくなるから、って雨戸ももう開けてもらえなくなって、わたしもあの葉っぱみたいにすぐに色をなくして落ちてしまうんだと思って、かなしかった。こわかった。


 それでも、毎日、秋人の足音だけは聴こえていて、わたしは心だけであの木のところまで遊びに行くことにした。

 秋人はわたしがそこにいるなんて思いもしないけれど、何度かは、わたしの隣に腰掛けて、だまって景色を眺めてくれた。


「今夜は、雪だろうか」

 むこうの雲を見て、秋人が言った。言って、走って家の方に去ってしまった。

 わたしを奪うみたいに早く暮れてしまう陽を、うらめしくおもった。


 秋人は、なんでも知っている。花の名前も、魚のことも、虫のことも、天気のことも。

 その夜、やっぱり、ゆきだった。

 わたしは、わたしたちの木からうごけなくなった。うごきたくなかった。雨戸の中のくらい、くらいところにいるわたしも、うごかなくなった。


 わたしは、枝ばかりになってしまったわたしたちの木に、ゆきがしんしんと重なってゆくのを、ただ見ていた。どうしてか、あのなつに聴いた、せみの声みたいだとおもった。


 わたしは、わたしのまま。わたしは、ゆきに埋もれて泣くせみになった。

 それから何度かは、秋人はゆきの降り出すころにお花を持ってきてくれた。さみしい、さみしい花だとおもった。


 そのうち、秋人はわたしを見ようとはしなくなって、どんどん背が伸びて、声もひくくなって、友だちもあたらしい人がたくさん、たくさんできて、そのうちにいつも一緒にいる人はわたしじゃなくてあの首のほそい、きれいな人に変わって。


 わたしは、いつも秋人を見ていた。

 秋人は、友だちと笑っていても、きれいな人にやさしい顔をしていても、悲しくて、さみしそうだった。

 わたしが、秋人もあのゆきの下に連れていって埋めてしまったのだとしたら、かわいそうだとおもった。


 だから、もう、わたしたちの木のところには秋人は来ない。


 しかたないとおもった。

 だから、秋人が、名前のない、あきとふゆの、そのあいだの今日、わたしのところに来たのが、とても珍しくて、うれしくて、かなしかった。

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