第28話 笑えない朗読会


 「いったい何処でを見つけてきたんだ?しかもお前、淑女とは思えないくらいデカイ口を開けて馬鹿笑いしたそうだな!え?どうなんだ!?」

 

 鼻先に件の本が突きつけられてタジタジの雪花シュエホアだった。

 

 「ソレアルネ…… ナンデモ中書省内デハネ、イッチバン!人気作品ノコト。アイヤ~ソナニ変ナ内容ダタアルカ?イツワタシ、ソナニ馬鹿笑イシマシタカ?アナタ見マシタカ?マッタク身ニ覚エナイヨッ」

 

 「お前なぁ……」

 

 トクトアは眉間を指で押さえて呻いた。

 その仕草を見た時、やはりトクトアは尚書の息子だと確信した。 

 

 「そこは演技だろ。恥ずかしそう顔を赤らめるのが作法だぞ」

 

 淑女がする演技は、西洋でも東洋でも共通している。

 いつでも好きな時に気絶し、何も知らない謙虚な女を演じないといけない。

 

(そんな作法ある?流石、儒学者の師を持つだけあるわ。なんて口うるさい…… 女性とはかくあるべし、って古臭い石頭っ!でもあの本のいったい何が問題なのかしら?教えて欲しいもんだわ)

 

 雪花は、自分に非有らずの心境だ。

 

「……どんな内容かも知らずに読ませてたのか?」

 

「ええ。これで識字率上がりますよ!みんな楽しそうでしたし!もう、大好評でした!」

 

 雪花は胸を張って答える。

 

 「バカっ!!」

 

 トクトアは卓子をぶっ叩いた。

 

 「ひぇぇ―――っ!」

 

 途端、雪花は飛び上がった。

 

「グスン…… 酷いよ。そんなに怒らなくてもって、ハっ、まさか!手習い所を閉講なんかにしないでしょうね!?」

 

「それもやむを得まい。新参兵といえど、大ハーンの軍隊だ。ご威光を傷つけるのは感心しない……」


「え?え?だって伯父様に頼まれたんですよ!中身もそれ相応ふさわしい者とならねば、と」

 

 「お前の小遣い稼ぎなんだろ?知ったことか……」


 「う~」

 

 とり付く島なし。

 これは危機ピンチだ。

 

「か、かくなる上は…… ☆許してキラキラ――ン☆」

 

 雪花は、ダメ元で必殺技、〈パワー最大!許してお願い!超・ウルウル目光線〉をトクトアに向けて照射した。

 

「うっ、眩しいからよせ…… 仕方がないな、此度は許してつかわす。ハア…… 参った。降参だ!」

 

 なんだかんだ言っても、結局は雪花に甘いトクトアだった。

 

「褒美にはならんがな、一応知識として教えてやる。あの本は、唐の時代の書物で、早くに散逸したせいか、その大部分が失われてしまった。これはたぶん、それを模写したものだろう。内容は二人の仙女との一夜話。話の元は、作者自身の遊里での体験を書いたのでは?と言われてる。だから雅な韻を踏んだ詩歌が多いのが特徴だ。気位の高い妓女を口説き落とすには、それなりに頭がいるからな」

 

「なるほど。そう言えばシャレた言葉が多いですね。まさか作者の遊里での体験を綴っていたとは。『遊仙窟ゆうせんくつ』という名でしたから、てっきり『桃花源記とうかげんき』を真似て書かれたのかと…… いや、これは勉強になりました!」

 

 (って、全くセーフ的な内容でしょ!?現代ならもっとヤバい描写ありありだし!私、十代でマルグリット・デュラス筆『愛人ラ・マン』を読んでドキドキしたものよ。あれ、傍目からみたらフランス文学読んでるように見えるけど……)

 

 兵部尚書から借りた本は、今でいう官能小説だった。

 それを王子に朗読させた事が上司トクトアの知るところとなり、翌朝、雪花は上司の従者二人に連行され、執務室にプチ軟禁、こうして厳しく詰問されるハメになった。

 

「お前、一杯食わされたんだ、あの男に。もう、とうに調べはついてるんだ。会ったんだろ?怒らないから言ってごらん」

 

「はい!いろいろお世話になってまーす!」

 

 すぐ側からカチ―――ンという金属音がした気がした。

 

 「はれ?何?」

 

 目の前でトクトアがプルプル震えていた。

 

 「どしたの?トクトア様?……ヒっ!」

 

 季節外れの大寒波の到来だ。

 身の危険を感じた雪花は後退りしようとしたが、あっさり取っ捕まった。

 

 「なんでそんな無邪気に答えられる?なぜなんだ?どうしてなんだ?」

 

 血走った目でトクトアは、雪花のムニムニとした柔らかな両頬を引っ張った。

 

 「うほつきぃ、ほこらなひっ、てひったくせに~!(訳・嘘つき、怒らない、って言ったくせに)」

 

 

 話題の問題作!?、『遊仙窟ゆうせんくつ』とは――?

 

 昨夜――チャンディが得意の高麗餅こうらいぴんを見習い兵らに振る舞ったおかげか、王子が受け持つ手習い教室はこれまでにないくらい満席になっていた。

 嬉しさの余り雪花は悲鳴を上げた。

 

 「ウフフ。やったわ!やった~い!このお菓子、美味しい!」


 (これでお小遣いアップ間違いなし!儲けた儲けた!)


 愛しい恋人?が自分の好物である髙麗餅を口にしているのを見た王子は上機嫌だった。

 俄然やる気に燃えた王子は、冷やかし目的でやって来た皇帝のお気に入り、ボンボンケシク四人組のヤジや妨害に屈することなく、果敢に講義を続けた。

 妨害といっても彼らの場合、ほとんど雪花目当てで来たようなもので、彼女の席をいち早く見つけると、その周りを囲むように陣取り、他の者が近付かないように目を光らせた。

 

 「き、気を遣うわ……」

 

 

 

 雪花は手習いの骨休めに本の朗読を提案した。

 アスト親衛軍の紅一点、才色兼備の?雪花嬢が推薦した本とあって、皆期待に胸をふくらませた。

 

 「時間も限られてますから、一番良い場所にしおりを挟んでもらったんですよ!」

 

 そして――朗読が始まった。

 王禎ワン・ジョンの朗々とした、美声が響きわたる。

 全員がその声に聞き惚れていた。

 なんと驚くべきことに、あのケシク四人組も真剣に聞き入っていた。

 

 

 私、張文成ちょうぶんせいが、黄河の源流を訪れる途中、深山の岩窟に迷いこみ、そこで出逢った二人の寡婦、崔十娘さいじゅうじょうと、その兄嫁の王五嫂おうごそうが住む屋敷に招かれた。

 山家の美しい女達は、食べきれない程の山海の幸、得意の舞踊で私を歓待してくれた……

 ほろ酔いかげんの私は、この美女達と華麗な詩歌のやり取りをする――恋の駆け引きが始まった。

 

 〈五嫂ごそうからのお題:今の気持ちを果物を使って洒落シャレであらわそう〉

 

 十娘から、「私、今、胸が一杯よ。情け有りの身、心なしの別れよ」

 (私な、お腹一杯、胸一杯やわ。情け有りの。こころの別れ。うーん、適当)

 

 次は私、「はからずも格別のおもてなし、人生あんずるどころか幸せ」

 (いや~えらいけっこうなおもてなしで。こころ無し?!あるがな!な~んちゃって!ほんまそれ!人生ずるより幸せ~って…… ごめん!)

 

 では五嫂ね、「こうなってはとても抑えられはせぬ、たとえかたなしといわれようとも」

(あーなんかさっきからいてもたってもいられへん。これって性的欲求リビドー!?ってゆうてもた。いやーん、かたやん!)

 

 ほう、なかなかやりますね。

 十娘が話題を変えた。

 

 十娘、「ちょっと、あなた様の小刀を拝借、梨をむきますわ」

 (ちょっと、梨の皮むきますよって、おたくのナイフ借りますわ)

 

 そこで、私は小刀を歌に詠んだ。

「塗りかためし固きえにしの愛しさに、恋の慕う心のいとは絶えぬなり、あたら、先の尖りし得手物こそ、ひねもす皮をかむりしままなれ」

 (これでも漆塗りの小刀ですねん。

 バーゲンセールで買うたゆうても、よう何度も塗り固めとるさかいな。やっぱり硬さ(強度)も他のんとくらべもんになりまへん。おたくらとの縁も一緒やな…… ポッ、い~や!照れるわ~!この気持ちはエンドレス!ネバ~ネバーエタニティラブや!どうぞどうぞ!使うとくれやす!ズボーっといかしてもらいます!」

 

 十娘がさやを歌に詠む。

「押されて皮弛み、研ぐほどに滑りよく、そを抜いてしまいし空の鞘、あとはいかになりぬらん」

 (あら。えらい立派な鞘にナイフやわ。こういう得物をあてられたら、気持ちええくらい下処理もはかどります。いやーん、どないしまひょ)

 

 なんとも微妙な詩歌だった。

 はて?と、雪花は周りを見渡した。

 皆、顔も俯きかげんで肩を震わせていた。

 朗読する王禎ワン・ジョン、ボンボンケシク四人組もニヤニヤしている。

 

 (ま、確かに意味深な歌には違いないけど……)

 

 「プッ。ウハハハ――ッ!こりゃ発禁本ですぜ!」

 

 堪らず吹き出したチャンディは、

 某国人気TV番組〈笑ってはいけないシリーズ〉さながら、王子の目配せで飛んで来た二人の兄貴分タスルとナギルから、それぞれ一発ずつ、棒きれで尻をぶたれて呻き声を発していた。

 

 「だってしょうがないじゃん…… ブツブツ」

 

 そうとも、彼は悪くない。

 それから物語は、一気にクライマックスを迎える。

 

 「艶やかな顔が眼一杯になり、芳しい匂いが鼻を裂くばかり、心はうわの空で制する人もなく、愛情が込み上げてとめどがなかった。紅いしたぎに手を差し入れ――? み、みどりうわがけに脚を交えた。二つの唇を口にあてて、片臂かたうでで頭を支え、乳房のところを掴み、内腿のあたりを撫でさすった…… 口を吸うたびに快感が走り、抱しめる度に嬉しさが込み上げた。鼻がつんと痺れ、胸が詰まった。しばらくして、眼がちらつき、耳が火照り、血管がふくらみ、筋がゆるんだ。こうしてはじめて、ありがたさ、めずらしさを感じ、かたじけなさ、もったいなさを知った。わずかの間に、数回もあい接したのである。うおおお!?ドキドキ……」


 「ちょっと、なにこれ!?」

 

 「!!!!!!」

 

 「////////////(赤面)」

 

 「鼻血ブ――――ッ!!」

 

 「ハアハア……」

 

 反応は皆それぞれ。

 

 「ところが、はからずも、憎たらしいカラスの奴が、夜半に人を驚かし、ならず者の鶏めが空が明けていないのにあかつきの時を作った。そのまま、衣を羽織って向かい合って座り、涙を流して顔を見つめ合った…… え――!?マジか!?これで終了!?嘘だろ!?」

 

 時間切れとあいなり、中途半端に情事を終わらせられた、という衝撃的なラストだった。

 

 皆でどっと笑った。

 

 「プッ!!なにこれっ!キャハハハ!!!」

 

 雪花は二人のお守りが張り付いていることも忘れて腹を抱えた。

 

「あっはははっ、時間切れって?そこは延長してもらえよ~!」と、シバン。

 

「だよね。あそこまでこぎ着けといて終わりって、不発もいいとこだよ」と、ジョチ。

 

「そのまま帰ったんでしょ?不健康だよ。あ~お腹痛いっ!」と、オルダ。

 

「ワハハハ!ちょっとマジ勘弁!なんでこんなオチなんだよ!」と、ボアル。

 

 やはり兵部尚書に相談して正解だったようだ。

 古典『遊仙窟ゆうせんくつ』は大ウケした。

 見習い兵士達は、本を読むことの素晴らしさを知った、と大喜びし、手習いへの意欲を燃やしたという。


 「キヒヒ…… やったね!お小遣い~お小遣い♪何買おうかな~ウヒッ!」

 

 ひとりほくそ笑む雪花だったが、

 翌朝には御用となり、トクトアから大目玉を頂戴することになるのは、もう皆さま御存じですね。

 

 

 

 

※(注・遊仙窟の登場人物のセリフは作者が適当に訳したものです)

 本書は中国では早くから散逸したが、日本には奈良時代に遣唐使によって伝来し、その後の日本文学に多大な?影響を与えた。

 後に魯迅によって日本から中国に再紹介(逆輸入)されました。

 里帰り出来て良かったね。

 

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元酔紅線夢譚 紅い疾風 ミルキーウェイウェイ @manulneko

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