第44話 ダブルピンチ



「いいのか? 俺、日本人だぞ?」


「そんな些細なことを気にする奴はいないさ。百円札は、国王を支持する人間の信頼を得るために、ミイネがいいだろう。十円札と一円札は、後で選定しておこう」


「わかったよ。やれやれ、まさか俺の顔がお札になるとはな」


 色々気後れするも、大臣職を四つも兼任しているので、もう驚きもしない。


「ははは、良かったなショウタ。それと、今回の功績で貴君には財務大臣を任せる」


「わー、嬉しくねぇ……それで、ツイチューブの呟きはどんな感じだ?」


 俺の問いかけに、隊長たちが口々にスマホを取り出した。


「順調ですよ。メンバーみんなのフォロワーはうなぎのぼりです」


「リプも多いし、国民みんなに応援されるとやる気出るよね」


「部下たちも、自撮りを気に入っているようですな。しかし、問題がひとつ。国王を支持する一部の人たちが、国王派の残党を応援するような呟きをしています。中には、残党本人と思われる呟きも」


 俺は辟易とした溜息をついた。


「あいつらなんでも真似するなぁ……」


「どう致しますか?」


「とりあえず泳がせておこうかな。フォロワー数は?」


「いずれも、それほど多くはありません。求心力を失っている証拠ですな」


「ショウタのおかげなのです」


 俺の隣の席で、ナナミが笑顔で褒めてくれた。


「ショウタのおかげでみんなの生活が楽になりましたし、動画や呟きで私たちのイメージアップをしたたまものですよ」


「そう言ってくれると嬉しいよ」


 なんだか、何もかもが上手くいっている気がする。


 この調子で、改革を成功させてこの国を豊かにしよう。


 俺が、そんな風に思った途端、会議室のドアが開いた。


「大変です! 首都郊外の村々で破壊工作が行われています」


 ——は!?


 その急報に、会議室中の人間が椅子から立ち上がった。







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「何故だヤスミチさん! あんたはそんな人じゃないはずだ!」


 ゾンビたちに支配された文字通りのゴーストタウン。


 そこで、鈴木鉄平は助けた少女たちを引き連れ、大型デパートにたてこもっていた。


 デパートには多くの人が避難し、鉄平を含めた男性が、警護に当たっていた。


 だが、いま鉄平は、ゾンビではなく、人間の、それも警察官と対峙していた。


 家電売り場に、男の怒声が響く。


「うるせぇ、てめぇが、てめぇが悪いんだテッペイ!」


 ヤスミチは、巨乳美少女を左腕に抱き、右手の拳銃を彼女のこめかみに突き付ける。

 

 かつて、鉄平が街で助けた巨乳美少女は眼に涙を浮かべながら、手を伸ばして助けを求めた。


「テッ、ペイ……」

「黙れ!」


 ヤスミチは狂気に満ちた声で恫喝してから、銃口を鉄平に向けた。


「俺はな、こういう時をずっと待っていたんだ。くそくだらねぇ社会が全部ぶっ壊れて! 暴力が支配する世界になる世紀末をな! そうすれば拳銃を持っている俺が一番強いんだ! ふふふ、知ってるか? 昔、数人の男女が島に取り残された事件を。そこじゃ、拳銃を持っている軍人が王のように振る舞っていたらしいぜ」


 口角をぐにゃりを上げて、ヤスミチは陶然と語った。


「だから本当なら、俺が! 俺が支配するはずだったんだ! 男共は俺を敬い、女共は俺を頼りにして股を開く、いわゆるサバイバルハーレムモノみたいになるはずだったんだ! それをてめぇがわけのわからない工作技術で即席の重火器を次々作り出しやがって! そんでみんなのリーダー気取りとかふざけんな!」


「違う、俺はリーダー気取りなんかしていない!」

「そうだよ、テッペイ君が頼りになるから、それでみんなテッペイ君を慕うんだよ。あんたなんかとは違うんだから!」


 テッペイの隣に立つ豊乳美少女が、気丈に叫んだ。


 しかし、ヤスミチは怯まない。


「吠えてろよ! どのみち武器のないテメェらには何もできないんだ!」


「武器が無いそれはどうかな? ここは家電売り場だぜ? 例えばこの重たい炊飯器だって」

「んな重たいものを投げられるかよ!」


 鉄平は、炊飯器の内釜をはずすと、まるでフリスビーのように投げた。


 シュルシュルと回転しながら迫る内釜に、ヤスミチは反射的に引き金を引いた。


 カーン、と鋭い音を立てて、内窯が弾けて、代わりに弾道を逸らした。


 その隙に距離を詰めた鉄平が、鋭い、右ストレートを顔面に叩き込んだ。


「ぎゃっ!」


 ヤスミチが怯んだすきに、鉄平は巨乳美少女の手を握り走った。


「こっちだ!」

「逃すかよ!」


 ヤスミチは鉄平を追いかけ、家電売り場を走り回った。


 しかし、鉄平の姿を見失ってしまう。


 そんな彼の目に留まったのは、一台の電子レンジだった。


「なんだ? あいつコーヒーでも温めてんのか?」


 ヤスミチが中を覗き込むと、可燃性ガススプレーが、ゴウンゴウンと回っていた。


 鋭い爆発が、ヤスミチの顔面を襲った。

 ヤスミチは即死だった。


 鉄平たちがものかげから姿を現すと、豊乳美少女が尋ねた。


「テッペイくん、こんなの、どこで覚えたの?」

「ゾンビ映画さ」


 鉄平は、悲し気な顔で答えた。




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