第7話 喋れないじゃん


 修二は人間を食った事実を頭の隅に追いやりながら周囲へと意識を向けなおす。

 壊れた円柱の袂には変わり果てた被害者たちの姿が見て取れた。

 その遺体にサコィの記憶の中で見知った人がいた事を思い出す。



(弔って上げたいがなぁ、流石に弔う場所は無いな……時間は…まだ大丈夫か?)



 一応というか現在進行形で修二はいつ命を狙われてもおかしくない状況にある。

 あれだけ派手に音を立てて争ったのだから、またも老人達のように人が押し寄せて来ないとも限らない。

 この部屋だけで大きめの会議室位の広さがある。

 サコィの記憶で見た限りでも人を監禁する部屋が多数あった事を考えて、やはりここはかなり大きな人外の研究施設で間違いないだろう。その敷地の規模はどれ程なのか現状では想像できない。



(当然こんだけの人数しか詰めてないなんて甘い事はないよなぁ)



 そう考えれば時間はやはり有限である。

 監視カメラ的な物は視た限り存在しない。この世界にそんな高度なテクノロジーがあるとは……いや、魔法ならばありえそうだ。

 となると更にゆっくりとはしていられないだろう。



(でも、せめてよ……)



 そう思い、修二は被害者達の元へ歩脚を向かわせると、一体ずつ丁寧に遺体を持ち上げると壁側に四体の被害者の遺体を並ていく。

 それ位しか今の修二にしてあげられる事はないのだ。

 唯の自己満足の行為。だが、それでも何もしないよりはいいだろうと思う。


『……ありがとう……お兄ちゃん』


 壁側に四体の被害者の遺体を並べ終えた時、修二にはサコィの感謝の言葉が聞こえた気がした。



(サコィ?)



 身体の主導権を修二が半強制的に奪ってからサコィとの繋がりは徐々に感じなくなっていた。

 だが今は弱弱しいながらもサコィとの繋がりを確かに感じ取れる。

 元々サコィの意識があったとしても、最初にこの部屋に辿り着いた頃からサコィとは明確に会話を交わした記憶はない。

 だが間違いなくサコィとの繋がりは感じていたし、修二の叫びに反応したかの様に動いた事が何度かあった気がする。

 明確にサコィとの繋がりが薄れていったのは――



(封考環……アレが付けられてからだ)



 そう考えると今現在、修二自身が自由に動けているのが不思議に感じられる。

 修二も倦怠感的な何かで思考力が低下していった事を覚えている。

 老人は封考環を魔導具だと言っていたから魔法的な何かが働いたと思うのが自然だ。



(どこぞのヒーローの様に怒りで魔法を解除した……なぁんて考えられねぇんだよなぁ……俺は)



 何か原因が在るはずだ。そしてその原因を究明しなければ、次に同じ目にあった際に対処が出来ない。



(サコィが弱ってて、俺が大丈夫な訳か……)



 そう考えていた時、フッと何かが頭の隅を過る。



(そう、あの時は身体を動かしていたのはサコィで、俺はそのサコィに寄生してるような感じだった。だが今は……身体の主導権は俺が持ってて……)



 そう。サコィが修二に寄生している可能性が頭に浮かんだ。

 立場が逆に……いや、主導権をサコィが修二に譲渡している可能性だ。



(封考環で縛られているのが主権を持つサコィだったから、主権を持ってなかった俺は……封考環の対象から外れた?)



 恐らくはその考えでほぼ間違ってはいないだろう。

 この世界に来てから何気に修二の感が冴えているのだ。感というより受け取る情報量が異様に多い気がする。

 視界は広く、見えない物も感じ取れ、触れてもいないのに触れた感じがして、強烈な臭いも嗅ぎ分けられた。

 人間が持つ五感が大幅に強化され、それにより多大な情報を得る。

 身体はサコィが動かしていたから、その間は冷静かつ客観的に物事を考える事が出来たのも幸いしたのだろう。

 全ての状況から判断すると……



(合成獣に成ったからと考える方が妥当だろうな)



 そして今でもサコィは封考環で縛られている。

 主人たる老人が死んだ事で魔法が解除されたか、主人が不在で効果が減退したか……明らかではないが、おそらくは後者だろうと思う。

 この首輪の赤い宝石はまだ光を失っていない。だが確かに当初に比べて光が弱くなっている。

 つまり、少しずつ時間と共に効果は低下していると考えられる。そうでなければ先程の感覚の説明が付かない。

 取り敢えずはサコィの事は今は様子を見るしかない。現状で出来る事など思いつかないのだから。



(サコィの事、ありがとうよ)



 修二は並べられた四人の遺体に……感謝を込めて……小さく狼頭を下げるのだった。

 さて、此処にはもう用は無い。

 食欲も落ち着き修二はこれからの事を冷静に考える事が出来た。

 まず最初に思ったのが――



(まさか、俺って喋れねえの?)



 と言う事だった。

 さっきの戦いもそうだったが、いや、サコィも最初から人間の言葉を喋っていなかった。そう考えると恐らくは狼の口で言葉を発するのは難しいのだろう。



(いや、でも出来ねえって決めつけるのは何か癪に障るというか……)



 これも直ぐにどうこう出来る問題では無さそうだ。取り敢えずこの問題は棚上げして後から考える事にする。

 そうとなれば此処からさっさと脱出するに限る。ぼやぼやしているとまた灰色ローブ達がやってくるかもしれないのだから。

 そう考え老人達が入ってきた扉から外へと出ようとする。



(んん? こんなに小さかったっけ?)



 思わず立ち止まって見る。いや、扉は決して小さくはない。

 高さ的には大人一人が楽に横なら何とか二人は通れるだけの空間があった。

 視線の意識をガラスの円柱に向ける。

 振り向かずとも見れる事を便利に思いつつ、円柱に映った自身の姿を見て修二は驚いた。

 つい先程見た狼と蜘蛛の合成獣の姿で間違いないが、そのサイズはやや大人を超える大きさに変化していたのだ。



(……はぁ?)



 突然の成長に一瞬思考が停止する。

 突然の体長の変化……上半身の身体付きはもはや子供ではなく成人男性のそれである。

 そのサイズと下半身の蜘蛛の身体も合わせると百八十センチを超える身長になっている。

 横幅にして通常サイズの大人二人位、蜘蛛の腹部も含めた奥行きは大人一人が横に寝転んだ程で、尾節も含めると二人分にもなろう。

 全体通して三、四倍の体積に変化しているのだ。

 その急激な変化に思考が一時停止しても仕方があるまい。



(いや、目線の高さが違うんだから、気付けよな俺!)



 そう思ってみても何も変わらない。元々この身体に付いてはよく分からない事だらけなのだから。

 イメージする事で腕は伸びるは、鎌は灼熱化するは、身体の色は変わるは……現状では考えるだけ無駄である。


「グルゥ…」


 小さく唸ると狼頭を左右に振り、気を取り直して扉を潜っていく……実際に部屋から出るのに二分程掛かった事は仕方のない事だった。

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