第5話 初めての殺意


 老人を食い千切った修二は他の灰色ローブの男達を睥睨した。


「ヒィ!?」


 かなり強烈な不快感を修二は感じていたが、怒りがそれを上回る。

 そのままの勢いで顔を硬直させ動きを止める右側の灰色ローブの男に向けて右の鎌を伸ばした。

 普通なら届かない距離だったが、修二は届くと確信していた。


「ぴっ……」


 伸びた鎌は思った通りに男に届くと、まるで熱したナイフでバターを切るように灰色ローブの首が飛ぶ。

 身体を動かす度に熱を帯びた様に火照ってくる。熱く、熱く、思考を熱が覆いつくす様に。

 その熱が前腕たる両手の鎌に溢れていく。全てを焼き尽くすようなイメージ。

 その想像が現実に及んだ時、鎌が赤化して熱を放出していた。


「チィ!」


 咄嗟に背後にいた灰色ローブの男が腕を翳そうとしているのが見える。

 蜘蛛の眼によって三百六十度の視界を得ているのだ。この身体に死角など存在しない。

 熱に茹だりかける思考の中で、灰色ローブの男の動きがまるで止まっているかの様に見える。

 まるで世界から音が消えた様に、ただ自分の鼓動だけが響いている。

 魔法を放とうとしている男に無意識に思考が反応する。



(させる訳ねぇだろがよ!)



「グァルォォ!」


 当然魔法なんぞ撃たせるつもりはない。ただでさえ詠唱もなくバンバン魔法を飛ばしてくるのだ。

 一度でも撃たせれば一気に形勢が変わる可能性もあるだろう。

 だが実際にはそうならない事を修二は感じ取っていた。

 何をどうすればいいか、どう動けばこの状況に最適なのか身体が知っている様に動く。

 視線の先に見える長い物……尻尾が激しく、鋭く、まるで命を持ったかの様に蠢く。

 そのまま尻尾を伸ばして背後の灰色ローブの男をそのまま刺し貫く。

 男は貫かれた勢いで、身体に穴を空けたまま後ろの壁まで吹っ飛んでいった。

 これで三人。残るは左右前方の二人と左側の一人。


「クソッ! 何なんだコイツは! 何としてもコイツを止めろ!」


 囲んでいた灰色ローブの男達が漸く魔法を放ってくる。

 無駄だ。そんなものじゃ俺は止められない。止まらない。

 記憶の中にある頑丈な姿が頭に浮かぶ。心がそれを成せと語りかけてくる。

 そして修二はそのイメージを現実に投射した。

 イメージ通りに身体の色が変わっていき、強固な肉体が、鋼鉄の皮膚が生み出される。

 魔法がまるでコマ送りの様に自分の肉体に当たる瞬間を修二は視ていた。

 そしてその魔法が鋼の肉体を貫通する事無く散っていくイメージが脳裏に浮かぶ。

 そして現実ではイメージ通りに頑強になった肉体が魔法のダメージを減らしてくれた事を他人事の様に感じとった。

 魔法の散弾は留まる事を知らない様に降り注いでくる。



(うぜぇ! 蜘蛛なら糸も出せるはずだろ!)



 尻尾だけを動かしその先端の向きを左へ変え、糸を投網の様な感じで放出する事をイメージする。

 シュッと僅かな音と共に、微かに見えるかといった細い糸で出来た網目状の投網が放たれる。

 尻尾の先から放たれた投網は、狙い違わず左の灰色ローブの男の身体に覆い被さりその動きを阻害した。


「なっ? くそぉぉぉ!」


 全身に巡って来る熱が更に思考を奪っていく。

 だが修二はそれを当然の様に受け入れ、更なる強固な思いで塗りつぶしていく。



(邪魔なんだよ!)



 強大な腕が、全てを粉砕する腕が自分に存在する事をイメージする。

 イメージに従って現実の腕が巨大化していく。

 太く強靭になった腕が投網と化した糸の端を掴み、そのまま巨腕の膂力で以って捉えた男ごと右へと振り回す。


「グァルォォ!」


 その剛腕で振られた糸の網は遠心力を伴ってハンマーの様に左右前方の灰色ローブの男達を吹き飛ばした。


「ゴハァ…」


「ぐわっ!」


「がぁ…!」


 熱が精神を侵食していく。だが修二の怒りはそれを凌駕する。

 動け、止まるな、その心の叫びに呼応するかの様に、兎に角前へ前へと意識を動かす。



(さっさと動けや! ) 



 傷ついた身体は思った以上に動きを阻害するが心は止まっていなかった。思いが自身の身体を強制的に動かしていく。

 修二は折られた歩脚を引き摺るようにしながら、絡まって倒れている灰色ローブ三人へと近づいていく。

 そして手近な男に前腕である鎌を振り下ろす。

 鎌は容易く男の身体を貫き、地面を赤く染めた。



(まだだ!)



 強く思う事で身体は思う様に動く。新たな熱が身体に力を与えてくれる。

 更にもう一人の男へと灼熱を纏う鎌を振るい、その身体を熱で焼きながら切り裂いていく。

 男は肩から腰にかけて袈裟懸けに切り裂かれ、その生命活動を停止させた。

 切り口から血は吹き出ていない。放たれた高熱によって傷口から凝固しているのだ。

 修二はその男には目も向けず、残された一人へと視線を向けた。


「や、やめろ! 来るなぁ!!」


 最後に残った一人が涙と鼻水で顔を汚しながら叫ぶ。



(やめねぇよ。お前らがやって来た事のツケが返って来ただけだろ?)



「グルォォン!!」


 修二は吠えると同時に鎌を突き出しそのまま男の左胸に突き立てる。同時に周囲に肉が焼け焦げる臭いが漂った。

 後には残されたのは静寂と六つのかつて人体だった物体、そして四つの奇妙な形の生物の死骸だけだった。




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