第32話 紅鬼姫

 スカイツインタワーの屋上、そこにコウは待機していた。


「そろそろ時間だな・・・・・・・モンゴリー」彼はひとり言のように呟いた。もちろん返事は無い。彼の中に吸収されたモンゴリーは既に人格は無く、コウの中の記憶の一部と化していた。ただ、彼女を吸収したことにより魔法の力は飛躍的に向上した。

 それをコウは使う事無く認識することが出来た。軽く手をかざすだけで目の前のものを瞬時に破壊する自信があった。

 空を渦巻く雲に門が開くように隙間が発生した。その奥には真っ赤な炎の色をした光景が少しずつ見えてきた。いくつもの小さな点が現れる。その点一つ一つが地獄の兵、まさに鬼のような姿であった。


「地獄の兵達よ! この世界は俺が守る!」コウは両腕をクロスすると眩い光を発生させた。その光は真っ直ぐ雲に空いた穴めがけて発射される。


「グエーッ!!」鬼達は悲鳴を上げて消滅していく。


「消え去れ!!」コウは更に気合を込める。その途端、光は更に勢いを増す。空一杯に広がった光にかき消されて、この数ヶ月空を覆っていた暗雲が一瞬にして姿を消した。

 その光景を見てコウはガクリと片膝を地面についた。


「解っている・・・・・・・これで終わりじゃない・・・・・・・・そうだよな!」彼は空中に向かって波動破を発射した。それは何者かによって空中ではね返された。


「ふん、まるで私達が来るのが解っていたようだねぇ!」空から女の声が聞こえる。コウがその声を発した主に目を向けた。そこには真っ赤な炎に包まれた女が宙に浮いていた。

 彼女の頭には二本の角が生えており、その手にはいくつも突起物が飛び出している一見すると刃のようなものを持っている。


「そうさ、解っていたさ!」そう言うとコウはその手に美しい剣を出現させた。そして大きく振りかぶり女の頭に切りかかった。


「おっと、そんなに慌てると嫁の貰い手がないよ!!」女はコウの剣を防御した。彼女の体からは常時炎が発生しており、その熱により辺りの温度も確実に上昇している。


「残念! 俺は男だ!!」コウは片手を女にかざし波動破を放った。その攻撃を避けて女は後方に飛びのいた。


「えっ、変態なのか?!お前は!」女も負けずに手から炎の球を発射した。その攻撃をコウは剣ではね返す。


「うるせー! 俺は変態じゃねえよ!!」コウは大声で否定した。


「どうして私達がここに現れるのが解ったのだ。それにどうやって鬼道を塞いだ? お蔭で私達の計画は台無しだ! ・・・・・・・と言いたいところだが、私一人でも十分にこの世界を掌握することが出来るはずだ。そういう意味では私にとっては好都合かもしれないわ。この人間界が私だけのものになるのだから!」女はニヤリと笑う。次の瞬間、女の体が大きな音を立てながら膨らんでいった。彼女の体はあっという間に一回り大きな筋肉の塊のように変わった。


「私の名前は、紅鬼姫! この人間界を支配する神だ!!」体の炎が一段と勢いを増した。


「なんて力なんだ!」紅鬼姫から発せられた衝撃によりコウの体は弾けとんだ。「うわー!!」彼の体が地面に激突すると思った瞬間、柔らかいクッションのようなものに受け止められた。「きゃっ!!」そのクッションは可愛らしい声を上げた。


「な、ナオミ! なぜここに?!」彼の体を受け止めたのは変身したナオミであった。


「もう、一人で行かないでってあれだけ言ったのに! 針千本飲ませるわよ!」ナオミはコウの体を抱きしめたまま大きな声で叱るように言った。


「何をしているんだ! お前達はここにいては駄目なんだ!早く逃げてくれ!」ナオミを振り払うようにコウは叫ぶ。思わぬコウの反応にナオミは体を硬直させた。


「なにを言っているの!皆で戦ったほうが」二人の間にエリザが割って入る。


「エリザ、お前も逃げるんだ! ここにいるとお前達の命が!!」彼の慌て方は尋常ではなかった。そこに猛烈な炎は飛んでくる。コウは体を翻すと剣で炎を弾き飛ばした。


見縊みくられたものね、私と戦っていた事を忘れているのかと思ったわ」嬉しそうに紅鬼姫は叫んだ。


「モンゴリーは俺達に隠していた。彼女には未来予知の能力があったんだ。そして彼女が見た未来は・・・・・・・・それを、現実にしない為に、彼女は自分の力を強力にして一人で戦えるようにしたんだ」コウは剣を正面に構えると紅鬼姫に切りかかる。その攻撃を紙一重で彼女はかわしていく。その動きはまるで武道の達人のような動きであった。


「現実! それは一体?!」ナオミは大きく腕で丸を描き魔法円を出現させた。その中から竜が炎を身にまとい出現した。


「まやかしか!」紅鬼姫は刀を一振りする。 竜はなす術無く真っ二つに切り裂かれた。


「な、なに?!」ナオミはその状況を理解できず唖然と見つめていた。彼女の様子を見て紅鬼姫はニヤリと笑った。


「ナオミ! ボーっとするな!!」コウは叫ぶとナオミの体を突き飛ばした。


「きゃああ!」飛ばされたナオミの体をシオリが受け止めた。ナオミが先ほどまでいた場所に紅鬼姫が発した炎が噴きつけられていた。


「ほう、良い反応だ」紅鬼姫は感心したように微笑んだ。


「たああああ!」エリザが手に光の槍を出現させ紅鬼姫めがけて投げつけた。


「だ、駄目だ!!」コウの声が響きわたる。

 勢いよく飛んできた光の矢を紅鬼姫が右手で受け止めたかと思うと、それをエリザに投げ返した。それは先ほどよりも早いスピードでエリザの腹部を貫いた。「げふっ!!」エリザの口から鮮血が噴出した。


「エリザああああ!」コウはエリザの体を受け止め抱きしめた。「しっかりして、エリザ! エリザ!」コウは半狂乱のように叫んだ。


「うう、貴方・・・・・・・モンゴリー・・・・・・・なの?」エリザはコウの頬に触れた。


「しゃべらないで!」コウはエリザの傷の辺りに手を当てる。槍が貫いた後の出血が止まらない。コウは彼女の体を抱いたまま、ゆっくりと降下した。


「エリザ、大丈夫か?! エリザ!」ファムが慌てて駆けつけてきた。その横にはソーニャの姿もあった。


「御免、モンゴリーやはり変えられなかった・・・・・・・」コウはエリザの体をソーニャとファムに預けて立ち上がった。その両拳を握りしめて体を震わした。コウの体は激しい光に包まれた。


「モンゴリーは予知能力があった。その力で地獄界の襲来を予見したんだ。そして、皆で戦うことによってエリザの命が尽きることを知った」コウは両手を空中の紅鬼姫に向けて重ねた。「でも、彼女はエリザが居なくなる・・・・・・・それだけは避けたかった」コウが気合を放つと激しい衝撃波が紅鬼姫向かって発射される。その攻撃を紅鬼姫は刀を使って防いだ。「モンゴリーは・・・・・・・エリザを愛していたから・・・・・・」コウの目から涙がこぼれた。その涙はモンゴリーのものであるのかもしれない。ナオミはそう思った。


「しゃらくさい!」紅鬼姫は刀を大きく振りかぶるとコウに切りかかる。横槍を入れるように矢が飛んできた。紅鬼姫はそれをギリギリでかわした。遠方に弓を構えたシオリの姿があった。矢を放ったのは彼女であった。紅鬼姫は厳しい視線を彼女に向けた。


「モンゴリー・・・・・・いえ、コウさん安心して、エリザは私の力で助かるはずです」ソーニャの手がエリザの傷に当てられている。その手は優しい光を発している。エリザの表情から苦痛が消えて落ち着いた表情に変わっていた。

 モンゴリーから引き継いだ予知の記憶と相違点が発生している。モンゴリーから貰った記憶ではソーニャの姿は無かった。故に傷ついたエリザを助けることは出来なかったはずである。


「コウ、お前が何と言おうとワシ達は一緒にたたかうぞ」ファムがコウの横に舞い降りた。


「イツミも一緒だよ!」イツミも横に並ぶように構えた。


「そう、皆で一緒に戦うのよ」シオリさんも宙から舞い降りてきた。


「コウタロウ君、あなたに何かあったら悲しむ人もいるんだよ。だから・・・・・・私達を信じて!」ナオミも空中の紅鬼姫を見つめながら呟いた。


「皆・・・・・・・有難う」コウは正直な気持ちを口にした。


「雑魚が! いくら群れても何も変わらぬわ!」紅鬼姫は口から牙を見せると刀を激しく振り回した。


「いや、俺とモンゴリーは間違っていた。決まった未来など無いのだ! 未来は自分の手で、いや仲間達と一緒に変える努力をするべきだったんだ! 皆、お願いだ! 俺に力をくれ!」コウは両腕を空に向けて大きく振り上げた。少女達は体から力を開放してコウの両腕に注いだ。コウの両腕に装着されて黄色と黒のブレスレットが輝く。「うおおおおおおおお!!」コウは叫びながら空中に飛び上がった。


「どりゃああああ!」紅鬼姫がコウの脳天に向けて刃を振り下ろした。彼は装着されたブレスレットでそれを受けた。紅鬼姫の持っていた大きな音をあげて刃が真っ二つに折れた。


「なに?! この刀が折れるなんて!」紅鬼姫の顔は驚愕の色で染まった。その隙を突くようにコウの波動破が彼女の腹部を貫いた。「ぐはっ!」紅鬼姫が嗚咽を漏らした。


「鬼の世界に帰れ!」コウが両手を重ねて再び紅鬼姫の体に波動破を喰らわせた。彼女の体は激しい勢いで弾け飛んだ。

 ナオミが魔法円を空中に書くと先ほど現れた地獄界の門に似た入り口が開かれた。その中に紅鬼姫の体は吸い込まれるように落ちていった。「おのれ!これで終わりと思うな!! 地獄の門はまた開く! その時は私達が勝つ!!」悔し紛れの言葉を残して紅鬼姫は姿を消した。コウは全身の力が抜けたように地上に向けて落ちていった。


「コウタロウ君!!」ナオミが慌てて、コウの体を受け止めた。


「あ、有難うナオミ・・・・・・・エリザは、エリザは大丈夫か?」コウは傷つきながらも自分の体よりもエリザの事を心配した。

 エリザの体はソーニャが引き続き治療を続けていた。ソーニャは大丈夫だと合図するかのように頷いた。


「大丈夫よ、エリザは大丈夫よ」ナオミは涙を目に溜めながら呟く。


「そうか・・・・・・・よかった」そう言ってからコウは意識を無くした。


「コウタロウ! コウタロウ君!! しっかりして!」ナオミの声がスカイツインタワーの屋上を響き渡った。


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