第27話:逃走の果て

 前方にいるゴブリンたちが、次々に襲いかかってくる。その度に、僕はゴブリンの背後に移動し、的確にその首をついていく。


 五体が倒れたところで、ゴブリンたちは警戒して足を止めた。そして今度は、何体かが寄り集まって、同時に襲いかかってきた。


 僕はまたもや姿を消す。一体を斬り倒し、もう一体の爪を短剣で受け止めたとき、さらに別のゴブリンの爪がユウトの背中を切り裂いた。


 うめき声を漏らす。痛みをこらえながら移動魔法で姿を消し、ゴブリンたちから数歩離れたところに現れる。


 魔物が学習している。三十層に生息するわりに、これまで意外にもすんなりと倒せていた魔物だ。しかし、ゴブリンの本当の恐ろしさはこれか。


 群れとなり、学習し、襲ってくる。これは冒険者にとっては脅威だ。


「次から次に、しつこいんだよ!」


 魔物の不意をついて、背後をとって二体をまた消滅させた。


 ゴブリンたちが、二体一組となって陣形を変える。そのうちの一体が僕に向き合い、もう一体は完全に背を向けている。


 その陣形のまま、じわりと距離を詰めてくる。


 僕はゴブリンの頭上に移動した。一体を踏み倒し、残る一体を短剣で突く。そして倒れたゴブリンの胸元を刺したところで、隣の一組が襲いかかってきた。


 わき腹を爪で削られながら、深手にならないよう、どうにか身をよじって地面に転がる。顔を上げたところに、ゴブリンたちが一斉に飛びかかってくる。


 魔物の陣形が乱れている。僕は叫び声を上げながら、瞬間移動を繰り返し、魔物の間を縫って数体を葬っていく。


 頭がズキズキと痛む。


 魔物と距離をとり、息を見出しながら膝をつく。


 半数ほどを失ったゴブリンたちが、怒りの叫び声をあげる。


 移動魔法は、相手の背後をとって隙をつくのには優れているが、移動距離は短く逃走には適していない。


 魔物を振り切れなかったときに消耗戦となる恐れがある。それも、魔力を消耗した僕と、傷一つ負っていない魔物との戦いだ。


 そのため魔物の殲滅を試みたが、その前に限界がきた。一か八か逃げてみようか。そう迷う僕の視界に、奥から新たなゴブリンの群れが現れた。


「くそっ!」

 踵を返し、螺旋階段を降りる。


 背後からゴブリンたちが列を成して追ってくる。先頭の一体に追いつかれそうになると、敵を蹴り倒し、続いて襲い来る爪を移動魔法でかわしてまた逃げる。


 頭痛がひどくなってくる。どうにか階段を降りきって下の階層にたどり着いたときには、痛みで視界が霞むほどになっていた。


 そのまま走って逃げる。振り返ると、魔物たちが階段を降りたあたりのところで、うろうろとためらっている様子が見えた。


 魔物たちの視界が届かないところまで、走り続ける。それから、誰も追ってこないことを確認し、ダンジョンの壁にもたれかかった。


 激しく乱れる息を整える。頭が割れるように痛む。痛みから逃れるために、魔法を使って眠ってしまいたい。そんな弱気な気持ちが膨らむ。


 シャインはいつの間にか消えていた。たとえ目の前にいたとしても、どうせ話をする気力は残っていない。


 しばらく休んでいると呼吸は整ってきた。しかし思考力は戻らない。


 何も考えられず休んでいると、足音が遠くから聞こえてきた。離れていてもわかるほど、ゴブリンの足音よりも重々しいものだ。


 僕はよろけながら、壁に手をついて立ち上がった。


 目の前に、一ツ目の大男が現れた。肌は青く、その体躯は、僕よりも頭三つ分ほど高い。


 ここまでか。諦めの気持ちが心を蝕んでいく。ゴブリンたちは、個体でみれば僕の半身ほどの体躯しかなく、戦闘経験のない僕でも太刀打ちできた。


 しかし、この巨大な魔物に、満身創痍でどう立ち向かえばいいのか。


 魔物が近付いてくる。ただ生存本能だけが体を動かし、僕は身構えた。


 魔物が青く太い腕を振りかぶり、勢いよく振り下ろしてくる。僕は移動魔法を使い、魔物の背後に現れ、短剣を突き立てようとした。


 切っ先が魔物の肌を捉えた瞬間、短剣の刀身が、小さく音を立てて折れた。魔物が腕を振り回す。まともにそれをくらった僕は、壁に勢いよく叩きつけられ、うめいて地面に落ちた。


 魔物が追い討ちをかけるように、覆いかぶさってくる。


 僕は折れた短剣の柄を握る。吐き気をこらえながら、痛みをおして移動魔法を発動した。


 地面から少し浮いた、魔物の背後に出現し、そのまま首にすがりつく。そして、渾身の力で折れた短剣を魔物の目に突き刺した。


 魔物が叫び声をあげ、僕は振り落とされて地面に転がる。


 魔物が痛みに暴れ、闇雲に腕を振り回し、壁を殴りつける。それから音を立てて前のめりに倒れ、消失した。


 後には、大きな目玉だけが、突きたった短剣とともに不気味に残った。


 喜ぶ余裕もなく、地面にうつぶせに倒れたまま動けない。その耳に、新たな足音が聞こえてくる。


 どうにか頭だけを上げると、洞窟の奥から、二体の一ツ目の巨人が現れるのが見えた。

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