第2章:はじめてのダンジョン

第23話:ダンジョン一層目

 ダンジョンの第一層目は、広大な洞穴のようなところだった。緑の光に明るく照らされ、恐ろしさはない。


 ところどころ横穴のようなものが見える。闇雲に歩いてはすぐに迷子になりそうだ。


「さてどうしましょうかね。クラルクが魔物を瀕死に追い込んで、そこを俺がズバッといきましょうか」

 周囲を不安げに見回しながら、ひとり喋る。


「あ、最初の魔物は、人っぽいものはできればやめていただけるとありがたいです。キノコとかスライムとか、そんなのがいいですね」

 緊張して、気を紛らわすために話し続けるが、クラルクはなにも答えない。横穴の一つに入り、ただ前に進み続けるだけだった。


「あ、スライムって短剣で倒せるんですかね。どうなんでしょう……ねぇ、クラルク?」

 様子がおかしいことに気づいて、お喋りをやめた。


 まだここはダンジョンの一層目だ。百戦錬磨の勇者が黙り込んでなにかを警戒するような場所ではないだろう。


 普段はうっとうしいほどおしゃべりなクラルクが黙り込むと、それだけで不気味に感じられる。


 狭い横穴の途中で、クラルクが立ち止まる。つられて僕も足を止めた。


「なにかあったんですか?」

 不安げに声をかけると、クラルクが振り返った。


 クラルクが怪しく口角をあげる。白い歯がのぞくが、いつもの屈託のない笑顔とは全く雰囲気が違う。


「あの……」

 さらに問おうとした時、クラルクが右足のつま先で地面を軽く叩いた。


 クラルクを中心として、足元に青く光る魔法陣のようなものが広がり、側に立つ僕までおおっていく。


 魔法陣の輝きが増し、光で視界が奪われてく。眩しさに目を閉じ、次に開くと、目の前の景色が変わっていた。


「ここは……」

 慌ててあたりを見回す。緑に光る狭い洞窟にいたはずだが、いまは、壁が薄赤く光る、地下の広間にいた。


「ここなら誰にも邪魔されずに話せるな」

  口を開いたのはクラルクだった。僕だけでなく、彼も一緒に移動してきていた。


「これは、どういうことですか?」


「お前と二人きりで話したくてな」

 お前、という言い方に違和感を抱く。これまでクラルクにそのような呼ばれ方をしたことはなかった。


「急にどうしたんですか。話なら、地上でだってできますよ」


「ここで話した方が手間が省けるからな」


「手間?」

 たずねるが、クラルクは何も答えない。


「もっとわかるように説明してください。あ、なんかいきなり試練に突っ込んで、厳しく鍛えようとか思ってますか? 簡単な戦いからじゃないと、無理ですよ。僕のレベルの低さを見くびらないでください」


「昨日よりはましじゃないか。レベル三十四か。一晩にしてはよく上がっている方だ」


「どうして今のレベルを? あ、また、勇者に不可能はない、ってやつですね」

 冗談めかしてたずねても、クラルクは再び口を閉ざし、にやにやと笑みを浮かべてるだけだった。さきほどからクラルクは、相手の不安がる様子を楽しむかのように、たびたび黙り込む。


 僕も黙り、様子を確かめるためクラルクを見つめた。外見は間違いなくクラルクそのものだ。おかしなところは何もない。精神に影響を与えるようなものがダンジョンにあったとしても、最強の勇者にそんなものが効くとは思えない。


 しばらくの沈黙の後、ようやくクラルクが口を開き、意外な言葉を口にした。


「お前、管理人だろう?」


 言われた瞬間、驚きで息を止める。


 ステータスの職業は偽装しているはずだ。それに、クラルクに直接ステータスを見せたことは一度もない。


「どうしてそれを?」


「勇者に不可能はない、ってな」

 クラルクが勇者らしい台詞を口にするが、そこに真剣さはなく、どこか侮蔑するような響きを含んでいた。


「お前、本当にクラルクか?」


「さあどうだろうな……やめておけ、俺がこの街一番の実力者というのは本当だ。無駄死にするだけだぞ」

 ゆっくりと、腰の短剣に手を添えた僕を見て、クラルクが警告する。


 慌てて短剣から手を離した。


「管理人がなんなのか、知っているのか?」


「ああ、知っている。この世界を制御できると思い上がった、愚か者の職業だ」


「お前はいったい何者なんだ」


「さあなんだろうな。いつも前向きで、うっとうしくて、お人好しで、頼りになる……人気者の勇者様かな」


「いままでずっと演技していたのか。なんのために。どうして僕にだけこんな……」


「お前は質問ばかりだな。お偉い管理人様なんだろう。自分で調べてみろよ」

 クラルクがあざけるように笑う。


「別に管理人が偉いだなんて思っていないし、この世界のこともまだよく分かっていないんだ。なあ、ちゃんと話し合わないか。なにか誤解があるのかもしれない」


「この俺が、誤解することなどありえない! 俺は常に全ての真実を理解している!」

 唐突に、クラルクが感情をあらわにして怒鳴った。


 薄気味悪さを感じて、背筋が凍るのを感じた。

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