第27話 キチガイ・ピジョー、ビンボー・ピジョー

「社長、ボスだ・・・」

 はったんが持ち帰った『極秘・あひるランドと村の征服計画書』を読み、サマンサは愕然とした。

「蚤ヶ島、と書いてある」

 サマンサは震える手で『征服計画書』を閉じた。

 ピジョーのアパートで、サマンサとピジョー、それに帰還したばかりのモグラのはったんがちゃぶ台を挟んで座っている。月夜である。


 ちゃぶ台の上には、はったんが入手した様々な資料が広げられていた。サマンサは自分たちと敵対する蚤ヶ島新政府の大統領が、かつて村でお世話になった社長、ボスであることをはじめて知った。そしてその人物が柿太郎の母親であることも分かった。それだけではない。この島をベニヤ板で二分する向こう側が、やはり「蚤ヶ島」であることも、はったんがもたらした資料ではっきりしたのだ。


 蚤ヶ島といえば多摩の浦を挟んで村の対岸にある島だ。昔から村人たちもその姿はよく知っている。もちろんサマンサも知らない分けがない。貧しく恐ろしいところだなどと、様々な噂も聞いていた。


「サマンサのボス、枝子がクーデターを起していたのか・・・。しかもそいつがサマンサの居候している家の子どもの母親なのか」

 ピジョーははったんが下水で拾った古新聞の記事を眺めながら静かに呟つぶやいた。

「そうだ・・・」

 サマンサはそう答えた。

「枝子大統領は、蚤ヶ島国民の惨状を、子どもの頃からおばあさんに聞いていたんだ。それで島の蚤たちを救おうと決心した。村で事業を立ち上げ資金を稼いで、蚤ヶ島でクーデターを起したんだ」

 ピジョーとサマンサは口を開くことなく、はったんの報告に集中して聞き入った。

「枝子に対する国民の支持は絶大だ。蚤ヶ島新政府の幹部の信頼も熱狂的なくらいだ。まるで教祖みたいなんだ。ネコなんかも食べものとしてタダで配り、生きたまま蚤に食わしてる。それで財政難になって、あひるランドと村を植民地化し、ここの住民をすべて奴隷にして働かせようという計画だ。村にも侵略を始めているようだ」

「なるほど・・・。ぼくはその計画に結果的に荷担していたことになる。村にいる頃、ボスの下で働いていたんだからな。おそらく僕を蚤ヶ島の新政府に入れるためボスはユーラシアの果てまで来いと言ったんだろう」

 サマンサはそう言って黙った。

「その村でもすでに大変なことになっているはずだ。なんとかして早く伝えないと大変なことになる」とはったんは言った。



 ピジョーにとっても村は故郷だった。

 両親のいないピジョーは、村で「辺境」と呼ばれる北野の谷で育った。幼い頃からひとりで身を隠すように暮らしていた。もちろんお金なんかなく、食べるものも着る物も拾うしかなかった。学校にも行けず文字も書けない。身なりも立ち振る舞いもみすぼらしいがために、いじめにいじめ抜かれた。子どものイタズラで羽根に火をつけられて火傷を負った日、一人で村を出た。


「ぼくが村に伝えよう」

 ピジョーが言った。

 子どもらのイタズラで火傷を負いながら、まだ幼かったピジョーは泣きながら必死で多摩の浦を渡ったことを思い出していた。


「汚い病気のキチガイ・ドバトが鳴きながら逃げて行ったぞ! ビンボー・ドバトのピジョー!」

 そのとき聞こえた子どもらの笑い声、はやし声を、今日にいたるまで一時たりとも忘れたことはない。決してない。

「ぼくが村に伝えよう」

 もう一度、ピジョーは言った。



(つづく)


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