第9話 ダフりん市内1―アヒル偽装

 サマンサとピジョーの二人は、当てもなくあひるランドの首都、ダフりん市内を歩き回った。

 社長はなかなか見つからない。捜索の糸口すら見つけだせない日々が続いていた。


 二人は、その日も街を歩き回り、体力と時間を浪費したあげく、僅かばかりの収穫もなくピジョーのアパートへと戻った。

「この島は、アヒルしか住んでいないと言ってたけど、他にもカモメやハトもいるね。どういうこと?」とサマンサは尋ねた。

「いることはいるけど、住んでない。というかアヒル以外には本来、居住権も市民権もないんだ」

 ピジョーは夕食の豆鉄砲を皿に載せ、テーブルに運びながら答えた。


 ドバトのピジョーは、あひるランドに来た当初、しばらくアヒルのふりをしていた。

 というのもこの街の雰囲気にある種の違和感を感じ取ったからである。理解もできず、意識にものぼらず、漂うだけの支配的な違和感に導かれるまま、ピジョーは百円ショップで適当にアヒルのお面を購入し、それを被って、おそらくはこの国の言葉であろう「ガー、ガー」などと言いながらダフりんの街を歩き回っていた。


 しかし歩き回るだけならまだ良かったのかも知れない。いまではそう思う。

 気の向くまま空を飛び、上手に風に乗って遊んだり、空中で回転したりもした。さらには多くのアヒルが川の水面に浮かび仕事をしているにも関わらず、ピジョーはひどく水を嫌った。

 当然である。安物のアヒルのお面を被っているとはいえドバトである。空も自由に飛べるし水なんか飲み物でしかない。そこに浮くことなど考えたこともないのだ。


 ピジョーの隠しきれないドバトの習性が、皆を騙しているつもりのアヒルのお面への嫌疑より、さらに疑われたのだった。


 ピジョーはアヒル警察に身柄を拘束された。

 長い取り調べが続くなかピジョーはアヒルのふりを続けた。

「ドバトであることがバレたら・・・」

 それほどまでにこの街に漂う違和感、ハトであることへの根拠無き罪悪感は恐怖をともない、ピジョーの心と振る舞いを締め付けるものだった。


 ピジョーは取り調べに耐え続けた。

「ぼくはアヒルでガー、三鷹の下連雀で生れたガー」などと、来る日も来る日も狭い取調室で訴え続けていた。


 一週間がたったある日の夕方、取調官は突然、優しくピジョーに尋ねた。

「おまえの好物はなんだ?好きな食べものぐらいあるだろう」

「豆鉄砲です!」

 ピジョーは反射的に答えてしまった。

 出前で取ってもらった豆鉄砲をピジョーは何もかも忘れて無心につついた。

「ポッポ、ポロッポー」

 ハトの宿命であった。ドバトの限界であった。


 ピジョーは立件され裁判のうえ、重罪である「アヒル偽装」で無期懲役の判決を受けた。


(続く)

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