カップラーメンにお湯を注いでいたら、メッセージが届きました

橘花やよい

カップラーメンにお湯を注いでいたら、メッセージが届きました

「え、嘘」


 私はスマホの画面をみて固まった。

 メッセージアプリの画面。片思いの先輩。「好きだ」の三文字。

 私は何度も確認をした。


 誰からのメッセージか。先輩からだ。間違いようもなく先輩からのメッセージだ。名前は先輩だし、アイコンも先輩の愛犬わんちゃん――本当に「わん」という名前なのだそうだ、柴犬である――だし、間違いなく先輩から。


 メッセージは「好きだ」。


「まじか」


 私は台所でうずくまった。

 私はただお昼のカップラーメンを作っていただけなのだ。まともな料理を作るのは面倒だったから、カップラーメンでいいかという女子力のなさ。まあ、たまにはいいでしょう。


 やかんにお湯を沸かす。案外お湯が沸くまでの時間が長くてやきもきする。一瞬でお湯が沸いてくれたら、もっと早くご飯が食べられるのに。私はお腹が空いているのだ。一分一秒でも惜しい。

 お湯が沸くのを待ちきれずにカップラーメンのフタを開けて、仁王立ちで待機。やかんからモクモクと湯気が出てきたら、容器の内側についているラインまでお湯を注いだ。

 フタが開かないようにコースターをのせて、あとは三分待つだけ。

 お腹が空いているときは三分でも長い。


 タイマーはなかったから、ポケットに入れていたスマホの時間を確認した。十三時七分。三分待つわけだから、十分にご飯を食べられる。


 早く三分過ぎろ。


 そう思っていたら、メッセージアプリの通知が鳴った。

 私はスマホをいじっていたこともあって、ちょうどよく通知に触れてしまい、メッセージアプリが開いた。

 しまった、と思う。

 メッセージ内容を確認する前にアプリを開いてしまった。つまり既読がついてしまっている。既読がつけば返信をしなくてはいけない。いわゆる既読スルーしてしまうと相手に申し訳ない気がして。


 どうか返信に困る面倒な内容ではありませんように、私はカップラーメンを食べたいのだ――、そんな祈りとともに画面を確認。


「好き、え、先輩が私を?」


 両手でスマホを握って、食い入るように画面を見る。

 好きだの三文字。


「いやいや、な、なんか好きなものの話とかしてたっけ、食べ物とか」


 私サバの味噌煮が好きなんですー、俺も好きだよー、みたいな流れかもしれない。実際、友達とのやり取りでそんなものがあった。サバの味噌煮というちょっと年寄りくさい食べ物の好みが似通っていたことで大盛り上がりをしたのだ。

 ちなみに、たしか先輩の好物は肉じゃがだった気がする。かわいい。


「とりあえずカップラーメンできるまでに考えを整理しよう」


 あと二分。


 直前の先輩とのメッセージを確認するが、「駅つきました」「了解」というものだった。

 これは数日前にしたデート、もとい使いッ走りをした際のものだ。先輩の友達から「限定のスイーツが発売中だから買ってこいよ」というお願いをされて、二人で買いに行ったのだ。先輩の友達グッジョブ。

 

 いや、落ち着こう。

 直前のやり取りがそんな業務連絡みたいなものなわけで、「好きだ」に繋がる話ではない。


 唐突な「好きだ」の文字。

 唐突すぎて、よく分からない。

 これは、もしかしたら先輩が送り先を間違えているということもあるのではないか。だってあまりにも話がみえない。

 誰か違う人と「肉じゃが好き?」「好きだ」というやり取りをしていたのかもしれない。もしくは、他の誰かに「私のこと好き?」「好きだ」というものなのかも――、いや、それは嫌だけど。


「なんの意図があるんですか、先輩」


 いやいやいや――。

 じっと画面を見るが、好きだの三文字に変わりはない。他の何かのメッセージが来ることもない。すでに既読はつけてしまった。

 このまま無視をするわけにもいかないだろう。早く返事をしなくては。


 でもどうすればいいのだろう。


 好き、私を好き、ということで解釈していいだろうか。いいよね、いいと思う。いいと思いたい。

 好き、と返せばいいだろうか。私も好きでした、と。

 いや、好きでしたじゃない、好きなんだ今も。好きですの方がいいかな。

 いっそ、つきあってくださいとか言ってみるなんてことも――、攻めすぎか。


「あー――」


 好き。好きです。大好きです。あなたのことが好きです。――。

 何度も文字を打って、消して、考えて。


「送っていいのかなあ」


 私はもう混乱して、とりあえずベッドに移動して枕に顔をうずめた。ごろごろして、うーんとうなって。頭をかきむしって。


「――先輩が好きです」


 自分で打った文字を呟いた。これで、いいかな。


「大丈夫、多分、大丈夫」


 もし、もしも先輩が送り先を間違えているうっかりさんだとしても、このまま告白できないのも嫌だし。ならもう、先輩のことが好きなのだとド直球で告白した方がいいだろう。

 はあと深呼吸をして。


 送信――。


「既読はやっ」


 送った瞬間に既読がついた。この速さは、先輩、私がメッセージを送るときにはもう画面を開いていたのかもしれない。え、どうしよう。この文字を今、きっと、先輩は見ている。


「あー――!」


 私はスマホを額に押し当てた。

 ピコンと通知の音にビビる。

 そっと画面をみた。どうしよう、ごめん送り先間違えたとか言われたら――。

 ゆっくりゆっくり画面をのぞくと、「つきあって」の文字。


「勘違いじゃないよね、私の夢じゃないよね、本当だよね」


 またしても何度も繰り返し読んで、確認して。ベッドの上を転がって。突っ伏して。

 悩みに悩んでお願いします、の文字を打って、送信。


 速攻でつく既読。

 ピコンという通知音とともに、ぺこりとお辞儀をした柴犬のスタンプが送られてくる。

 私ははあと息をついた。全身の力が抜ける。ぐでんとベッドに全身を投げ出す。


「つきあえる、先輩と、私が――」


 スマホを抱きしめて、うーっとうなって――、ガッツポーズ。

 こんなことがあるだろうか。だって、私と先輩だよ。両想いなんだよ。つきあえるんだ。あの先輩が、私のこと好きだって。


 この数行のやり取りにずいぶんと時間がかかってしまった。疲れた。普段使わない頭をフル回転させた気がする。疲労感と幸福感でいっぱいいっぱいだ。


「――ん?」


 ふと、スマホの時間を確認する。

 現在、十四時二分。


「ああ!」


 がばりと起き上がる。その勢いのまま台所へダッシュ。

 ――私、カップラーメンにお湯入れたの何時だっけ。


「なにこれ、きも」


 ほぼ一時間放置したカップラーメンは悲惨なことになっていた。汁はほとんどなくて、麺はのびのび、ぐでんぐでん。

 こんなカップラーメンはじめてみた。


 でもまあ、――いっか。

 私は笑って、ぐでんぐでんの気持ち悪いカップラーメンをすすった。

 これはこれで、悪くない。

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カップラーメンにお湯を注いでいたら、メッセージが届きました 橘花やよい @yayoi326

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