第17話 月の光(前編)

 もうすぐで上遠野かとおのの出るグループが六分間の直前練習が始まる。

 わたしは夜ご飯をお兄ちゃんと食べて、そのままお兄ちゃんは疲れたのか部屋で寝てしまったため、リビングには一人きりだ。

 両親は電車が人身事故で運転を見合わせてるらしく、始発で戻ってくると連絡があったので安心できる。

『全日本フィギュアスケート選手権、最後は男子シングルフリーを残すのみとなりました。第三グループの六分間練習が始まろうとしています』

 そのときにフリーの衣装を着ている上遠野を見つけると、一昨日のような緊張したような表情ではなかった。

 フリーの衣装は紺色から群青色のグラデーションがきれいなシャツに黒のズボンで、散りばめられたストーンがキラキラと光っている。

 ヘアスタイルは一昨日と同じだったけど、わたしはそれにドキドキしてしまった。

 上遠野は四回転ジャンプのコンビネーションジャンプとかを確認している。

「上遠野。ガンバ!」

 テレビで小さな声で応援することにした。

 滑走順はまたグループの一番目で上遠野はそれが嬉しいのかわからないけど、もしかしたらフリーでも調子がいいのかもしれなかった。

 直前練習が終わると、普通の上遠野の表情を浮かべている。

 昔の男の子に面影が重なる。

「ゆうりくん……?」

 わたしはその子の名前を呟いた。

 テレビから名前と所属先のアナウンスが聞こえてくると、観客席からリンクの方に歓声が響くのが聞こえた。

 その歓声や拍手は一昨日よりも大きくなっていた。

「上遠野……大丈夫だよ! 必ず上手くいくよ」

 上遠野は少しだけ緊張し始めてるのか、表情が硬くなっている。

 スタートの位置で止まると、シャッというリンクの氷が削れる音が聞こえる。

 深呼吸をしてうつむいて、ポーズをしている。

 そのときにテレビに曲名のテロップが出てきた。

 フリーはドビュッシー作曲の『月の光』だった。

 夢のなかにいるようなメロディーで、上遠野は柔らかな表情で滑り始めた。

 ショートプログラムの『ドン・キホーテ』とは全く違う雰囲気で、思わずため息が出てしまう。

 リンクのなかをスピードに乗って、最初に予定している四回転トウループの連続ジャンプに入っていく。

 勢いよく着氷して、そのまま軽やかにダブルトウループを跳んでびっくりしている。

「よっしゃ、大丈夫そう」

 上遠野の演技に引き込まれていく、シニアに上がったばかりの選手とは思えない。

 ジャンプがどんどん成功していて、ほとんど加点がついている。

『今シーズン、シニアデビューしたとは思えない貫禄がありますね』

 最後のジャンプが成功したときには、本人の表情も明るくなった。

 ラストスパートをかけるようにステップシークエンスを滑っていく。

「やっぱり、ゆうりくんだ~! このスケーティングは……」

 とても難しいステップなのにちゃんと重心をエッジに乗せるのがとても上手くて、昔からスケーティングに関してはお手本になったりもしていた。

 最後を締めくくるかのようにスピンを始めると、フライングでスタンディングオベーションが起こっている。

 スピンを終えてポーズをしたとき、その拍手と歓声が大きくなっていた。

 涙が込み上げてきて、目の前がにじんで見える。

 上遠野がとてもかっこよく見えて、やっぱり最後に会ったときと変わらない気がする。

「なんで……忘れてたんだろう?」

 ずっと一緒に練習していたのに……いつの間にか忘れていた。

 そのときに上遠野の得点が発表された。

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