第11話 勉強会

 再び上遠野かとおのの家を訪れたのは、それから数日後だった。

 十一月も半ばになって、上遠野からLINEがやって来た。

『勉強を教えてくれる?』

『いいよ』

 わたしは上遠野の家で週一、土曜日に勉強会をすることになった。

 今日は私服で白いシャツにニットワンピース、黒のスキニージーンズを着ていた。

 持ち物は黒いリュックに全部入れてある教科書とノート、ワークブックがほとんどだ。

 上遠野の部屋はまるで衣装を作る作業部屋に近くて、開けっぱなしのクローゼットには衣装カバーが何個もある。

「あ~。上遠野、スケッチブックを返すよ」

「ん、サンキュー。どうだった?」

 勉強を始めてから一時間くらいして、スケッチブックを渡した。

 上遠野は少しだけ照れていた。

「うん。フィギュアスケートの衣装があったのにはびっくりしたなぁ……」

 上遠野の手が止まったのには気がつかなかった。

「そうか? なら、いいや」

 勉強は上遠野が休みの間に進んでいたところを教える形になっていた。選択科目以外……必修科目のときはずっと教えていた。

碧峰あおみね、もしかしたら……学校に来週くらいには行けるかもしれない」

「え、ほんとに!?」

 いきなり大声を出して、上遠野はびっくりしたような表情でこっちを向いていた。

「うん……あと、先生に補習を頼んでて、一気に遅れを取り戻したいしね」

 そのことを聞いて、少しだけ嬉しくなった。

「無理はしないでね。インフルとか増えてきてるから、気を付けてよ?」

「アハハッ、俺の母さんと同じことを言うなよ~。心配してくれてありがとう」

 その笑顔はとても明るくて、あのときに屋上で見たものと同じだった。

 昔からこんな笑顔をしているのかも。

 その笑顔がどこか懐かしくて、好きだったんだ。

「碧峰と昔、会ったことあるよな?」

 そのときに上遠野がノートを書きながら、話しかけてくれた。

「え?」

 心臓がドキッと一瞬止まりそうになった。

東原ひがしはらスケートセンターで」

 東原スケートセンターというのは昔、フィギュアスケートを習っていたときに通っていたリンクの名前だ。

「習ってたことはあったけど……スケート、小学校入学から中一までしかやってない」

「気のせいか……変なこと、聞いてごめん」

 上遠野は再びノートを書き始めた。

 ふと、教科書を見るふりをして、彼の方を見たのだった。

 上遠野の瞳はいつ見ても吸い込まれそうになって、わたしはずっと昔から見てきたような気がしていた。



 ふと、昔の記憶がおぼろげによみがえった。

 それはフィギュアスケートの最後の一年間……中一のときだったと思う。

 金色に近い茶髪に明るいヘーゼルブラウンの瞳をした男の子が軽々とジャンプを跳んでいた。とても難しい連続ジャンプだった。

 名前までは覚えてない、でもすごくスケートが上手い子だった。

 ジャンプが成功したときに、一人の男の人が声をかけていた。

「――!」

 何を言ってたのかは覚えていない。

 英語でもない、外国語だった。



 急に現実に引き戻された。

「碧峰。どうした?」

「え? 何でもないよ。考え事してただけだよ」

 上遠野が少しだけ心配しそうな表情を浮かべていた。長い時間が経っていたので、びっくりしてしまったけど。

「そうか。来週には学校で授業を受けるよ。出席日数がヤバくなりそうだし……」

 それからもう勉強会は終わりにして、そのまま帰ることにしたときだ。

「碧峰さん」

 玄関で上遠野のお母さんに声をかけられた。

「はい。お邪魔しました」

「いいの佑李ゆうりの表情が明るくなって、とても嬉しいの。小学校と中学時代は全く見せなかったから……」

 わたしに上遠野のお母さんはおじぎをする。

「佑李のこと、これからもよろしくお願いします」

「あ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 そして、上遠野の家を出た。

 来週、上遠野が学校に来るのがとても楽しみだった。

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