第10話 ゆっくりと

 わたしは上遠野かとおのと話をすることにした。

 英梨えりちゃんは先に帰ることにしたみたいで、上遠野のお母さんは買い物に行ってしまって、二人きりになってしまった。

「えっと……碧峰あおみね。座ったら? 立ちっぱなしはつらそう」

「ありがとう」

 わたしはイスに座ると向かい側に上遠野がいる。

「上遠野……大丈夫? 体調とか」

「うん。家だと問題ないんだけど……学校に行こうとすると、とても体調が悪くなって」

 上遠野は少しだけやつれているようにも見えて、心が締め付けられそうになる。

「碧峰は……俺のこと、どう思ってる?」

「え? 友だち……だよ」

 その言葉を聞いたとき、上遠野は黙ったままだった。

 なんか……嫌なことを言っちゃったのかな? って思い始めたときだった。

「――ありがとう……碧峰」

 声が聞こえたのはしばらくしてからだった。

 上遠野のヘーゼルブラウンの瞳からは大粒の涙が溢れて、それを拭わずに白い頬を伝っている。

「俺、昔から……変な目で見られてたから、外人だとか、捨て子だって……とても嫌なことを言われて……怖くて、学校に行けなかったんだよ」

「うん」

「転校して、ようやく高校生、になってから、なんとか行けるようになったのに……アイツら、いじめてた、やつに襲われて……めちゃくちゃ怖くて痛かった」

 わたしはただ聞くだけで上遠野は吐き出すようにどんどん話していく。

「気がついたら、また体もつらくなってて。もしかしたら、行けなくなっちゃうって、思ってた」

「大丈夫だよ……上遠野、ゆっくりでいいからさ。また学校に来れたら、話をしてね」

 そのときに一つだけ上遠野に問いかけた。

「上遠野……もしかして、クラスのみんなに冷たくしてたのって」

「うん……みんなと仲良くしたら、またあのときみたいになるって。それで、避けてた。ピアスも……そのために開けた」

「そうだったんだね……わかったよ。このことはだれにも言わない」

 上遠野がうなずくと、いきなり部屋に行ってしまった。向こうからごそごそと何かを取り出して持ってきてくれた。

 それはスケッチブックで、いつも使うようなものではなくて水彩に強いものだった。

「これ……見てほしいんだ。碧峰に」

 わたしはそのスケッチブックを見たかったけど、もう家に帰らないと親に心配されそうだった。

「もう帰らないと……これ、家で見てもいい? 感想は新しいページに書いておくから」

「うん……いいよ。またな」





 家に帰ると、すぐにわたしは夕食を食べてから色々とやっていた。

「う~ん……あ、もうこんな時間!?」

 あっという間に時計は夜十時を回っていて、わたしは寝ようとしたときにスケッチブックを手に取り、表紙をそっと丁寧に開けた。

「すごい……。上遠野」

 そこに描かれていたのは純白のドレスだった。それは文化祭で着たものとはちょっと違っていて、色んなデザインが描かれていた。

 繊細な線画で描かれた上にとてもきれいに水彩絵の具で色が塗られていた。

 そのなかでページが進んで、ふと一つのページで手を止めてしまった。

「これって……いままでとは違う」

 それは何個も描かれていた。どれも白い袖のついていて、胸元からは濃い青のスカートはミニ丈で髪飾りのデザインもしてあった。

 スパンコールとかラインストーンや刺繍がとてもきれいなものをしていた。

 それを見て、わたしはびっくりしてしまった。

「この衣装って! まさか……」

 青い衣装にはとても見覚えがあった。昔、わたしが着たことのある衣装だったからだった。

 そして、記憶の中からある一人の男の子が浮かび上がった。

 それは金色に近い茶髪に明るいヘーゼルブラウンの瞳をした子。

 その子の顔は上遠野によく似た男の子だった。

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