ACT.4

 掻き上げた髪の下にあったもの、それは眼を覆う大きく真っ白な眼帯と、そこからはみ出して見える、火傷のひっつれであった。


 彼女はあの写真集を出した後、本当に普通の勤め人の生活に戻っていた。


 しかし、世間の好奇の眼差まなざしは逃れようがない。


 どこへ行っても彼女の周りには自分を蔑むような、そんな視線がまとわりつく。

 たまりかねて職場を変え、彼女はある男性の紹介で、横浜の裏町にあった小さな呑み屋で働き始める。


 問題はその”ある男性”だった。


 その男は彼女を好奇の目で見ることをせず、本気で彼女を愛してくれた・・・・そう思っていた。


 だが、その男は、優しさという仮面を被って女性を食い物にする、ダニのような男だったのである。


 男は香苗が稼いだ金を言葉巧みにむしり取っていった。


 それでも彼女は男に”愛している”言葉に一途にしがみつき、必死に働いた。


 だが、やがて彼はそれでも足らぬとばかりに、彼女にもっといかがわしい商売・・・・もっと平たく言えば、身体を売ることまで要求したのである。


 彼女がそれを拒むと、待っていたのは『暴力』だった。


『何故、逃げなかったんです?』


 香苗は髪を下ろし、ほっと大きくため息をつく。


『・・・・それを話しても、分かっては頂けないでしょう。』


 そうだろうな。男の俺には死んだって分からないだろう。女ごころの複雑さという奴を。


 男は、香苗以外にも、複数の女たちをその手練手管でたぶらかし、金を稼がせていた。


 そんなある日のことだ。


 彼女の勤めていた店に、一人の女が乗り込んできた。


 あの男の”婚約者”だった。


彼女は手に持っていた瓶を開け、中に入っていた液体を彼女にかけた。


 中身は硫酸だった。


 当然皮膚は焼けただれ、一時は失明の危機にまで陥ったが、どうにかそれだけは免れた。


 しかし顔の火傷は消えることはなかった。


 女は駆け付けた警官に取り押さえられて連行されたが、男は?


 何も起こらなかった。


 俺もその点、ひどく不思議だった。


 直接彼女に危害を加えたのは婚約者だったとはいえ、原因を作ったのは”ダニのような”あの男だったのだから。


 しかし、何故か男は警察から調べられることもなく、マスコミに名前が流れることもなかった。


 俺はそのあたりを詳細に調べていた。


 すると”当然だな”と思える事実に直面したのである。


『その男』は、ある高名な元人権派の弁護士で、現在は野党の大物国会議員の息子だった。


 新聞、ラジオ、ありとあらゆるメディアに顔が利く。

 それだけじゃない。労働組合、人権派団体。至る所にコネクションを持っているのだ。


 俺が聞き込みにいった芸能記者が、

”自分で調べてみろよ”と、苦い顔をして見せた理由がやっとわかった。


 警察おまわりだって同じだろう。


 奴らはマスコミに弱い。

 人権問題だヘチマだと騒ぎ立てられれば、捜査だってやりにくくてしょうがない。


 それに、奴らにとって、

”たかがおんな一人が顔に火傷を負っただけだからな。

 実行犯は逮捕されてるんだし、それで方が付いた。


 そんなところだろう。



 


 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る