4-3 謎
結局これ以上の進展はなく、一時間ほどでお開きになった。とりあえず、他の被害者にも話を聞けるように、他の被害者の連絡先を教えてもらい、店を出る。本多君はこのまま予備校に向かうらしい。
カナと並んで歩く。
「優衣ちゃん。本多さんの予想、どう思った?」
あたしを見上げながら、カナが訊いてきた。
「正直ピンと来ない」
「だよねえ」
今度はあたしの方を見ずに、前を向いたままカナが呟く。
「というか、一つ訊きたいんだけどさ。オタクの社会的な扱いってどんな感じなの?」
「あはは、優衣ちゃんはオタクに偏見ないもんねえ」
カナは軽く笑い、
「私の体感だと、昔ほど迫害はされてないと思う。昔のことは経験として知らないけど。というか、昔と比べなくても、迫害はあんまりされてないと思う」
「もちろんどんなことでも迫害していい理由にはならないけどね」と付け加え、さらに、
「コミュ力とかがあれば、オタクだってことは人付き合いにほとんど影響を及ぼさないと思う。コミュ障とか服装とか、そういう他の理由があって、それを加速させる要因にはなるかもしれないけど、『オタク』単体なら、迫害の理由にはなりにくいんじゃないかな。あとは、迷惑行為をしたとか、周りに気を使わなかったとかも迫害の理由になるけど、それはオタク以前に、そもそも人としてだめだし。
フィクションだと未だにオタクだから迫害されるー、みたいな扱いされることは多いけど、少なくともあそこまでではないかな。しがないオタクの一感想だけど」
「やっぱフィクションだよね」
確認するように言うと、カナはその言葉をさらりと上書きした。
「まあ、世間の大きな流れが変わってきただけで、個人のレベルだと、心の中で馬鹿にしたり、仁藤さんみたいに純粋に受け付けないから嫌だって人は今でも普通にいると思うけどね」
「え」
「みんながみんな優衣ちゃんみたいな人じゃないんだよ。だから、本多君の予想にはちょっとうなずけないかな」
「どういうこと?」
偏見を持っている人やサブカルチャーを嫌っている人がいるなら、むしろ本多君の予想は当たりということになるのではないだろうか。
「偏見持ってる人はそもそもサブカル自体に興味がないの。だから、身近にいるオタクに攻撃的なことをしたり、ネットで攻撃的なことを言ったりすることはあっても、自費でコーヒーとかを買って、わざわざ人を追いかけてまで嫌がらせしたい、って思わないと思うんだよ。興味ないことのために、労力使いたくないもん。めんどくさいから。それに、興味ないもののために罪を犯したくないし」
カナの言い方はどこまでもフラットだ。スニーカーの裏をぺたんぱたんと鳴らしながら、
「だからね、もし本多君の予想が正しいなら、単にオタクにネガティブな感情を持ってるだけじゃ足りないんだよね。プラス、どんなに面倒でも自分で手を下さないと気が済まない性格の人ってことになると思うんだ。けど、そんな人、そうそういないよ」
「まあ」
そんな人が山ほどいたら、今頃この世の多くが犯罪者になってしまう。
「最近は『オタク』って言葉自体に蔑称的なニュアンスが含まれにくくなってきてるしね。なんなら、ほとんどの人が何かしらの『オタク』を自称することが多くなってきてるし。誰もが『推し』を持ってて、『推し活』とか『推し事』が日常になってきてる」
先日大学の食堂で見たテレビを思い出す。昼時の情報番組で、「推し活」のための店があると紹介されていた。「オタク」や「推し」という言葉は、単に「ファン」という言葉よりも、強い愛情があるということを示せるツールになりつつあるのかもしれない。
「個人的には、『オタク』が増えたことの方が、人のいざこざを増やしてるような気がするんだよね」
「どういうこと?」
ついカナの方に目を向けてしまう。「オタク」が増えたなら、気持ちを理解できる人が増えたということではないのか。
カナは前を向いたまま続けた。
「私ね、何かを好きでい続けることって宗教みたいなものだと思うんだ」
「宗教……」
「好きなものが『神様』で、オタクは『信者』」
「神様……」
「昔、オタクが迫害されてたのは、『周りの人から見るとおかしい神様』を信仰してるから、だったんじゃないかと思うんだけど、今は誰もが何かしらの『神様』を信仰してる。しかも、SNSが発達したから、その信仰してる様子が別のジャンルの人からも見えるようになった。そうなるとね、『自分たちが信仰してる神様が正しい。だから、あいつらが信仰してる神様は間違えてる!』ってなっちゃって、『あいつらは間違えてる』ってなる人が出てくるんだよ」
つまるところ、昔は「おかしい神様」というのはある種絶対的な評価だったのが、今は自分の「神様」と比較して、相対的に「おかしい神様」という評価が下されるようになったということか。
「結果、ジャンルの違うオタク同士で喧嘩になったりする。一部の人だけどね。
なんなら、同じものが好きでも、経典の解釈の仕方とか、神様との距離感とかで揉めることもある。相手の好きなものを蔑まなきゃ、自分の好きなものの素晴らしさを証明できない、なんてばかばかしいけど、自分でも無意識のうちにやっちゃってるってこともあるかもしれない。今は大丈夫でも、いつか」
そして、カナは少しだけ哀しそうにぽつりと呟いた。
「”好き”って気持ち自体は同じだから理解できるもののはずなのに、向きが違うだけでどうしてこうなっちゃうのかな」
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