第3話 武具店ブラックスミス

 俺に世話をやいてくれたのか、たまたま居合わせ不本意な状況になっただけなのか、彼女の名はカナデ。

 此処、オルヴィエートを拠点とするルキフェル聖騎士団なる大規模ギルドに所属しているらしい。


 俺の身なりを見て、知り合いの武具店を紹介してくれた。その店は、駈け出しの冒険者に良心的な商売をしているのだという。

 名のあるギルドの団員ともなると、人としてもできている。

 そして何より、美人だ。俺とは住む世界が明らかに違うことは言うまでもない。


 きっと種族は天使か何かだろう。


 ウインドから街の地図を開き店までの道を教えてもらった。

 入り組んだ場所にあるらしく、もし、分からなくなったら連絡して!と言ってフレンド登録まですることになる。

 反応に戸惑う俺など気にも止めずに、話は殆ど相手のペースで進んでいった。

 満足そうに頷くと、カナデは颯爽と去っていった。

 ほんとに綺麗な女の子だったなあ……。


 あんな容姿端麗な女の子に俺から連絡することなどないだろうな。


 沁み沁みと思いながら武具店に向かった。


 ティアはというと。

 「私、ガイドNPCだから基本的に冒険者登録までの案内がメインなの。まあ、困ったことがあれば呼んでちょうだい!手助けはできると思うから。じゃあね〜」


 てな具合で、消えてしまった。

 まあ、知らない街を探索するには独りの方が俺には気が楽だ。


         ◇


 この辺りのはずだけど…。

 大通りから外れ、沢山の人が行き交う商店街を歩いて行くと、くすみがかった石畳みが湾曲に降ってゆく路地を見つけた。

 古びた建物が立ち並び、店先には食料品やら小道具が雑多に置かれている。

 

 ブラックスミス…ここか。


 いかにも荒くれ者の溜まり場といった雰囲気の外観に息を呑む。恐る恐る扉を開け、中を少し覗き込んだ。

 想像通りの店内に目をやる。

 高級武具店とは対照的なボロい店だな……。

 こっそりと武器や防具を眺めていたら、店主らしき男が声をかけてきた。


「いらっしゃい。カナデから聴いてるぜ、俺はバルカンだ」


 短髪の赤髪、凛々しい面立ちの大柄な男が奥のカウンターから声をかけてきた。


「俺はカズマ、冒険者登録したばかりで手持ちがあまりないんだ。お手頃な装備品があると助かる」


「ちょっと待ってな」


 気前の良さそうな話ぶりで言い残し。バルカンは工房から武器や防具が無造作に詰められた木箱を持って来た。


「こいつらは、下取り品だ。状態は良いとは言えないが、最初に使うには十分だ。好きなの持っていきな」

「ありがたいけど、本当にいいのか?」

「ああ。その代わり素材集めや困った時はお互い様で頼むぜ。代金分はきっちり働いて貰うからな!」

「分かった。借りは必ず返すよ」


 俺は取り引きに応じると、軽い胸当ての付いた黒の戦闘服を拝借した。


「武器はここにあるだけなのか?」

「まあ、そうだが…何か希望があるなら一応聞くぜ」

「それなら、長剣か両手剣。刃渡りの長い刀剣は無いか?」

「そりゃあ、あるけどよ…。初期パラメーターじゃあ、まともに扱えないぜ」

 

 バルカンは、考えなしの俺に心配の表情を浮かべながら、数本の剣を用意してくれた。

 見た目の割にいい奴だな。

 俺は一本ずつ握り手を確かめ、慎重に品定めをしながらバルカンに話しかける。


「いいんだ。ゲームじゃいつもコイツなんだ。それに、俺は、見た目から入る主義だし」

「あははははっ、お前、相当の馬鹿だな!俺は嫌いじゃないぜ。そういう奴は!」


 バルカンはカウンターを叩きながら大声で笑っていた。


「よし、コレに決めた」


 俺の身長程の剣身は、黒曜石のような妖艶な輝きを放ち光の角度で薄っすらと紫を帯びる。

 装飾など飾りは一切無く、実にシンプルだ。それがまた、俺にはしっくりときた。


「そいつは飾りもない試作品だが、切れ味は保証するぜ」

「俺の命を預けるには十分だ。大切に使わせてもらよ」


 バルカンは腕を組みながら満足そうに頷いていた。


「でも、死ぬなよ」


 これをきっかけにバルカンとは長い付き合いとなるのだった。


         ◇



 この世界では基本、通貨は存在しない。

 経験値を対価として支払うのが共通の認識だ。

それぞれの国で独自の通貨を発行しているが、結局のところ経験値でそれらを購入することになる。

 ともあれ、先ずはレベル上げと経験値稼ぎが優先となる。このままでは寝床もままならない。

 俺はバルカンに教えてもらった街のほど近くにあるイレモ平原に向かった。


         ◇

イレモ平原  


 広いなあー!おっ!いるいる。

 あれが初期モンスターかあ。


 口からは殺傷力を窺わせるに容易な大きな4本の牙が貫き立ち、頭部から鮮やかな赤色の毛が長く垂れ落ち顔を覆う。

 その姿は大猪であり、狂気の眼差しが俺を刺しているのが分かった。

 現実世界では存在し得ない獣が、この世界には現実としてに存在している。

 息遣いや口から滴り落ちる唾液に威圧感を覚え、俺の手は少し震えていた。


 敵の身体に赤黒く光るクリスタルが現れる。

 頭上にはアグリオスと表示されている。


「戦闘開始か」


 戦わなければ、殺される。


 俺の脳裏にそうよぎった瞬間だった、背に納めていた大剣が手元に現れた。


 やっぱり重たいな……。


 重厚な剣身がずっしりと腕にのし掛かる。

剣先を後方下に、膝を深く曲げ身体の重心も下げて構える。


 敵の眼をみて殺意が伝わってくるのを意識できた。この戦いに勝たなければ消えて無くなる、死を意味する摂理を奴も理解しているようだ。

 地面を強く踏み込むモーションが読み取れた。

 大猪は顎を斜め下に引き、牙が刺さり易い角度に構えた。

 

 その一瞬だ。


 殺意の眼は逸らさず俺を捉えたまま突進してくる。


「くっ」


咄嗟に剣を自分の前に持ち直し、剣身を片方の手で押さえ攻撃を防ぐ構えをとる。

 牙と刃がぶつかり、甲高い金属音を立て剣が跳ね、背後へと押し下げられる。


 やっぱりか……。


 手に残る痺れと、恐怖で鼓動が速くなる。

今までに感じたことのない緊張感が全身の肌を撫でている。武者震いという意味が理解できた。

 俺はさっきの一撃で、この大剣での戦い方が掴めていた。


 次で決める!


 敵はゆっくりと振り返り、こちらに向き直す。

 地面を踏み込み、先程と同じモーションに入る。

 俺も構え直し地面を強く踏み込む。


 突進してきた牙に向けて下から剣を振り上げる。

 敵は勢いを止められ、頭がつんのめる。

 剣は金属音と共に振り子のように円を描きながら跳ね返る。

 軌道に合わせ身体をくるりと回転させ、剣先が頭上まで跳ね上がると、手の握りを敵に向け、力強く握り直す。


 首元を捉えて渾身の力で振り下ろし加速させる。


 ドサッと重たい音を立て、敵の頭部と身体が切り離され、剣は地面に叩きつけられる。

 クリスタルが粉々に砕けると、敵は金色に輝きながら粒子状になり消えていった。


「倒したのか…」


獲得経験値とレベルが上がったことが表示された。

ドロップアイテムなども表示されている。


「ティア」

「はいはーい。カズマめちゃくちゃな戦い方するねぇ」

「初期モンスターにしては強すぎるんじゃないか?」

「パーティー戦を前提で設定されてるからね。ソロだと死ぬ確率が格段に上がるね」

「そうなんだ……」


レベル上げよりも先ずは、コミ力を上げろということか。


 俺は辺りが暗くなるまで、とり憑かれたようにアグリオスを狩り続けた。

 

「はあはあはあ…」


 長時間の緊張で頭が痛くなる。

 疲れ切った身体で、意識を保のがやっとだった。


「そろそろ帰るか」


 街へ戻ると俺は、無意識にブラックスミスの扉を開けていた。


「いらっしゃい。おい!カズマか?お前ボロボロじゅねえか」


 俺は緊張の糸が切れ、店の入り口で崩れる様に倒れ込んだ。

 バルカンの呆れ声が微かに聞こえたが、返答する気力もなく、気を失った。

 

「頼むから、ここで死ねなよ…」



そのまま俺はこの店の地下に居候することになる。




 







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