第2話 はじまりの街

 ティアの声だ。

 遠くの方で俺を呼んでいるのが分かった。


 「カズマ。カズマ。大丈夫?ほら、目を開けても大丈夫だよ」

「あ…あぁ…」


 ゆっくり目を開けると、目をくりっとさせ不思議そうに覗き込むティアの顔が間近にある。

 あまりの衝撃に固まる俺は、必死に気持ちを落ち着かせる。


「ち、近いんだけど…」


ティアは俺の肩に手を置き、神妙な面持ちで話し出す。


「心配したよ。この世界では、思念と意志の強さで物質をコントロールして具体化してるから。もし、カズマがはじまりの街へ行きたいと思う意志が弱かったら、また時間かかっちゃうかもって」

「そんな重要なこと先に言えよ!」

「言ってなかった??」

「言ってない」

「あれ?まあ、今回は目を開けたら美少女がいたんだから特典付きでしょ?」


 女の子に対しての耐性のない俺は返答に困り黙り込む。

 なんとも情けない。

 我ながら、へたれっぷりに清々しさすら感じる。


「さあ見て!あれがはじまりの街、オルヴィエートよ」


 切り立った丘の先に広がる視界には、草原の上に誰かの手によって優しくその場所に置かれたかのように、幻想的で巨大な街があった。


「す、凄い…」


 中心には大聖堂に酷似した建造物がそびえ立ち、波紋のように街並みが広がってゆく。

 外周には城壁があり、モンスターであろう敵から街を守っている。


「さあ、行くよ!街まで」

「ああ!もちろん」

「仮想世界では肉体が存在しない分、質量が軽くなってるから現実世界の数倍の速さで動くことが可能なの。でも、気をつけてね…走ってみれば分かるだろけど…」

「大丈夫、最初に痛い目に遭って要領は分かってる」


 何度かその場を軽く跳ねてみる。


「よし!」


 俺は地面に力を入れ、勢いよく踏み出す。

 思った通りだ。

 着地点が遥か遠くにある、跳ねるように次の足を出す。

 そして、力を受け流すようにして加速する。


「もっとだ。もっと速く」

「わぁっ!カズマ、すっごおおい!!待ってよ」

「ティア、早くしないと置いてくぞ」

「待って、待ってってば!よぉぉし!見てなさいよ!」

「なっ!ティア、飛べるの?!」

「そりあ、妖精ですもの」

「だよな…」


         ◇


はじまりの街 オルヴィエート 西門入口


「いぇい!1番んん!」

「はぁ…はぁ…。さすが…に…この距離、全力で走ると…きつい」

「びっくりだよ!カズマって、運動神経いいんだね」

「まぁ…な…」


 昔から運動は好きではないが、得意だった。

 コミュニケーションを必要としない走ることは何故だか続けていた、夜中に家の近くを走ることが習慣になっていたほどだ。

 無論、引きこもりの俺には無駄なスペックだとずっと思っていた。


 だか、走ることを楽しんでいる自分に驚いて、なぜか少し笑えた。


「ん?どしたの?カズマ」

「何でもない」

「あの中心にある建物がアポローの塔。そこで冒険者の登録をするのよ。他にも、クエスト、パーティーメンバー、ギルド、様々な登録や管理をしているの」

「ああ、大体は分かった。先を急ごう」


 綺麗に並べられた石畳みの道が中央部の塔へと向かっている。

 街並みは、レンガや石など古い造りの建物が連なっていて、おとぎ話しに足を踏み入れたかのようだ。

 俺はふと、違和感に気がついた。


「何で誰もいないんだ?それにここまでくる間にも、モンスターみたな奴とか…」


 ティアはくるっと回ると俺の方を向き、指を立て話し出す。


「あ!それね。うぅん…分かりやすく説明すると…。今この街には人も居るし、外にはモンスターも居る、けど存在してないのよ。カズマの世界の言葉で言うと、今の君はカズマっていうアバターはあるんだけど、アカウントがない状態、だから識別できないの皆んなからは。簡単に言えばゴーストかな」

「ゴースト…」

「まあ、登録したら分かるから!早く行こ」

「ああ、考えたところで何も変わらないだろうしな」

「そう。そう」


その時の俺にはゴーストの意味がよく分かっていなかった。



         ◇


「これがアポローの塔…。恐ろしくでかいな」

「中に入って正面の窓口が登録所よ」


 中を見渡すと、大人数のギルドでも会議ができそうなラウンジ、クエスト依頼やパーティーメンバーの募集であろう掲示板、換金所らしき窓口、アイテムや雑貨、飲食のお店があった。

 正面には確かに窓口が並んでいる。


 あれか……。


 受付らしき人が1人座っている。

 

「冒険者のご登録で宜しいでしょうか?」

「はい、お願いします」


 気の優しそうな女性は、顔は小さく、目鼻立ちは整っており落ち着き払った様子で俺に話しかけてきた。

 肩にかかる金色の髪を耳に掛けながら、迷子になった子供に話しかけるように優しく。


「それでは、種族性を決めていただきます。人、獣人、妖精、魔人、精霊の5種族からお選び下さい。」

「は、はい」


 俺は詳しく説明してもらうと、ここまでのことは理解できた。


         ◇


【人 フューマン】

・初期ステータス…各種族の中で最弱


・属性スキル…思念、心に強く想うことで具体化、生成できる能力


・カリス【恩恵】を使うことで、相手ステータス値の半数を貰い、多種族のスキルや魔法を使用できるようになる。拒絶されると自らのステータス値が半減される。


【獣人 セリオン】

・初期ステータス…防御力、攻撃が高い


・属性スキル…ベルセルク、バーサーカーとも呼ばれる。全てのステータス値を攻撃力に付加し、鬼神のような力を得る。対象が死ぬか自身が死ぬまで戻れない。


・自然界の生物と意思疎通ができる。植物を調合し回復薬や特効薬を生成できる。


【妖精 エルフ】

・初期ステータス…魔力、素早さが高い


・属性スキル…エリクサー【不死】一定時間の不死効果と引き換えに魔法、記憶の全てを失う。


・空を自由に飛び回ることができ、踊りがとても得意。


【魔人 ディアボロス】

・初期ステータス…魔力、攻撃力が高い


・属性スキル…カオス、自らを含めたその場にいる全てを瀕死にする。


・空を自由に飛び回ることができ、食餌を必要としない。


【精霊 シャーマン】

・初期ステータス…魔力、知力が高い


・属性スキル…エレメント、水、火、風、土の精を自在に操り武器や物に宿すことができる。


・鍛冶、錬金術ができる。熟練度が上がれば魔剣なども作ることが可能。


         ◇


「うぅん…。じゃあ、人で。」


 オンラインゲームでもそうだった。現実の自分と別の存在になりたいとは思えないんだよなあ。

 獣の耳とか悪魔とか……。あまり行き過ぎると、入り込めないんだよな。

 意外と繊細な俺……。

 それに!現実世界での社会的弱者な俺に人族は、しっくりくる。


 その後、細かな質問が幾つかあり、簡単なこの世界の規約についての説明があった。


 クリスタルといわれる宝石のような物を渡された。

 手に取った瞬間に身体の中に吸収された。


「それはカズマさんの命の原型です。傷つきダメージを負えば欠けていきます。砕けてしまうと、それは死を意味します。具体化した身体、記憶全てがリセットされ、またゴーストの状態に戻ります」


 体内のクリスタルは戦闘になると可視化され、敵にも自分にも確認できるようになるのか。パラメーターと同じ役割だな。


 直接傷つけることはできず、クリスタルが見えたら戦闘が開始されたという合図になる。

 クリスタルの硬さや輝きは、レベルや経験値と比例するらしい。


 手続きは無事に終了した。


「では、カズマさま。種族性は人で決定いたしました。」


 その言葉を聞いた瞬間だった。


 この巨大な建造物の奥行きまで感じることができる程、静寂に包まれた空間の端辺から騒めき声がだんだんと大きさを増して活気づく、辺りを見渡すと無数の人集り。

 俺の手は少し震えていた。

 急な圧迫感に息が詰まりそうで、意識が朦朧とする。


「カズマとょっと、大丈夫?!」

「やばい…かも…」

「冒険者登録して数秒で戦闘不能とか…伝説になるわね」

「うるさい…」


 引きこもりの弊害なのか。

 人混みに放り込まれた過度なストレスなのか。

人種族のステータスの低さなのか。


俺は気を失った。


「ねぇ。ねぇ。君。大丈夫?」


 透き通るような綺麗な声が耳元を優しく震わせる。

 ゆっくりと目を開けると、俺を心配そうに覗き込みながら話しかける美しい顔が目の前にあった。

 あまりの衝撃にもう一度気を失うところだった。


「急に倒れるんだもん。びっくりしたよ」

「ああ…ありがとう。俺も驚いてるよ」

「ずっと眠ってたんだから。やっと目を覚ましたね」

「えっ!俺、どのくらい…」

「うそ。ほんの数秒だよ」

「ごめん。迷惑かけたね。あっ!ティア」

「まったく、酷いなあ。君。こんな綺麗な女の子に膝枕されたまま、女の子の名前呼ぶなんて!」


「私はここだよぉ」


女の子の後ろから顔を出すティアの目が睨みつけているのは俺でも直ぐに理解に至った。


「カズマ。最っ低だね」


俺のクリスタルが少し欠けた音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る