第21話


 視界が揺れる。

 体があつい。

 大切なあそこが、じんじんとうずいている。

 心臓がドキンドキンと波打っておさまらない。

 アーマイゼの本能が言っている。

 クモ姫がほしい。

 クモ姫とやらしいことをしたい。

 クモ姫を愛したい。

 クモ姫を愛してる。

 クモ姫とえっちがしたい。

 クモ姫とつながりたい。

 クモ姫とありのままに気持ちよくなりたい。


「はぁ、は、ぁあ……」


 アーマイゼは深呼吸をし、ごくりとつばをのみこみ、まくらをにぎりしめ、必死に本能をおさえる。欲は、人を壊す。謙虚でいなさい。それが母の教えである。アーマイゼにとって本能以上の本能に従うことは、とても浅ましく、みにくいすがたであった。


 この世には3大欲求というものが存在する。食欲性欲睡眠欲。アーマイゼはすべて満たされていると思っていた。おいしいご飯を食べられて、満足なほどねむる。それを、愛しいクモ姫と共に。食欲性欲睡眠欲。ある程度、すべて満たされていると思っていた。

 だから、ずっと満足だった。

 ただ、たまに愛されてないのではと不安になっただけ。


 それが原因なのだろうか。

 どうしてこんなことになったのだろうか。

 アーマイゼはパニックになっていた。

 だって彼女は、こんなに強く性欲を抱いたことがないのだ。


「はぁ」


 ほしい。


「はぁ」


 クモ姫がほしい。


「アーマイゼ」

「っ」


 うしろから自分に覆いかぶさるクモ姫に、低くて魅力的な声でささやかれるだけで、アーマイゼの胸はふくらんで破裂してしまいそうだった。だって、こんなにも愛おしいのだもの。背中にくっつく巨大な胸はとてもやわらかくて、自分よりも細くて長い体は、とてもあたたかい。


 アーマイゼは、ひどく興奮していた。


「はぁっ……」

「……つらいか?」

「大丈夫、です……」


 呼吸を乱して、返事を返す。


「わたし、はっ、ふぅ……、すこし、ねれば、なんとか……」

「あの女を捕まえたら目の前で処刑してやる。大丈夫だからな」

「はぁ、ひめさま、わたしは、大丈夫ですから……」


 こんな余裕がないすがた、見られたくない。


「どうか、はぁ、今は、一人に、させて、ください……」

「なにを言う」


 クモ姫がうずくまるアーマイゼをだきしめた。


「そばにいる」


(だめ)


 あなたがほしい。


(だめ)


 こんな浅ましいすがた、きらわれてしまう。


(きらわれたくない)


 クモ姫の手がアーマイゼの頬をなでた。それをアーマイゼが拒む。いやです。クモ姫がアーマイゼを振り向かせようとした。それをアーマイゼが拒む。いやです。クモ姫はむりやりアーマイゼをふり返らせた。


「あっ」


 視界がクモ姫でいっぱいになる。胸同士が当たってしまう。恥ずかしい。愛おしい人が熱いひとみで自分を見下ろしている。恥ずかしい。


(ほしい)


「姫さま、だめです」


(見ないで)


「こんな、汚いすがた、どうか、見ないで……」


 ほてった頬。赤い唇。潤んだひとみ。乱れたドレス、呼吸。クモ姫を誘惑するには十分である。見たことのないほど妖艶にかがやくアーマイゼに、クモ姫がつばをのんだ。


「……アーマイゼ」

「やっ、ひめさま……」

「なぜ拒む? わたくしたちは夫婦であるぞ」


 長細い手がアーマイゼへとふれていく。


「あっ!」

「アーマイゼ、こわいか?」

「……こわくなど、ありません」


 ただ、


「こんな汚いすがたを、あなたにお見せして、……きらわれてしまうのが、……こわいです」


 クモ姫がやさしく、やさしく、アーマイゼをなでる。


「ひめさま、どうか……」

「お前はきれいだ」

「おやめください、ひめさま……わたし……」

「アーマイゼ、この上なく美しいわたくしの妻よ。安心しろ。お前は、……とてもきれいだ」


 きれいすぎて、きれいすぎるから、汚れきったこの手がお前を傷つけやしないか、不安になる。それほど大事で、壊したくないからこそ、ふれるのがこわい。


 だけど、それでもいいのであれば、こんな自分でも受け入れてくれるのであれば、


「……アーマイゼ」

「クモ姫……さま……」


 おたがいの目が合えば、ゆっくりと近づいて、――唇が重なり合った。クモ姫がアーマイゼをだきしめる。こわがらせないように、やさしく、できる限りやさしく、つかむ。


 アーマイゼの唇がはなれた。名残惜しくて、また重ねる、クモ姫の唇がはなれた。名残惜しくて、アーマイゼから唇を重ねた。もっと、もっと重ねる。もっと、もっとほしい。強くクモ姫をだきしめる。クモ姫がおどろいた。こんなに強く求められていることに、胸が高鳴った。クモ姫がキスをする。アーマイゼがキスをする。口から溜まりきったつばがしたたる。


「はぁっ!」


 アーマイゼがクモ姫にすり寄った。


「ひめさま、もっと」

「もっと、……なんだ?」

「もっと……ほしいです……」


 愛しい人にねだられたら、答えるのが女である。金でも愛でもなんでも貢いでしまう。クモ姫はまるで、自分が都合のいい女になって、だまされてるような錯覚に陥った。


(だが、悪くない)


 お前になら、なんでも貢ごう。愛でも、金でも、この身でも。


「ひめさま、もっと」


 小さな手がのびる。


「もっと……」


 クモ姫をだきしめる。


「はぁっ、もっ、と……」


 しがみつくように、抱かれる。


「もっと、ひめさま、もっと、あなたを」


 わたしにください。


「わたしのものです」


 強く抱いてはなさない。


「あなたは、わたしのものです」

「ああ、アーマイゼ」

「だめ……」


 アーマイゼがクモ姫の両頬を、両手でつかんで、自分に向けさせる。


「ほかは見ないで……」

「……アーマイゼ……」

「ちゃんと、わたしを見てくれなきゃ」


 つばをのむ。


「いやです……」


 その一言で、クモ姫のおさえていた理性が切れた。やさしくしようにも、この手がいうことをきかない。


「はっ」


 アーマイゼの吐息をきけば、もっと喘がせてやろうと思う。


「あっ」


 アーマイゼの声をききたい。

 もっとだ。

 もっと、

 もっと。

 もっと、

 お前が求める以上に、

 もっと、


「ひめさまっ」


 もっと、


「クモ姫さま……」


 もっと、


「ひめ、……さま……」


 耳に、ささやかれる。


「……愛してます……」

「アーマイゼ、わたくしも」


 答える。


「お前を愛してる」


 そして、二人で、深く、深く、深い底へと、入っていく。それがほっとする。安心する。


 影が、ひとつになっていく。





(*'ω'*)










 ふと、アーマイゼの意識がもどった。


(……あれ……?)


 そっと目を開ける。


(……体がだるい。……わたし……どうして寝てるんだっけ……?)


 まぶたを上げると、これはおかしい。なにかの谷間が見える。


「ふぇ……?」


 アーマイゼは気がついた。これはこれは、なんて巨大な胸の谷間だろうと。じつに立派なお胸である。これはまいった。すばらしい。


(……こんなおっぱいクッション、あったっけ……?)


 アーマイゼが胸に顔を埋めると、自分の頭に手が置かれ、抱き寄せられた。


(……このおっぱい、いい匂いがする……)


 あたたかい。まるで太陽みたい。


「……んん……」


 色っぽいかすれた声が聞こえて、その聞き慣れた声に、アーマイゼがはっとする。


(え?)


 そこで、はじめて顔を上げる。

 目の前では、裸のクモ姫がアーマイゼを強く抱きしめ、美しい顔でねむっていた。


(……そうだわ。わたし……)


 白かった頭のなかで、どんどん思い出していく。


(わたし……)


 アシダカ姫と呼ばれる美しい姫君に、変な毒を打たれ、クモ姫にふれられたとたん、体がとてもあつくなり、クモ姫を求めて、求めたらとまらなくなって、あんなことやこんなことや、


(まってぇーーーーーーーー!!!!)


 直後、アーマイゼの顔が真っ赤に染まり、頭のなかが羞恥心で大噴火した。


(わ、わたし、いくら我慢してたからって、あんな、ふしだらなことを!)


 まるで正気じゃなかった。冷静じゃなかった。欲のままに本能に従ってしまった。クモ姫を、はげしく求めてしまった。


(わたし……! わたし……!)


「……んん……」


(く、クモ姫さまに、どんな顔をして会えばいいの!? あ、あんな、あんなはずかしいことをしてしまって、あんなことも言って、ささやいて、愛のくどきを伝え、ああ、なんてこと! もうクモ姫さまに顔向けができない!!)


「……んっ……?」


(ああ、でも、やっぱりクモ姫さまのお髪ってとてもきれい。このむらさき色がたまらなく大好き。どうしてこの人はむらさきがこんなに似合うのかしら。ほんとう、すてき。美しい。それと、クモ姫さまって)


 思い出す。


(……あんな顔もなさるのね……)


「……アーマイゼ……」

「え?」


 はっとすると、クモ姫と目があった。次の瞬間、アーマイゼはサナギになった。そんなアーマイゼを見て、寝起きのクモ姫がクスッと笑った。


「おはよう」

「っ」


 アーマイゼは頭のなかで、さけんだ。


 ――寝起きのクモ姫さま、いい!!!!!!


(はっ)


 クモ姫の美しい体を見ないように、アーマイゼが目をおよがせた。


「……おはよう、ございます……ひめさま……」

「……ん」

「……」

「……」

「……あの……」

「なんだ?」


 クモ姫がにやけた。


「まだわたくしをくどき足りないか? アーマイゼ」

「……。……。……とんでも、ございません……」

「あんな顔をするお前は、はじめて見た気がする」

「……すみません……」

「なぜあやまる?」

「……おはずかしいところを、見せてしまいました……。それはもう、……とてもあさましく、みにくいすがたを……」

「わたくしはうれしかったぞ」


 クモ姫の手が、アーマイゼの頬にふれた。


「お前にあんなふうに求められて、とてもうれしかった」

「……クモ姫さま……」

「アーマイゼ、わたくしがほしいか?」

「……当然です」


 アーマイゼがクモ姫の手を取り、その手にキスをし、クモ姫に目を向けた。


「姫さまがほしいです」

「ほう。生意気な」


 額同士が重なり合えば、視界にたがい以外見えなくなる。


「そうです。わたしは生意気なんです。だから……あなたを、求めます」

「……わたくしの、なにを求める?」

「……っ、……もっと、……こういうことも、……したいです……」

「なるほど。このわたくしと体を重ねたいと言うのか」

「愛しております。……あなたが思う以上に……。……だから、もっと、……ほしい……です……」

「……アーマイゼ……」

「おたがいの意識がなくなるまで、……もっと、深く、……愛しあいたい……です……」

「……」

「……今のは言いすぎました」

「……言いすぎた、ということは、うそか?」

「……うそでは、ないです……」

「……もう一度きいてやる。言え」

「や……もう、姫さまったら……」

「なんだ? 自分の言葉には責任を持つべきではないか? ん?」

「……ひめさまの」

「ん?」

「……ばか……」


 その瞬間、クモ姫の胸がぎゅん!! と叫び声をあげた。赤くて小さなぷるぷるの唇にふれたくて、唇をよせれば、ふにゅりと唇同士がくっついた。なんてやわらかい唇だろうと思って、クモ姫が唇を親指でなでてみた。アーマイゼの唇がぷにゅぷにゅと動き、またキスをしたくなってくると、アーマイゼがむっと唇をとがらせた。


「クモ姫さま、……指だけじゃいやです」

「……ほう?」

「唇が、……いいです……」


 アーマイゼが顔を寄せてくる。それをクモ姫がよけた。


(えっ)


 おどろいた顔をすると、クモ姫がにやりとして、アーマイゼにおおいかぶさった。


「ほう? 指ではなく、口がいいと?」


 よかろう。


「では、リクエストにお答えしよう」

「クモ姫さま、なにを……?」


 ちゅ。


「あっ! ……ひめ、さま……!?」


 ちゅ。


「あっ、うそ、そんな、とこ……」


 ちゅ。


「うそ、そんな、あっ! だめっ!」


 ちゅ。


「ああっ、ひめさま、そこは、あっ、やっ、いけません!」


 ちゅーーーー。


「やっ、そこはぁ……!」


 ちゅっ!


「あっ、だめっ、あっ、んんっ、いやぁ、あん、ひめさまぁ……!」


 ちゅ。


「んっ!」


 ちゅ。


「はぁ、ふぅ……姫さま……」

「アーマイゼ、顔を上げよ」

「……はい……」


 目が合えば、何度目かわからないキスをし合う。手をにぎり、指を絡ませ、おたがいの唇をはなせばまた見つめあい、とてもしあわせな気持ちになり、つい、クモ姫も、アーマイゼも、笑みを浮かべてしまった。



 ――その頃一方、寝てはならん状態の人々は、かべに網を貼り付け、アシダカ姫を確保していた。


「さて、捕まえたのはいいが……」

「どうやって外に追い出すか……」

「網から飛び出したら最後だぞ」

「あっ、動いた!」

「あくびした!」

「やだー! おれ、足の長いクモさわれなーい!!」

「こわーい!」

「ちょっと男子しっかりしてよ!」

「ここは率先していくところでしょ!」

「おれ、クモだめだから! ぜったいむりだから! さわれないから! むりだから!!」

「……どうやって外に出そう……」


 悩み苦しむ人々をながめながら、ヒマがおとずれたアシダカ姫は、ねむたそうにあくびをした。


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