【ロイ・アデルアの終わりの始まり】

 まあ、結果はいつものアレだ。


 タリムは高熱を出していた。

 そう簡単に恋なんて芽生えるものか。

 そんな事だろうと思っていた。

 だが、ほんの少しの俺の期待を返せ。


 念のため、ギルドの診療所から宿直医に来てもらったが、風邪だろうとのことだった。

 そういえば、一昨日、こいつ半裸で秋の冷たい川に入ったんだっけ。

 体が丈夫だから熱が出る頃にならないと、風邪なのか何なのか、いつも分からないのだ。

 機嫌が悪かったのも、そのせいか?

 いや、さっきのあれに少しは嫉妬が混ざっていたと願いたい。

 ただ、タリムが言うように、わからないのだろう。

 それでも、こう、何か思うところがあったはずだ。

 もう一押しか?

 だが、何を押せというんだ。


 濡らした布をタリムの額に乗せて、考えたり諦めたりしながら、何度も換えてやる。

 震えるようにして布団にくるまっていたが、数時間後ようやく寝汗をかきはじめた。

 熱が落ち着いてきたのだろう、暑そうに布団を蹴るので、軽い毛布に替えてやらねばならないな。


 王都に来てから、タリムが体調不良の時に看病をするのは俺だった。

 タリムのクローゼットの中身は把握している。

 汗をかききったら、着替えも必要だな。

 寝巻きと、下着を取り出して、湯を沸かす。

 タリムは暑いのか寝苦しいのか、バタンバタンと落ち着きなく寝返りをうっている。

 宿直医が来た時に一度着替えさせた寝巻きは、すっかり汗で湿ってしまった。

 今度は下着まで取り替えないと冷えるな。

 前開きの何とも言えない猫柄の寝巻きを脱がしていく。

 心を無にして作業として手を動かす。

 これは医療行為だ。

 単なる看病だ。

 寝巻きを脱がして汗を拭く。


「⋯⋯ロイ?」

 目が覚めたのか、ぼんやりとしているので、起きているうちにと、薬を飲ませてやる。

「起きたなら下着を替えろ。汗で冷える」

「⋯⋯はい」

 のろのろと、しかし俺に背を向けると、躊躇なく下着を脱ぎ、そのまま新しい下着を着ようとしている。

「せめて汗を拭いてから着ろよ」

「でも、だるいし……」


 むき出しの背中に俺は何も感じない。

 滑らかで薄い脂肪の下に、しっかりとした筋肉が美しく並んでいる背中を、お湯で拭いてやっていてもだ!

 毛ほども何も感じない!

 俺の感受性は死んでいる。

 ピクリともしない!

 むしろこれは、太鼓の皮か何かだ。

 自己暗示をかけながら、手早く拭き上げる。

 本当は背中越しに色々見えているが、見えてないことになっている。


「……ぱんつ」

「さすがに尻は拭かないからな」

 仕方なく、といった様子で、毛布をかぶってごぞごそと汗を拭き、下着を着替えると、力尽きたのか、寝間着を着る間もなくまた寝てしまう。

 毛布をかぶった意味がないぐらい色々見えていたが、見えてない。

 そんなところは見えてなかった。

 だいたい、俺が言わなければ、全部俺にやらせるつもりだったのか、こいつ……。

「寝間着を着るぐらいできるだろうが……」

 もう、目を開ける気はないようだ。

 仕方がないので、さっきとは別の、何とも言えない猫柄の寝間着をかぶせる。

 前開きではないので、すこぶる着せるのが難しい。

 見たことのない柄だ。

 さては、エイドリアンにもらった小遣いで買ったな。

 どこで買うんだ、こんなの。


 されるがままになっていたタリムが、うっすらと目を開ける。

「……やっぱり、ロイが……」

 にっこりと微笑んでいる。

 こいつがこんな風に笑うのを見るのは、いつぶりだろう。

 思わず抱きしめて、思う存分その背を撫でまわす。

「ああ、俺が、なんなんだ?」

 やっぱり限界だった。

 拭いてすっきりとした額に口付けを落とす。

 どうせ明日になったら忘れているとか、つまらない結果になったとしても、今くらい俺を喜ばせることを言ってくれ。

 啄ばむように口づけを繰り返せば、眠気が来たのか、体重を俺に預けてくる。


「……いると……べ……んり……」


 そして、完全に眠りに落ちた。


 素に戻った俺は、寝て重くなったタリムを横たえて、布団をかぶせて、着替えやら、たらいやらの片づけを始めた。


 いいんだ。

 俺は別に大きな結果を期待していたわけじゃない。

 落ち込んでなんかない。

 落ち込んでなんか……。




 かすかにドアを叩く音がする。

 こんな夜更けに誰だ?

「もしもしー? オレ、オレ、オレだけどwww」

 聞きなれた、忌まわしい声がする。

 ドアを開ければ、大男が立っている。

「ソ……ソアラ……?」

 ドアの外に、自称ギルドマスターでタリムの義父、ソアラ・シアンが立っていた。

「ロイ、そこはな、うちには息子なんていませんっていう所だからな」

 口を尖らしているが、可愛らしさのかけらもない。

「は? いや、お前んちには息子がいるだろ?」

「ちがう!! そうじゃない!

 お前は、いっつもそうだ。

 ユウキはすぐ『オレってどちらさま?』って乗ってくれるのにさぁ」   


 ずかずかと、部屋に入ってくる。

 今まで一度もタリムの部屋に来た事なんて無かったのに。

 無言で部屋の中をぐるぐると歩き回る。

 ソアラは、まだ片付けの終わっていなかった着替えを見つけて摘まみ上げる。

 ……それにしても色気のない下着だな。

 ハッとして、ソアラを見れば、剣呑な目つきで俺を見ている。

「こ、こ、こ、こ、これはっ!」

 いや、慌ててどうする。

「ちがう、熱を出したタリムを看病していただけだ!」

 そうだ、俺はやましいことはしていない。

 ……いや、したか?

 いや、あれは……あれってどれだ?


「間男みたいな反応だな」

 ソアラは、腕を組んで俺を見下ろしてくる。

「だから、俺は何も⋯⋯」

 視線をそらしたら負けだと思っているのに、今は色々と虚勢を張れる状態ではない。

「そんなんだから、ロイは『いると便利』とか言われちゃうんじゃないでしょうかねー」

 握った二つの拳を口の前に持ってきて、ウフフと気持ち悪く笑う。

「なっ……! おっ……いや、ソアラ、いっ、いつからっ……」

 こいつ、いつから見ていたんだ?

 いつからっていうか、どこからっ???!!!


「じゃじゃーん!ラスボス登場!!」

 俺が青くなったり赤くなったりしているのに、ソアラはいつものように俺に勝負を仕掛けてくるつもりだ。


「ロイ、俺と賭けをしよう!」






 二章end

 三章に続く

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騎士にもいろいろいる 続 砂山一座 @sunayamaichiza

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