2/偽鬼、遭遇

1.裏路地


 病院の外に一歩踏み出すと、太陽の光が視界に飛び込み、思わず目を細めた。


 大通りには屋根が尖った木造建築と石造り、そして煉瓦造りの建物が所狭しと立ち並んでいる。

 そこをスカートを履いた婦人、スーツを着た紳士、そして着物という服を着た人々が行き交っている。

 見れば見るほど奇妙な街並みだ。まるで夢の世界に迷い込んだ心地になる。


「そうかぁ。本場から見ればおかしく見えるかぁ」

 人通りの少ない道を選んで歩きながら、讃岐国相は頬を掻いた。

「言い訳がましいけどね、異国の建築についての資料は少なくて。見様見真似でやってみたらこうなってね」


「いえ、ちょっと不思議な心地がするだけですよ。僕はおかしくないと思います」


 彼の言葉で我に返った僕は慌てて訂正する。

 故郷は田舎の村でそもそも大きな建築自体少なかったし、『白い病棟』に至ってはどこもかしこも真っ白でおかしいどころの話ではなかった。

 あれらに比べればこちらの街並みは大分ましだ。むしろ活気が溢れる良い街だと思う。……先程から、ちらちらと通行人の視線が送られて来てむず痒いが。


「そう言ってくれて嬉しいよ。あ、こっちの角を右に曲がって」

 言われた通りに角を曲がる。


 (……おかしい)


 さっきから、活気が溢れる通りからどんどん遠ざかっている気がするのは気のせいだろうか。




                  ※




 角を右。左。左、右。入り組んだ道を迷路のように進んでいく。


 讃岐国相と楠──少将に連れられて進んでいった道は、明らかに怪しい、人が通らない裏通りだった。


 建物に囲まれて光がほとんど届かない。道の脇にはゴミ袋が積まれ、周囲に蠅がたかっている。

 路地いっぱいに立ち込める悪臭に眉を寄せる。他の二人も反応は僕と同じだった。


「相変わらず酷いな、ここは。やっぱり掃除してないのかい」

「……は。カモフラージュに丁度いいからそのままにとおっしゃったのは国相ですが」

 顔をしかめた楠少将の苦言を聞き流し、国相は立ち止まってしゃがみ込んだ。



 追いついた僕は彼の手元を覗き込む。

 そこには金属製の丸い蓋がはめ込まれていた。所々錆びているらしく、赤茶色に変色している。

 直径は片腕ぐらいだろうか。表面には一文字『千』と刻まれていた。「せん」と読むのだそうだ。

「楠君、よろしく」

 楠少将が国相の隣にしゃがみ込み、小さく息を吸ってその蓋を持ち上げた。


「……あの、讃岐国相。これは?」



 蓋の下には、真っ黒い虚のような穴がぽっかりと開いていた。どこかに通じているらしく、穴の奥から風の唸り声が聞こえて来る。



「ロマンがあるだろう?」

 国相は僕を見上げるとにやりと笑った。

「言っただろう、自由に行き来できる訳じゃないって。────抜け道だよ」

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