雪を溶く熱?

 あの時のことは、ハッキリとは覚えていません。

 大事な人がひとり、居なくなった事実しかわかりません。

 ……隠したりしてません。本当にわからないんです。

 はい、そうです。あの人は私の彼氏でした。

 顔は思い出せないですよ。思い出したら吐いちゃいますから、あはは。

 ちゃんと覚えてるのは、雪の降る晩だったってぐらいです。

 それでも話せって言うんですか? ……分かりました。話します。

 代わりに、絶対にアイツを見つけてくださいね。


 あの夜は確か……彼氏と地元のホテルに行ったんです。

 いや、えっちぃ話をしたいんじゃないです。

 何て言うか、彼は廃墟が好きでして……潰れたホテルにですね、行ったんですよ。

 静かな夜でした。

 彼氏は、壊れた天井から雪が降るのがロマンチックとか言ってましたね。

 私もまぁ、ステキだな、とは思いましたよ。ムードはありましたから。

 室内に降る雪なんて、廃墟でしか見れませんしね。

 壁も床も、一面が真っ白な雪で染まってたんですよ。

 これならどこでも安心して寝れるね、なんて言ってふたりで笑いあってました。


 で、遊んでるとですね。彼が何か、輝く結晶体を取り出しました。

 はい、不思議で綺麗な多面体の結晶でしたよ。

 色んな物がよく見える現象を起こす物だよって言ってました。

 彼は結晶体を口に含むと、雪を掴んで食べて、一緒に飲み込みましたね。

 えぇ、そうです。私にもくれたんで、一緒に飲み込みました。

 えっ、変な薬なんじゃないかって? それならよかったですね。

 アイツが幻覚ならどんなによかったか……うぅ……ぅぇ……。


 ……ごめんなさい、落ち着きました。

 それで……彼は、楽しそうにホテルの中を探索してたんですよ。

 私も付き合って、色々な部屋を覗きに行きました。

 変な人形とか、洋書が置いてある部屋もあって、不思議なホテルでした。

 今思うと、あの中のどれかに、アイツがいたんでしょうね。

 ふと気づくと、彼が居なくなってました。

 部屋の隅とか何もない窓の外を見て、急に驚いて騒いだりしてたんですけどね。

 それが突然、どこにも見えなくなりました。


 またふざけてるのかなー、変な事するのかなーと思ってたら……。

 どこかの部屋から、何かを叩きつける音が聞こえてきました。

 叩く音だけじゃなくて……何かが潰れるような音と、砕けるような音もです。

 叫び声も、もしかしたら聞こえてたのかもしれません。

 ……私、耳を塞いで閉じこもってましたから。よくわからないんです。

 怖かったんですよ。悪いですか。

 ヤバいと思って、雪の降る部屋の鍵を閉めて、すみっこで座り込んでたんです。


 それで、じーっとしてて……気のせいだったのかなって思い始めたころですね。

 スマホがチカチカ光ってました。彼からの電話も入ってて……。

 それで彼が脅かしてただけだったのかなって思いかけたら、ノブが揺れたんです。

 ガチャガチャ揺らして、それから、ドア全部が揺れました。

 叩きつける音が、今度はすぐそばから鳴って、ドアが壊れました。

 そしたら、にっこりとした笑顔が、壊れたドアから覗いてたんです。


 それから……分かりません。

 あれは、多分……秋人だったんだと思います。

 アイツは……顔が赤い色で濡れてましたけど、秋人ってヤツに見えました。

 昔、行方不明になっていなくなったはずの、私の幼馴染みだった人です……。

 現実感がなくて……積もった雪が赤い液体に触れて溶け落ちてて……。

 私を見た秋人は凄く楽しそうな顔になって……美冬ちゃん久しぶりとか声かけてきて……こんな奴と付き合っちゃいけないよとか言って笑って彼氏だったモノを見せつけてきて泣き顔を見るのも久しぶりとか言って満足しててスマホで位置探索したんだとか自慢げに言う顔はあのころの秋人のままで何も分からなくなってメチャクチャになって――


 気づけば、朝でした。

 アイツは……秋人はここから離れて別の場所に行くとか言ったような気がします。

 本当です、確かに居たんです。あそこに秋人がずっと居たんですよ。

 それに、どこからか、ずっと秋人の笑い声が聞こえてくるんです……。


 お願いします刑事さん。私を助けて下さい。

 私が彼氏を……殺したと言う事にされても構いません。

 秋人から逃げられるなら刑務所にだって入ります。

 今もずっと見張られてる気がするんです。

 泣きはらした後に、居なくなったと思ったら何度も何度も出てくるんです!

 家に帰りたくもありません。お願いですから助けてくださりませんか?

 秋人を探して、早く捕まえてください、私を助けて、早く、早く秋人が来る前に!


 うぅ……ほんとうに、早く、助けて……それを捕まえて、助けてくださいよ……。



 ――はい、なんですか。今日はお話だけですか?

 ううん、大丈夫です。今朝は何だかすごく嫌な顔を見た気がするんです。

 落ち着いてますって、大丈夫、大丈夫です。

 ここの壁は叩くと柔らかくて気持ちいいから、こうするのが好きなだけです。

 壊れない壁って、なんだか安心できるんです。

 ふわふわしてて、雪みたいですよね。

 それにですね、近くにいた指名手配犯が捕まったって報道されてたんです。

 すごく良い事ですよ。あんしん、あんしん。あんしんなんですよ。

 もう話は終わったから、秋人は姿を消すんです。だからあんしんです。

 ちょっと、やめてください、注射はいたいんです。

 おくすりがいいなあ、とっても気持ちよくてあんしんですから。

 なにも見えなくなって、あの顔も見えなくなって、気持ちよく眠れます。


 全部、見えなくなって忘れたいなあ……何でずっとそこにいるの、秋人。

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雪を溶く熱? @suiside

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