第19話 聖域と軍隊の壊滅

 ティアラを仲間にしてから、一つの夜を越えた。

 三人が歩き続けている間に、森の様子は目に見えて一変した。

 外界では見たこともないような草木、花、果実。

 出会ったこともないような生き物たち。

 すべての生物が争うことなく、平穏に暮らし続けている。

「ここは、平和だな」

 ポツリ、とソウマが呟いた。

 まるで、外での戦乱が嘘かのようにここには平和があった。

 懐かしき日々。

「ここはもう半分以上精霊の領域だからね。生態系なんかは全く違うけど、このエルミナ大陸は全体的にこんな雰囲気だったよ。あの夜までは……」

 決して忘れることのできないあの夜。

 その日、エグゼは一回死んでいるのだ。人類の守護神と呼ばれたエグゼは。

 今ここにいるのは、いざという時に大切なものなど何一つ守れなかった抜け殻でしかない。

「エグゼ……っ? 苦しいよ!」

 ティアラが胸を押さえながら、エグゼに訴えかける。

 純粋な妖精は、人の心の奥底にある強い想いに感応することがある。

 まるで地獄の業火に身をやつすような、その心がティアラには伝わってしまったのだ。

「ご、ごめん!」

 慌てて心を閉ざす。

 とりあえず今は、このことは封印しておこう。

「妖精は、心が読めるのか?」

 とソウマが問いかけた。

「読めるのとは、違うかな? 何考えてるかはわからないしね。

 なんて言うんだろ〜。強い気持ちのの波が、届くんだよ! ドバーッて!

 私たちが知りたいと思って、使える能力では、ないんだけどね〜」

 ティアラは身振り手振りで、自分のチカラについて説明する。

 しかし、ソウマの頭の上にいる以上説明している相手であるソウマにはそのジェスチャーは見えていなかった。

 それを見ることができた隣のエグゼは、クスリと笑いながら歩をすすめる。

 ティアラの止まることない話を聞きながら、三人は頂上に向かう。

 旅は順調で、野生動物に襲われることもなければもちろん人間と戦うこともない。

 しかし。

「いてっ!」

 不意に、ソウマが立ち止まる。

 まるでなにかにぶつかったかのような急な止まり方だった。

「どうしたんだ ?ソウマ」

 エグゼは、何事もなかったように先を歩いていた。

「境い目だね」

 とティアラ。

 どうやらここが、妖精の住処から、精霊の聖域への入り口らしい。

 見た目で明確な違いはないが、ソウマはそこから先に進めないでいた。

「見えない壁のようなものに、阻まれてるんだ」

 それはティアラも同じらしい。

「ここから先は、エグゼ1人だね! 頑張って!」

「そうか、ここが入り口だっけ。よし、行ってくるよ! ちょっと待ってて! ソウマは悪いけど……」

「分かってる。グランベルトの兵たちを追っ払えばいいんだろ? 任せとけ!」

 エグゼは『精霊の寝所』へ、ソウマは敵の駐屯地へ、それぞれの戦いに赴いた。

 

 ソウマは人間とは思えない速さで、山を駆け下る。

 意識魔法は、山を登る者にたいしては有効だが、下る者には効果がないようだ。

 ソウマは多数の人間の気配がするほうへ、まっすぐ下りれていることを確認する。

「そーま、早いね!」

「なんだティアラ、着いてきたのか?」

「うん、面白そう!!」

「そう面白いものでもないけどな」

 そう言って、さらに速度を上げる。

 これなら、麓まで一時間もかからないだろう。

 目指すは、グランベルト兵たちのいるところ。 

 もう日も落ちるころだ。

 どこかに駐屯基地を作って、そこに集まるつもりだろう。

「よし」

 その基地は、すでに目の前にあった。


「一体いつなったらこの山を制覇できるのだ!!」

 一際大きなテントの中で、男の怒号が響き渡る。

 今回、この山を制圧するためにミハエル直々に辞令を受けた司令官はあせっていた。

 そして、驚嘆していた。

しかもツクヨミの街にいる『メリクリウス』のメンバーに悟られないように、危険を冒してまでメイルストローム山脈を越えてきたのだ。

 それをこんな小さな山を一ヶ月たってもいまだに踏破できないとは。

「し、しかし妖精を見たという報告もあり、何かしらの術に嵌っているのだと……」

「ばか者、原因が分かっているのなら、さっさと取り除け!」

 それは妖精の本懐であり、存在意義だ。 

 人間などでは絶対に見つけることのできない、意識魔法があるのだ。

 それこそ一本の木だけでも、ここにいる全員をだますことができるほど。

 これだけの深い木々の中にあっては、エグゼほどの異能か、ソウマほどの超感覚を持っていないと、とても先には進めない。

「意識魔法の一種だとは思っているのですが、これといった形跡もなく……」

「なら森を焼き払ってでも、その意識なんちゃらを破ってしまえ!」

 せっかくの出世のチャンスだというのに、こんな使えない部下たちに足を引っ張られるとは!

 指揮官は己の無能さを部下に押し付け、苦悶するのであった。


「お、やってるやってる!」

 ソウマは真正面から駐屯地へと入ろうとしている。

「こら、待ちなさい!」

 二人の門番に止められるのは当然である。

「まじめに仕事しちゃって!」

 ソウマがこつん、と鎧を叩くと、見張りの一人が操り人形の糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。

「なっ!? き、貴様、一体何をした!?」

「そんなこといってる場合か? 敵襲、だぜ」

 は、と気づいたように残された門番は笛を吹く。 

 それは敵襲の合図。

「見つかっちゃってだいじょうぶなの? そーま?」

「探す手間が省けて嬉しいくらいさ!」

 もう一人の見張りも気絶させ、ソウマは正面から堂々と敵地に進入する。

「敵襲! 総員持ち場に就け!」

 しかし、敵もしっかりと訓練された兵士だ。

 素早く洗練された動きで、よどみなく全員が持ち場に着く。

「弓兵第一陣、準備完了! ……打て!」

「ついで弓兵第二陣、準備! 第一陣についで、発射!」

 正に雨の如くソウマに矢が降り注ぐ。

 しかし、ソウマは動じることなく矢を引き付ける。

 ソウマは腕を掲げると、軽く一振りする。 

 ただそれだけの行為。

 しかし、その腕は突風を巻き起こし、飛来する矢をすべて吹き飛ばした。

「な、なんだ!?」

「魔法っ!!?」

 しかし、ここの大陸では魔法は使えない。

「そ、槍騎兵隊、前へ!」

 それは古くはファランクスと呼ばれた陣形だの縮小版だ。

 長槍を持った兵士たちが槍を突き出し前進をするが、その密集陣形は小回りを利かなくするため、数々の改良がなされてきた。

 槍を短くし槍兵の前には、剣を持った兵士が抜刀し、待機している。

 槍は敵に当たる、もしくは距離が縮まった場合には槍はその役目を終え、前面に出た剣士たちが瞬時にきりつける作戦だ。

 しかし、その作戦もこの男の前では通用しない。

「この狭い駐屯地でこんな布陣を敷くなんざ、悪手以外の何ものでもないぞ!」

 槍を交わしつつ、ソウマは大きく跳躍する。

「なっ!?」

 ソウマの着地、その先は敵陣の後ろ。

「多少改良は加えたかもしれんが、後ろから攻撃されることは想定していなかったろう!」

 ソウマの刺突が敵を強打する。

 密集した陣形。しかも重装備。

 一人が隊列を崩せば、たやすく瓦解する。

「か、囲め! 逃げる隙を与えるな!」

「誰が逃げるかよ!」

 指揮官命により、密集陣形を解きソウマを中心に円陣を組む。

 そして、強力な剣やハンマー斧、モーニングスターを装備した兵士がソウマに攻撃を仕掛ける。

 前後左右、正に逃げる場もない怒涛の連撃

 しかし。

 ソウマにはどれも当たることがなかった。

 太刀筋を読み、突きを紙一重でかわし、モーニングスターを拳で破壊する。

 兵士たちも凡庸ではない。

 恐怖で人心を掌握するミハエルの傘下において、失敗はその命を失うことにもつながる。

 死に物狂いで訓練をし、正に命がけでこの作戦に志願した屈強な兵士たち。

 一人ひとりが百騎にも値する精鋭たちだ。

「まだまだ技が甘い!」

 ほんのわずかな隙。

 足運び。 

 崩れた体勢。

 1対1でも見つけることが困難なその隙間を1対多数であろうとも、ソウマは見逃すわけもない。

「ば、馬鹿な……っ!」

 司令官は混乱していた。

 本来なら、兵もいない田舎の小さな山を制圧するだけの簡単な任務だったはず。

 作戦に似つかわしくないほどの兵を借り出し、意気揚々と攻め込んできたのだ。

 それが。

「たった一人の男に……」

 しかし、まだ手はある。

「ラグラース、ラグラースはいるか!?」

「はい、ここに」

 2メートルはあろうかという巨体。

 手にはさらに巨大な鉄棍をもっている。

 どんなに重装備をしたとしても、この棍の前では紙箱のようにひしゃげることだろう。

「奴を倒せ。かつてのクーデターで千人切りを達成したというお前の活躍、期待しているぞ」

「はっ!」

 千人切りのラグラース。

 2年前のクーデターの際には、ミハエルに着き従い聖エルモワールを襲い、鬼神のごとき活躍をした新国の英雄だ。

「そこをどけ!」

 ラグラースは他の兵を退けると、ソウマの前に立つ。

「ラグラース様!」

「千人切りのラグラース様だ!」

 周りの兵士たちがざわめき立つ。 

「これで勝てるぞ!」

「わが名はラグラース! 王政グランベルトの黒虎聖騎士団が団長だ! いざ尋常に勝負だ!」

「めんどくせぇ野郎だな、いいからかかって来いよ」

 耳をほじりながら、ソウマは面白くなさそうに返事をする。

「貴様……。この俺を愚弄するとは……」

「何が聖騎士だよ。クーデターの混乱に乗じて地位を得た、ただの裏切り者だろう?」

「っ!! 貴様、生きて帰れると思うなよ!」

「分かったから早く来いよ。ここにいる全員ぶっ倒さなきゃいけないんだから」

「死にさらせ!」

 巨大な鉄棍を軽々と振りまわす。

「ほう」

 ソウマが感嘆の声を上げる。

 円を描いたと思えば、直線の動きをする。

 それは連撃と短撃を織り交ぜ、それぞれの短所を的確に補うものだった。

 さらにはフェイントも織り交ぜる。

 巨体に見合わぬ洗練された動きだ。

 突き、切り落とし、切り上げ、袈裟、逆袈裟。

 的確に急所を狙ってくる。

「き、貴様……!!」

 しかし、ソウマにはあたらない。

「達人はセンチで避けるが、俺はミリで避ける」

 まさに紙一重。しかし、その差は果てしなくデカイ。

「ぼ、防御はたいしたものだ!しかし、攻撃はどうだ!? お前の素手の攻撃など、この鎧がすべてはじき返すわ!!」

 常人では重すぎて装備できないであろうほどの厚さを持った鎧。

 名剣でも刃こぼれは免れないだろう。

 しかし、対するソウマは丸腰である。

「さあ、攻撃して見せよ!」

「んじゃ、遠慮なく」

 ラグラースの正面に立ち、手のひらを軽く鎧に当てる。

「『深淵流・流波(りゅうは)』」

 古くは通背拳、通臂拳などと呼ばれた絶技だ。

 衝撃波を送りこみ、壁の向こう側にいる敵をも攻撃できるといわれている。

 ラグラースは糸が切れたように垂直に倒れこむ。

 それきり、ラグラースの意識が戻ることはなかった。

「ら、ラグラース様がやられた?」

「殺しちゃいねーよ。もっとも数時間は起きねぇだろうがな」

 兵士たちは誰もが目の前で起こったことを理解できないでいた。

 確かに、裏切りで今の地位をもぎ取ったかもしれない。

 しかし、その実力は紛れもない真実だった。

 訓練で手を合わせたことのある兵士もいた。

 その兵士たちも、肌でラグラースの強さを感じていた。

 そして、皆口々に言うのだ。

 ラグラースに勝てる人間などいない、と。

「さあ、次はどいつだ?」

「ば、化け物っ!!」

「逃げろ、勝てるはずがない!!」

 恐怖に駆られた兵士など、ものの数ではない。

「さて」

 ソウマは逃げ出そうとする者の中から、司令官を見つけ出す。

「ひ、ひいいっ!」

「これから国に帰るんだろう?なら、ミハエルとやらに伝えな。もっとマシな奴をよこせってな」

 こうして、たった一夜にして王政グランベルトの精鋭たちは壊滅し敗走を余儀なくされたのである。

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