第18話 妖精と意識魔法
「んで、どこに行くんだ?」
早朝。まだ夜も開けきらぬ時間帯に、エグゼとソウマは装備を整えて外に出ていた。
アーニャはお留守番だ。
「『精霊の寝床』と呼ばれる、精霊たちの聖地にいくんだ」
「この前のノームのいた場所みたいなところか?」
「うん。と言っても、今回の聖地はもっと高位の精霊の寝所だから、その聖地には僕しか入れないんだ」
「そうなのか?」
「そう。本来なら精霊しか入れない聖地。前回はミハエルに操られていた精霊の居場所になってたからみんな入れたけど今回はそうはいかなんだ。けど、なぜか僕だけは精霊に好かれているせいか入れたんだけどね」
「エグゼだけが、入れる……。すごいな。精霊に好かれているんだな」
「魔法が使えなくなった今では、精霊たちの声も聞けないけどね…。でも、確かにいるんだって。スミカの村のノームの時に分かったから。たたらも太鼓判押してくれたし」
「ほう。じゃあ、もっとも精霊に近いその聖地に行けばもしかしたら、大精霊とやら会えるかもな!」
「うん。少し希望が見えてきたよ」
そういって、エグゼがやさしげに微笑む。
「じゃあ俺はその聖地の入り口まで、護衛すればいいんだな」
「あと、ソウマにはお願いしたいことがあるんだ」
「お、もう一つあるのか」
エグゼはこの森にミハエルの手下の軍隊がいることを話た。
「なるほど、ソウマが大精霊と話してる間に、そいつらを撤退させればいい訳だな」
「あぁ、頼むよ。今の僕じゃ軍隊相手なんて夢のまた夢だ……。『精霊の寝所』は山の頂上に向かって、森に入って2日くらいでつけるはずだ」
「適材適所、って奴だろ?俺は『精霊の寝床』には、はいれないからな。よし、じゃあ行くか!」
昼なお暗い森の中。
朝露に濡れた緑の香りが、鼻腔をくすぐる。
聞こえるのは二人の足音と、森に住んでいる鳥の鳴き声や、獣の遠吠えだ。森全体が、普段立ち入らないよそ者に警戒をしているかのようだ。
「あまり近くはないが、人の気配がするな」
不意に、ソウマがつぶやいた。森に入ってから数刻が過ぎたころだった。
「本当か!? 僕には、何も感じられないけど……。でも、たたらもこの山は半分ミハエルの手下に押えられてる、って言ってたな」
あたりを見回し、耳をそばだててみるが、何も解らない。
「こちらには気づいてないな。ただ、おなじ様に山頂を目指しているみたいだが、どうも様子がおかしいな」
「様子がおかしいというのは?」
「山頂を目指したり、逆に降りたり、行ったり来たりを繰り返している感じだ」る
ふと、たたらの言葉が頭をよぎる。
「それはおそらく、ミハエルの手下だ。この町を征服し、精霊石を手に入れようとしているらしい。そしてそいつらも『精霊の寝床』に向かっているが、森に阻まれているんだろう」
「なるほど。まぁ、たいしたやつらじゃあない。出会っても問題にはならないさ」
「とはいえ無駄な戦闘は避けたい。精霊の住処を、そんな奴等の血で汚したくはないからな」
「確かに」
そして、二人は再び、頂上を目指して歩き始めた。
ふと、ソウマがコンパスを見る。
「使い物にならない、か」
当然のようにつぶやいて、コンパスをしまう。
ソウマは、先ほどから自分の感覚が狂っているのを感じていた。
方向感覚、索敵能力、知覚、触覚。
普段ならもう少し早く、敵の動向も把握できたであろう。
やはり、特殊な力がこの森にはある様だ。
逆に。
逆にエグゼは、迷いなく森を突き進んでいる。
まるで、帰りなれた我が家に着いたように。
日が高くなる頃。
森の様子が一変した。
見た目が、ではない。
雰囲気、空気。目に見えない物が確かに違っていた。
しかしそれは不気味な物や不快感ではなく、むしろ安心にもにた気持ちだった。
「ここは……?」
思わず、ソウマがつぶやく。
「僕たち人間の領域から、抜け出したんだ。少し『精霊の寝床』に近づいた証だね。ここには」
エグゼが言い終わるのが早いか、何かが素早くエグゼに襲いかかる。
「エグゼだぁ〜! 最近全然こないから、心配したよぉ?」
エグゼの肩になにかが舞い降りた。
「ティアラ、久しぶり。なかなか来られなくてごめんね」
人差し指を差し出すと、嬉しそうに目を閉じ、頬ずりをする。
大きさ的には、エグゼの掌にスッポリと収まってしまう、小さな少女。
「妖精か……?」
一変した空気とともに感じていた、複数の気配。
敵意はなく、好奇心や少しの警戒感を帯びた無数の視線をソウマはずっと感じていた。
「そう、ここは妖精の住処なんだ。妖精たちが『精霊の寝所』を守ってる」
「えっへん! 守ってるのだっ」
ティアラが、踏ん反り返りながら言う。
「でも、魔法が使えなくなってから、大変なんだよ〜! 意識魔法なら、使えるけど……」
「意識、魔法?」
ソウマは、初めて聞く単語に首を傾げた。
「意識魔法、というのは言わば強い催眠だよ。特殊な魔法陣やシンボル、音波なんかを仕掛けて、見ただけ、聞いただけで人を惑わす魔法のことさ。
さっきの森には、その意識魔法と呼ばれるものが多数設置してあったんだ」
意識魔法は魔法、とは呼ばれているが魔法力を使用しないため『黒のカーテン』があっても使える魔法だ。
「私たち妖精は、そういうのを見つからないように設置するのが、すっごい得意なんだよ!」
「あの森の違和感はそのためだったのか……。どうも感覚の中に、何かが割り込んで来るような感じがしたんだ」
「その違和感がわかるだけ、ソウマはすごいと思うよ」
「でもエグゼには、意識魔法はまったく意味がないんだよ! ひっかからないの! 人間なのにすごいよね〜」
「昔は魔法力が高いからだとおもっていたけど、魔法が封じられてる今でも効かないとなると、体質的な問題なのかな?」
なぜ意識魔法が効かないのか。
妖精や精霊たち、エグゼ自身にもよくわかっていなかった。
普通の人間が入り込むと、違和感にも気づかない。それどころか目的地に着かないことに、疑問さえも持たない。
意識することも意識できず、人の無意識下に働きかける魔法。
「私たちとせーれーさんたちの住処を、変なおじさんに荒らされたくないもんね!」
「ははは! 変なおじさんか! 確かにそうだ!」
ミハエルの手下の兵士がこの森を荒らしているのだ。その程度ではすまないはずだか、呑気な妖精たちにとっては変なおじさん扱いで済んでしまうらしい。
「俺はエグゼと一緒にはいっちまったけど、お邪魔していいのかい?」
ソウマは、ティアラに視線を合わすよう、屈み込みながら優しげな笑みで話しかけた。
「うん、大丈夫! エグゼのお友だちでしょ? エグゼが変なおじさん連れてくるわけないもん!」
ティアラは小さい羽を振るわせると、空に飛び立ちソウマの頭の上にとまる。
「エグゼと同じ、優しくて強い匂いがするっ!」
そう言って、ソウマの意思を表すかのように力強く、しなやかな髪にダイブした。
「ありがとう。俺はエグゼの友達の、ソウマだ。ソウマ・ブラッドレイ」
「そーまだね! ティアラはね、ティアラだよ」
「おし、よろしくな、ティアラ!」
「おー! よろしくー! エグゼと、そーまはこれから、『精霊の寝所』に行くんだよね?」
ティアラは、ソウマの頭の上が気に入ったのか、そのまま座り込んでしまった。ティアラを連れた一行は、歩きながら話す。
「そうなんだ。魔法が使えなくなってから、精霊たちとも話ができなくなっちゃったから、一番近いここならなにかわかるかと思ったんだティアラは、なにかわかるかい?」
「んー!」
精一杯難しい顔をしながら、ティアラは考え込む。今にも頭から煙が吹き出そうだ。
「あのね、怖い何かが、北の方にいるの!」
「怖い何か?」
「うん! 精霊たちもその何かが怖くて、出てこられないの。あ! でも、でも、エグゼ来たら、みんな喜ぶよ! 今のエグゼには見えないかも、だけど」
妖精であるティアラや精霊は、どちらかというと、自然に近い魔物だ。この大地に起こった異変をエグゼ以上にその身で感じているのだろう。
「この先には、精霊たちはいるのかな?」
「普段はいないけど、エグゼが行って声をかけたらきっと返してくれるよ!」
期待と不安。
会えるかもしれない。
話せるかもしれない。
せめて、存在が感じられるかもしれない。
ただ。
会えなかった時。
話せなかったとき。
存在すら、感じられなかった時。
複雑な気持ちのままエグゼたちは、旅のお供にティアラを加えて『精霊の寝所』を目指すのだった。
精霊たちは普段この世界とは少しずれた世界にいる。目に見えず、身に触れず、でも同じ姿形の世界。
そして精霊たちを呼び出す時は、魔法力を使いその異世界への扉を開くのだ。
しかしごく稀に、精霊界と人間界の境目が薄い、もしくは全くない場所がある。それが聖域と呼ばれる場所だ。
その一つが、この『精霊の寝所』である。
精霊に認められたい者。
精霊に好かれている者。
精霊に呼ばれて来る者。
この聖域には、精霊に縁がある物しか訪れることができない。
妖精の意識魔法を通り抜けたとして、その先には本当に精霊と相性のいい者しか入ることはできないのだ。
そこにレベルや、魔法力の強弱、職業や身分は関係ない。
この世界には日、月、火、水、木、金、土の7大精霊がいる。
そして、この『精霊の寝所』には、安息の日である、『日(にち)』を司る大精霊がいるのだ。
大いなる太陽の恵みを司り、生きとし生けるものに、安らぎをもたらし、回復を促す。
そして質の高い精霊石が悪用されぬよう、管理をしているのだ。
本当に世界の平和のために、精霊石を使うことのできる勇者が来る日まで…
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