第十八話 意外となんとかなりそうな気がしてきた
「それで、早速だが食材について聞きたい。油がたくさん必要なんだったか」
オーエンさんが、油のことを説明してくれた。
植物の種を絞った食用の油があるが、それは少量しか作られていないし、集落全体で分け合っているのでたくさん手に入れることはできない。
あるいは、森の民以外から買うか。森の民以外との取引は、集落全体で代表者がまとめて行う。そうやって手に入れた品物を集落で分け合うため、これも搔き集めるような取引は難しい。
「次に商人が来たら見てみるが、量はそんなに手に入らないと思ってくれ」
オーエンさんの言葉に、俺は頷く。そういうのはある程度覚悟はしていた。
植物油以外だと、肉からとった油を使ったりする。マーグンという四つ脚の生き物の脂らしい。昼のスープに入っていた燻製肉がマーグンの肉だと言われた。
スープの味を思い出しながら、豚肉に近いのだろうかと想像する。
マーグンの狩りは、集落全体で狩りの量を調節しているため、代表の人に話を通しておく必要があるらしい。
狩ったマーグンを
「今日も確か狩りがあったはずだ。だから、次に狩りに行けるのはもう少し先の話になるな」
「あ、来る途中でダヒに会ったよ。ダラの初めてのマーグン狩りだって」
「ああ、ダラはもうそんな年か。そうか……とにかく、狩りの希望については後でナイオルに話を通しておく」
狩りの参加希望がある場合も話を通しておく必要があるそうだ。
実際に狩りをした者は最初に欲しい部位を選ぶことができるため、不公平にならないようにという配慮らしい。
「そうだな、例えば、初めての狩りでは大抵牙をもらう。その牙を装飾品にして狩りの証として身に着けたり、求婚に使ったりする」
「わたしが狩りに参加する時は、脂をもらうこともあるよ。塗り薬に使ったりするから」
マコトはマーグンの狩りに参加したりするのか。そういえば鳥も自分で狩ったと言っていた。
薬草師は名前の印象よりずっとアクティブだ。勢いで収まった見習いの立場だけど、俺は本当にやっていけるのだろうか。
「だから今回は、脂の多いところを取ることにすれば良い」
「マーグン狩りなら人集めるんでしょ。わたしも参加するからね」
俺も、と言いたいところだけど、どう考えても足手まといにしかならないだろうから黙っていた。
狩りの話で役に立てることはないので、俺は油のことを考える。
マーグンからどのくらいの脂が取れるのか、話を聞いただけだと予想がつかない。
「マコト、マーグンの油ってどのくらい?」
俺が自分の手で器の形を作ってみせると、マコトも同じように手を器の形にした。ちょうど計量カップくらいの。
「んー、一頭全部油にした訳じゃないけど。出来上がる油の量は、大体いつも、このくらいの器に……多分三つ分くらい。元の肉の量はこのくらい」
マコトが、手の器を解体して、今度は肉の塊の大きさを示す。
俺は必死に、いつも揚げ物に使っていた脂の量を思い出そうとする。油の量なんか計ったこともないし、意識したこともないから難しい。オイルポットはこのくらいの大きさだったか、油の容器はこのくらい、自分の目の前で手を動かして大きさをイメージする。
「多分、その倍か……三倍くらいあれば、足りるんじゃないかと思う。ちょっと自信はないけど」
「なんだ、もっとたくさん必要なのかと思った。そのくらいなら大丈夫だと思うよ」
「そうだな。俺とマコトの二人で参加するのだから、その分多く貰えば良い」
油がなんとかなりそうなので、次はメイン食材の鳥について考える。
鳥には心当たりがあった。マコトのスープに入っていた肉だ。
「マコト、スープに入っていたあの鳥が、唐揚げには良いと思ってるんだけど」
「セマルのこと? わかった、マーグンを狩る時に一緒に狩ればちょうど良いかな」
「確かに……セマルに似た味だったな」
さっき唐揚げを食べたオーエンさんが納得してくれたので、なんだか上手くいくんじゃないかという気がしてきた。
次は調味料か。ダメもとでミノリさんに聞いてみる。
「醤油……って流石にないですよね」
「ないねぇ。似たようなものも見たことないなあ」
ミノリさんがゆるゆると首を振る。
マコトが俺の袖を引く。
「『ショウユ』って何?」
「調味料なんだけど……唐揚げの場合は塩味とか、旨味とか、かおり付けに使うんだ」
「かおり……それ、香草だと駄目?」
「香草……ハーブか!」
説明を聞くと、普段セマルを調理する時に、肉に擦り込んだりするものらしい。
薬草にもなるから畑にあるよとマコトに言われた。
他にも料理に使える薬草があるか聞くと、いくつかあるし、集落ではよく使われているとのことだった。
だったら、ハーブやスパイス系の唐揚げにできるかもしれない。
マコトの持ってる香草や薬草を実際に見ながら選ぶことになった。
塩も日常的に使っているそうだ。入手は商人からだけど、油ほど高価じゃないらしい。塩に関しては、通常の料理の範囲でしか使わないし、なんとかなるだろう。
酒もあった。料理に使うことが多いのは、果物を発酵させたものらしい。ワインとかワインビネガーみたいな感じだろうか。
あと、話を聞く感じ、多分エール系の酒もあるみたいだ。
両方用意してもらうことにする。唐揚げの下味にも使いたいけど、単純に酒を飲みたい気分にもなったからだ。
それから薄力粉。食べたパンの感じを見ると、この辺りで使われているのはどうも小麦じゃない気がしている。実際に粉を見せてもらったけれども、違う気がする程度しかわからない。
片栗粉だけで作ったことはあるので、無理に使わなくても良いかもしれない。
そして肝心の片栗粉だ。
ミノリさんに聞いたけど、悔しそうに首を振る。
「うーん、片栗粉もわかんないなあ……」
「片栗粉って要するにデンプンなので、じゃが芋を摩り下ろすと片栗粉のように使えるって聞いたことはあります。やったことがある訳じゃないんで、うまくいくかはわかりませんが……」
「じゃが芋と同じかはわからないけど、芋っぽいものならいくつかあるよ」
「あとは……コーンスターチ……トウモロコシとか……そのものじゃなくても良いんですよ、例えばトロミのあるものとか、糊とか」
「あ!」
ミノリさんが突然立ち上がる。
「カカポ豆!粉にして、鍋で煮て糊にするやつ!」
それが澱粉糊なら期待ができる。
そのカカポという豆を用意してもらうことになった。念のため、芋っぽいものもいくつか用意してもらうことにする。
そうやって、食材を一つ一つ確認していくうちに、俺はすっかり唐揚げが楽しみになってきてしまった。
不確定要素は多かったけど、頭の中で唐揚げを作る手順を思い浮かべることができるようになって、なんだか、うまくいきそうな気持ちになってくる。
「シンイチ、なんだか楽しそうだね」
マコトに声をかけられて隣を見る。俺の隣で、マコトはふふっと笑った。
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マーグンは森の民の中ではお馴染みの獣だ。森の中にしか生息しないため、逆に我々の国では馴染みがない。
四つ足でずんぐりした体つき。背は人の膝から腿くらい。腰くらいまで大きくなる個体もある。
森の民は集落ごとにマーグンの狩りを厳しく管理している。マーグンの狩りに参加したい場合は、集落のまとめ役に話を通す必要がある。
まとめ役は様々な状況を見て、それらの希望を取りまとめてマーグンの狩りの予定を立てる。
肉や加工品が足りなくならないように、森のマーグンを減らしすぎないように、狩りに参加する者が偏らず集落の者たちが満遍なく狩りに参加できるように、まとめ役は古くから伝わる知恵でもって、その日取りと狩りに参加する者を決める。
マーグンの狩りに参加した者は好きな部位を優先してもらえるため、狩りの参加者については特に慎重に選ぶ。
もうじき成人を迎える子が選ばれることもある。初めての狩りでは、大抵の者は牙をもらう。その牙を加工して装飾品にし、狩りの証として身に付ける。求婚にその牙を贈る風習もあり、そのため初めての狩りは特別な意味を持っている。
マーグンは体が大きく、それを捌くのも大仕事となる。また、マーグンの肉の加工や油の採取、骨や皮の加工など、様々な作業が必要になる。それらの作業は、マーグン狩りを行ったものだけでなく、集落全体の仕事になる。
マーグン狩りを行った者たちが自分の欲しい部位を選んだ残りは、集落全体のものになる。集落総出で加工し、集落全体で分け合う。あるいは、集落全体のものとして、森の外との交流に使われることもある。
そのため、マーグンの狩りの日は集落全体に告知され、狩りから戻ってきた者たちを迎えると、祭りのようになる。
——『コリン博物記』森の民についての記述より一部抜粋
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