第四章 洋上克敵
第一話 乙に寄る
宮殿を辛うじて脱出した
島育ちの
「もう二度と馬車なんか乗らない」
「貴人の乗り物だって聞いてたのに、あんなに乗り心地が最悪なんて。これじゃしばらく椅子にも座れない」
涙目になりながら尻をさする
「実際に体験すると、自分の想像力不足を痛感するわ。文章だったら『事前に用意してあった馬車に飛び乗り、北岸の町まで逃げ切った』の一言で済むのに」
彼女もまた馬車という乗り物は初めてで、しかもろくに舗装されていない路面を高速で走るものだから、道中で散々に腰を痛めて立ち上がれないでいた。ふたりとも船に乗り込んでからは、未だに一度も床に尻を下ろしていない。
「それでスイ、馬車の中じゃ途中でそれどころじゃ無くなっちゃったから、もう一度訊くわ。あの男、本当にローランって名乗ったのね?」
腰を押さえながら身体全体を傾けたまま尋ねるキムに、
「聞き間違いじゃない。
「黒い顔……」
キムは顎先に指を当てて思案顔を見せる。
「そういう黒い肌の人って、私が元いた世界にはたくさんいたわ。私も特に気にしないで、一緒に生活してた」
その発言は
「キム、もしかして元の世界のことも思い出したの?」
片肘を突いて上体だけ起こしながら
「全部ってわけじゃないけど、だいぶ思い出せたと思う。あの本を読んだせいよ」
「あの本って……」
「ローランが書いたっていう『天覧記』」
そこで再び
そもそもなぜ――
「つくづく謎めいた存在ね、ローランって」
ただキムの疑問は、
「スイには前に言ったでしょう。『大洋伝』にスイに当たる登場人物は出てこないって」
「ああ、うん。私にしてみたら不本意だけど」
「ローランも同じなのよ。そんな人物、『大洋伝』にはいない」
キムは顎先に当てていた右手を口元まで這い上がらせながら、自身の疑問を一言一言確かめるように口にする。
「私が『
「ねえ、それって」
何かに思い当たったように
「もしかしたらローランは、私と同じ世界の出身なのかも」
「……それだったらある程度、筋は通るんだけど」
目尻に涙を浮かべながらもキムの言葉を肯定しつつ、だが
ではなぜ彼は、よりにもよって
***
内海最大の島でもある
そして
「
驚く
「忘れたのか。賊討伐には是非お供させてくれって頼んだろう。
そう言って
「でもまだ傷も癒えてないみたいなのに、大丈夫なんですか?」
「なんてことないさ、この程度、ほら!」
キムの心配を払拭しようとして、
「やっぱり。あまり無理すると後に響きますよ」
「いや、大丈夫、大丈夫」
ただ次に彼が発した一言に、
「今回ばかりは、俺自身が乗り込まなきゃいけねえんだ」
そう語る
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