俺は……君が

―ハ、ハハ……―


 ファルグニールの足が、止まる。

 理解した。理解してしまった。

 ああ、なんたることか。これは……これは、愛だ。どうしようもなく自信が無くて、それでも一歩も譲らんとする鮮烈なる激情。

 人の語る英雄譚のように、この男は……ヴォードは今、「愛」を原動力に行動しているのだ。


―……なんという……なんという、愚かしい人でしょうねえ―

「……そうかもな。だが俺は、このカード以外にそれを成せる力を持ってはいない」

―そうではありませんよう。そんなもので私に……魔王に挑もう愚かしさ。そして今、魔王に勝利しようとしているその重みを考えぬ愚かしさ。ああ……なんて愚かな。なんという喜劇。でも、それでも。貴方がいつか、その重みを知るのなら……―


 それもまた、見ごたえのある喜劇だろうとファルグニールは思う。

 ……まあ、それをファルグニールが見ることは叶わないが……。


―さあ、決着です。その悍ましいカードはあと3枚でしたねえー

「そうだな」

―火の力は使えずとも、そうでない力は使えますよう……!―


 ひび割れた巨体を動かし、ファルグニールは【魔王】として残された魔力のほぼ全てを巨大な魔力の塊として顕現させていく。


―砕けなさい……! マジックブラストオオオオオオオ!―

「全てを砕き貫け……【グラビティプレッシャー】!」


 ファルグニールの放つ魔法を、ヴォードの虹カードから放たれた黒い光線が呑み込み、それでは足りぬとばかりにファルグニールの巨体を貫き天へと放たれていく。

 

―ハ、ハハ……なるほど。私の負けですねえー

「ああ……俺の勝ちだ」

―これから貴方がどうなるのか……冥界で見守らせていただくとしますよ……―


 その言葉を残し、ファルグニールの巨体は崩れ消えていく。

 それを見守っていたヴォードは……この戦いが完全に終わったことを理解する。

 

「そうだな……俺は愚かだ。この力を世界の為じゃなく、自分の為に使ってるんだからな」

「別にそんなの、気にする必要はないと思いますけどね」

「レイア……」


 自分の隣に立つレイアに、ヴォードは「だが……」と呟く。


「だが、魔王を倒せる力だ。神々だって本来は、俺がこの力で世界に平和をもたらすことを望んでるんだろう?」

「んー……そういった面があることは否定しませんけど」

「なら……」

「でも、それは【勇者】がやるべきことですから」

「【勇者】……」


 そう、世界を救う役目を負うのは【勇者】だ。今回出会った勇者イヴェイラは偽者だったが、世界の何処かに本物の勇者イヴェイラは存在している。そして何処かで、世界に平和をもたらすための旅をしているのだろう。

 

「わざわざ勇者の仕事をとる必要は、ないんじゃないですかね?」

「そ、そうか?」

「ええ。どうしても……どぉしてもヴォード様が勇者をやりたいって仰るなら、私も【オペレーター】として協力はしますけど?」

「いや……それはないな。俺には、そんな壮大な野望は無いよ」


 そう、ヴォードにはそんなたいそれた目標はない。ヴォードにあるのは、ほんの小さな……けれど、ヴォードにとっては大切な目標だ。


「俺は、君と幸せに生きていければ十分だ」

「あ。それってもしかして告白ってことでいいんです?」

「ん……あ、いや。それは違うな」

「ええ……?」

「もうちょっと、俺が成長できてからだな……」

「魔王を倒しといて、これ以上どう成長するつもりなんですか……」

「あれは運の要素も大きかった。あんなギャンブラーな勝利を収めたくらいで自分が立派だと驕る気はない」

「むー……普通に誇っていいと思うんですが」

「いいや、ダメだ。だから……」


 言いながら、ヴォードはレイアに手を差し出す。


「だから、もっと旅をしよう。俺は君ともっと世界を見て、もっと誇れる自分になっていきたい」

「それは……まあ、お付き合いしますけど?」

「ああ、ありがとう」


 ヴォードの差し出した手を、レイアは握って。そして仕方なさそうに、溜息をつく。


「どうするにせよ、今あの街に戻ったら大騒ぎでしょうしねえ」


 何しろ超有名な魔王が登場して、あんな響く声でヴォードの名前を呼んだのだ。しかもその魔王が倒されたともなれば……どんな騒ぎになるか、分かったものではない。


「う……それもそうだな。下手をすると山を壊した責任とかとらされるんじゃないか?」

「流石にそれは……いや、何があるか分かりませんしねえ」


 今だからこそ理解できるが、あの魔王は「火艶のファルグニール」だった。ファルグニールはその名の通り、魅了の魔法にも長けている魔王だった。あの街で感じた不自然さは、それが理由だったのだろうが……それが解けた今どうなっているのか、ちょっとレイアにも予測はできない。


「はあ……とにかく山を抜けて、どっか別の街に行きましょうか、ヴォード様」

「ああ。だが……どっちに向かうべきかな」

「一応分かりますよ。そうですねえ……とりあえず、こっちの方向に真っすぐで」


 そう言って一つの方向を示すレイアに、ヴォードは頷く。


「よし、なら行こう」

「大変男らしい決断ですけど……何処に行くつもりとか、聞かなくていいんです?」


 そう問うレイアに、ヴォードは訳が分からないとでも言いたげな顔を向ける。


「別にそんなの、後で幾らでも聞けるだろう? それに……」

「それに?」

「俺は、レイアを……俺の【オペレーター】を信じている」


 そう言って歩き出すヴォードを、レイアはポカンとした顔で見送って……やがて、顔を赤く染めて追いかける。


「ちょっとヴォード様! 今のが告白ってことでいいんじゃないですか!?」

「いや、ダメだ」

「なぁんでそこは頑ななんですか!」


 叫ぶレイアと、聞き流すヴォード。その行く先に何があるのか、分からずとも……二人の足取りには、一切の不安はない。

 ヴォードはレイアを信じていて。レイアはヴォードを信じている。

 ただそれだけで、その先にある無限を信じることができたからだ。

 それは、何よりも明るくハッキリとした……未来への、道標だった。

 そうして、2人は未来へと向かって歩き出して。


「おーい!」


 聞こえてきた声に、ヴォードとレイアは驚き振り返る。

 そこには、山道を走ってくるイヴェイラの姿があったからだ。


「死んで無かったのか……!?」

「ていうか、あの姿……どういうつもりですか!」


 ヴォードは残る2枚の虹カードをいつでも出せるように準備し、レイアもミスリルの剣を構える。その如何にもな臨戦態勢に気付いたのだろう、イヴェイラは慌てたように静止する。


「ちょ、ちょっと待った! なんで僕に武器を向けるのさ!」

「どうもこうもないですよ! 魔王ファルグニール! またその姿で出てくるとか、私達を馬鹿だとでも思ってるんですか!」

「レイアの言う通りだ。アレで死んでしなかったとは驚きだが……カードはあと2枚あるんだ」


 言いながら1枚の虹カードを取り出したヴォードに……いや、正確にはそのカードに、イヴェイラはビクリとする。


「うわっ、何それ! 滅茶滅茶ヤバい魔力感じるんだけど! え、怖っ! 引っ込めてくれない!?」

「……まだその演技を続けるのか」

「だ、だから何の話!? ていうか、貴方達なんでこんな所にいるのさ! あと今、僕の事魔王って言った!?」


 言われて、ヴォードとレイアは視線を交わし合う。

 ……何か変だ。そう感じたのだ。

 勿論、全部演技の可能性はあるが……何か違う気がした。


「……一応聞くが、俺達と面識はあるか?」

「え? えーと……ご飯のお店で会ったよね?」

「その後、追いかけて来たよな?」

「え? なんで?」

「やっぱり気になって追いかけてきたとか言ってただろう」

「言わないよ。謝ったのになんでまたそういう事しなきゃいけないのさ。嫌な奴じゃん、それじゃ」


 全くその通りなのだが……そこでいよいよヴォードとレイアは顔を見合わせてしまう。

 そうなると……目の前のイヴェイラが実は生き残っていたファルグニールではなく、まさかの本物なのだろうか?


「……どう思う、レイア」

「どうもこうも……」


 囁き合い、やがてヴォードはカードを引っ込めないままイヴェイラへと問いかける。


「俺達は先程、君と同じ顔と声でイヴェイラを名乗る偽勇者と戦った。だから今、君がそいつなんじゃないかと警戒している」

「あー……あの赤い巨人とかとんでもない規模の魔法は、そういうこと?」


 言いながら、イヴェイラは頬を掻く。


「で、さっきの話からすると……もしかして『火艶のファルグニール』が此処に居たってこと? 僕に化けて? うわあ……」

「ついでに言うと、グラニ商会をどうにかすると言ったり誘い出したりしたのも君ではないんだな?」

「グラニ商会? 僕、それを追いかけて街から出てたんだけど……」

「……どういうことだ?」

「どうも何も。この街にでっかい商会が来てるっていうから買い物に行ったら、なんか違法奴隷の調達やらかしてるのが分かってさ。しかも昨日街を出たっていうから、慌てて追いかけたんだよ」


 朝の内に出たらしくて追いかけるの大変だったよ、と言うイヴェイラに、ヴォードは思わず混乱し頭を抱えてしまう。


「あー……つまり、アレか? 食堂を出た時点で偽者に……? だがそうなると虹の架け橋亭に居た勇者一行は……?」

「そうですね。えーと、勇者イヴェイラ? 貴方、お仲間は何処に?」

「え? 居ないけど」

「居ない?」

「前は居たけどさ。ウザいしエロいからボコッて別の街で捨てて来たんだよね」

「……」

「……」


 どうやら、あの時の「勇者イヴェイラ一行」も偽者であったらしい。そうなると……シールカもかなり怪しい。もしかすると出会った時点か、その後か……何処かの段階でシールカもファルグニールの魅了魔法にかけられていた可能性が高いだろう。つまり、最低でもそこからはファルグニールの手の内だったことになる。

 いや……ニルファがファルグニールだったことを考えると、もう何処からがファルグニールの作戦の内だったのかも分からない。


「で、僕こそ聞きたいんだけど。もしかしてしなくてもファルグニールを倒したのって、貴方達だよね? そのヤバそうなカードが関係してるのかな?」

「さあな」


 ヴォードがカードを仕舞うと、イヴェイラは一瞬で消えたカードに「おおっ」と声をあげる。


「今のって次元収納だよね!? もしかして貴方【トランスポーター】……あ、でもそれだと魔王を倒せた理由の説明がつかない……いや、でもさっきの虹色のカード……」


 言いかけて、イヴェイラは「あれっ」と顔を上げる。


「……もしかしてだけど、貴方って【カードホルダー】……だったり?」

「ああ、その通りだ」


 その後に続く台詞を予想し、ヴォードは心の中で溜息をつく。

 あの時偽イヴェイラは【カードホルダー】だっていうんじゃ、本気で勘違いっぽかった……と言った。

 たとえそれを言ったのが偽者であったとしても、イヴェイラは恐らく本物のイヴェイラであってもそう言うと判断して言ったのだろう事は簡単に想像出来る。

 つまり、目の前にいる本物……まあ、たぶん本物のイヴェイラもそう言うだろうと身構えて。


「そっかー……【カードホルダー】って凄いんだね!」

「……!」


 しかし、イヴェイラはまるで真逆の台詞を口にした。お世辞でもなんでもなく、心の底からそう言っているようにも思える純真な笑み。それにヴォードは思わず動揺し……試すような事を言ってしまう。


「そんな簡単に信じていいのか? 最悪ジョブの【カードホルダー】だぞ?」

「まあ、そう言われてるのは知ってるけど……でも、それって他人の評価でしょ? 僕が見た【カードホルダー】は貴方が最初だし。見たものが真実じゃない?」


 そう言って、イヴェイラは身体をブルッと震わせる。


「ていうか、さっきの虹色のカードが何よりの証拠だよ。見ただけでヤバいもの」

「……なるほどな」


 確かに「このイヴェイラ」は勇者だ……と。ヴォードはそんな事を思う。あの偽者とは、何もかもが違う。


「ね、それよりさ。ファルグニールを倒したのって大手柄だよ! 僕にも色々話、聞かせてほしいな!」

「……どうする、レイア?」

「ヴォード様のお心のままに。どうせ虹カードは見られてますし」


 妙な想像されて話が変になるよりはマシかもしれませんね、とレイアは言う。

 なるほど、それもその通りだ。下手をするとイヴェイラの思うヴォードが実物よりも大きくなってしまうかもしれない。それはちょっと……困る話ではある。


「よっし、じゃあ街に戻ろうよ!」

「それは……だが、結果として観光名所の山脈が……ちょっと顔を出しづらい」


 ヴォードの言葉にイヴェイラは首を傾げ……やがて「あはっ」と笑う。


「問題ないない! むしろ『火艶のファルグニール最後の地』とかって有名になるって感謝されるんじゃない!?」

「そ、そうか?」

「そうだよ! ほら、行こう! えーと……ヴォードとレイア!」


 イヴェイラに引っ張られるヴォードをレイアが慌てて追いかけ……そうして、2人は街まで戻って。

 恐々とした様子で集まっていた人々に向かって、イヴェイラが声を張り上げる。


「皆―! 【カードホルダー】のヴォードが魔王を、『火艶のファルグニール』を倒したぞー!」


 イヴェイラの叫ぶ内容に街の人々は顔を見合わせ、やがて誰かがおずおずと口を開く。


「そ、その。魔王を倒したって、そもそも……貴女はいったい?」

「僕? 僕は国の命令でこっちに来ただけの人さ!」

「国の!? じゃあ魔王を倒したってのは……」

「皆、あの山の怪物を見たんでしょ? 【カードホルダー】のヴォードが、それを倒しちゃったのさ!」


 確かにこの街のほとんどの人間が、あの赤い怪物を見ていた。

 だからこそ、分かる。あれは尋常なモンスターではないと。魔王という言葉は……充分以上に納得できるものだと。そして……。


「ヴォード……確かにその名前、あの怪物が……」

「俺、聞いたぞ。【カードホルダー】っていうのも確かに……」

「え、でもアレって最弱って話じゃ」

「いや、噂だろ? 実際見た事無いしな」


 ファルグニールの……真ファルグニールの声は、どうやら街まで届いていたらしい。

 そしてどうやら……ヴォードの噂は、ここまでは届いていないらしかった。

 やがて街の人々のあちこちで同じような囁きが聞こえ始め……やがて、誰かが「英雄だ……」と呟く。


「そうだ、英雄だ!」

「魔王殺しの英雄ヴォード!」

「カードホルダーヴォード、万歳!」

「英雄ヴォード、ばんざーい!」


 そうして広がっていくのは、嵐のような歓声と称賛。ヴォードを称えるその声に、レイアがヴォードに寄り添い微笑む。


「……聞こえますか、ヴォード様」

「ああ。しっかりとな……まるで夢みたいだ」

「現実ですからね?」

「分かってる」

 

 此処から全てが変わるのかもしれない。あるいは、やっぱり何も変わらないのかもしれない。

 それでも、確かにヴォードは今まで望んでも得られなかったものを得た。

 その輝きはこの先何があっても、一生消えることはないだろう。


「レイア」

「はい、ヴォード様」

「俺は……君が、好きだ」


 答えはもう、知っている。キスをする2人に、その場に居た人々が更に盛り上がる。

 此処は今、祝福に満ちていて。空には、暖かな光だけがあった。


 いつか無敵に到るカードホルダー。たとえ今はそうでなくとも……いずれ辿り着くその先に、その足元に……もう、暗い影は、無い。

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そのカードが世界を変える~最弱最低ジョブ【カードホルダー】、カード【ドロー】スキルを得て最強への道を駆け上がる~ 天野ハザマ @amanohazama

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