それでも、悪くはない

 そうして街道を進み、夜が近くなって。ふと、レイアがポツリと呟く。


「……それにしても、人に会いませんね」

「今の時期、この街道を進む人はあまり居ないと思いますよ?」

「どうしてだ?」


 何か知っている風のニルファにヴォードが問うと、ニルファは笑顔を向けてくる。


「結構有名な話だったりするんですが……ヴォードさん、あまり交友関係とかはない方でした?」

「……いや、分かるだろ。【カードホルダー】の俺に楽しく世間話をしようなんて奴は居なかったんだ」

「なるほど、なるほど。まあ、簡単に言うとですね……超強力なモンスターが出るらしいんですよ」

「モンスター……か」


 少なくともスライムに殺されかけていたヴォードには、超強いモンスターなどと言われてもあまり実感がわかない。

 世間一般的に強かろうと弱かろうと、等しくヴォードを叩き殺せる強さだったからだ。

 だからこそ、モンスターについては「自分が出会うかもしれない」範囲のモンスター知識しかなく、リアルタイムなモンスター事情などは知るツテもない。


「無知ってわけじゃないけど、そういう情報はあまり知らないんだよな」

「どうしても、そういう情報は伝聞になりがちですものね」

「ああ。俺は友人とかいなかったしな……」

「大丈夫ですよ。私がいますヴォード様」


 思い出して暗い顔になったヴォードにレイアが寄り添い、ニルファが「ふーむ」と頷く。


「でも私も友人とかいうのは、あまり居ないですよ?」

「それは……なんていうか、意外だな」

「そうですか?」

「神官は友人に囲まれてるものだと思ってた」


【神官】や【神官戦士】は、少しばかり特殊なジョブだ。ジョブが神から授かるものである以上は神殿で生まれ育とうと、【神官】のジョブを授かるものではない。それが当然だ。

 しかしながら現実として、神官として神殿で修業を積んだ者はそれなりの確率で【神官】や【神官戦士】などの神殿関係のジョブを授かる。

 逆に言うと、何らかの形で神々に関わる事をしていない者がそうしたジョブを授かる確率は極端に低い。

 この辺りの相互関係はまだ不明だが、【神官】や【神官戦士】は神に仕えようとする心を「才能」として判断されているのではないか……とされているのだ。

 ともかく、【神官】などのジョブはそうした心清き者がなるとされており、ヴォードからすれば友人が多そうなイメージだったのだ。


「そんなことないですよ。全員がそうとは言いませんけど、結構選民意識強いですし。ヴォードさんもその辺りはご存じではないですか?」

「む……」


 ヴォードはいつだったか、神殿に雑用の仕事でもないかと訪ねていって「呪われたジョブ持ちめ、穢れがうつる」と追い出されたのを思い出す。

 まあ……それはヴォードが【カードホルダー】だからだろうが、そうでなくとも【神官】は大抵は「自分は神に愛されている」と自慢もしている。なるほど、確かにアレは選民意識の為せる技なのかもしれない……と、そんな事を思う。

「まあ……心当たりがないわけじゃあないな」

「ジョブは神が授けるもの。だからこそ神に仕える【神官】や【神官戦士】は選ばれし者。それがほとんどの神官達の思考ですから」

「うーん、傲慢ですねえ」


 苦笑するレイアに「その通りです」とニルファも同意する。


「ま、そんなわけで神官は結構お友達って少ないんですよ。実利だけで繋がるような関係になっちゃいますから」

「……そういう意味では俺もそっち側だな」


【カードホルダー】にニルファが興味を持って近くで見たい……という実利があるから、こうして一緒に行動している。

 それを今更ながらに思い出してヴォードが言えば、ニルファは「ま、そうですね」と肯定してみせる。


「そんなわけなので、都合よく強力なモンスターとかが出てきてくれれば楽しかったのですが……」

「やめてくれよ……」

「ま、行き交う人の数が少ないとはいえ街道沿い。超強力なモンスターっていうのも噂だけとは思いますけどね」


 というか、ヴォードとしては噂であってほしい。今そんな強力なモンスターが出ても、対抗するカードは無いのだから。


「とにかく、もう大分暗いな……どうしたものか」

「そうですよねえ。ランタンは買いましたけど、早速つけます?」

「え!? いつの間にそんなもの」


 荷物袋からちょっと古びたランタンを取り出すレイアにヴォードが驚き問いかけると、レイアは「えへっ」と悪戯っぽく笑う。


「ヴォード様が宿でお休みになっている間に、ちゃちゃっと」

「ええ……? 俺に声をかけてくれればよかったのに」

「そうは言いますが、ヴォード様だと粗悪品売りつけられそうな雰囲気ありましたし」

「うっ」


 否定はできない。ヴォードはあの街では一番立場が低く、商人たちもヴォードを完全に見下していた。同じ金を出しても品質の低いものを売りつけられるのは当たり前だった。


「あと、どのみち街に居られなくなりそうな感じもありましたから、その間に最低限必要そうなものは整えときました」

「ううっ……」

 何一つとして否定はできない。というかその通りになっている。

 支部長のケツを砕く勢いでかっ飛ばした以上は、あの支部から仕事が貰えなくなるのはほぼ確実だっただろう。

 その事を後悔はしていないが、だからといって支部長に負けても今まで以下の生活が待っている可能性も大きかった。


「あの街に、居たかったですか?」

「いや、居たくはないな」


 レイアに問われて、ヴォードは即座にそう答える。あの街はすでに、ヴォードの中では鬱屈した過去の象徴だ。あれ以上スダードの街に留まったところで、何一つ良い事はない。


「ま、そんなわけで気の利く私は先回りして準備を整えていたわけです!」

「……そうか。助かったよ、ありがとうレイア」

「いーいえいえ、どういたしまして! これからもヴォード様を支えていく私ですから!」


 本当に出来すぎた話だとヴォードは思う。自分を好きで、自分を支えてくれる女性が傍に居てくれる……それも、それが【カードホルダー】であるが故だということ。これが全て一夜の夢であったとしても……起きたら何も変わっていなかったとしても不思議ではないとすら思う。


「……言っておくけど、夢じゃないですからね」

「あ、いや」

「そんな顔してましたよ、もう!」

「そ、そうか……俺ってそんなに分かりやすいか」

「私だからですよ!」

「いえ、私も分かりましたけど」


 えへん、と胸を張るレイアの後ろからニルファもそう告げてきて、そんなニルファにレイアが振り向かないままに叫ぶ。


「だーかーらあ! 今良い雰囲気だったでしょうが!」

「寂しいじゃないですか、混ぜてください」

「ほんっとウザウザですねコイツ! その無駄にデカい胸に詰まってるのは野次馬根性か何かですか!」

「世間的には慈愛とかが詰まってるらしいですけど」

「そんな世間、焼き捨ててやりましょうか!」

「大丈夫ですよ、女の価値は胸なんかじゃありません」

「持つ者が言っても説得力ないですからね!?」

「興奮しないでください、持たざる者よ」

「ハアアー!? 多少は持ってますぅ!」

「銅貨3枚と銅貨1枚の貧富比べ、という格言がありまして」

「ブッ殺しますよ!?」


 流石に女性の身体的特徴の話に混ざるわけにもいかずに呆然としていたヴォードだったが、レイアに突然服の裾を掴まれてギョッとする。


「ヴォード様! ヴォード様は私の味方ですよね!?」

「え!? そ、そりゃあそうだが」

「見ましたか! ヴォード様は控えめな方が女として魅力があると仰ってます!」

「あら」


 それにニルファは口元を手で押さえて何かを悩むような様子を見せ……やがて、ヴォードの腕に自分の腕を絡め身体を軽く押し付けてくる。


「そうなんですか、ヴォードさん?」

「うおっ……!?」


 当然だが、ヴォードにその手の耐性はほとんどない。

 あっという間に顔を赤くするヴォードを見て、ニルファは微笑む。


「……そうでもないそうですよ?」

「ヴォード様ぁ!? だから色気を武器にする女は居ますよって、私言いましたよねえ!」

「そんな事言われてもだな!」

「ええい、どきなさい痴女! ヴォード様にそういう事をしていいのは私だけです!」

 

 レイアがヴォードとニルファの間に入り引き剥がそうとするが、ニルファがガッチリとホールドしているせいで全く剥がれない。


「くっ、この!」

「これでも力は結構ある方なんですよ。力補正も高いですしね」

「いいから放しなさい私のですよこのー!」


 ああ、空がすっかり暗い。本当はもっと早めに野営の準備をしなきゃだったな、と……ヴォードはそんな事を考えながら、ちょっと遠い目をする。

 この場は騒がしく、対人スキルが下手に出る以外ではあまり磨かれていないヴォードでは対処が中々難しいが……それでも、悪くはない。

 楽しいな……と。ヴォードは、そんな事を考えていた。

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