お前には関係ないだろ

 そして、2人は冒険者ギルドへと赴いた。

……冒険者というモノは資格や証明のない「自称」な部分が多いから、色々な人間が居る。当然チンピラの類も多く……そんなチンピラを加えても尚最底辺であったヴォードと、そのヴォードの仲間になったらしい物好きな女がギルドに喧嘩を売ったらしいという噂が広がったせいで、そういった噂好きの連中が冒険者ギルドにはそれなりの数が集まっていた。

 だからこそ、現れた高級そうで小奇麗な服を纏ったヴォードに、全員が僅かな驚きを見せる。

「フン、マトモな服を着りゃ、それなりには見えるよな」

「どうせアレも女に買わせたんだろうさ」


 そんな呟きにレイアがイラッとした様子を見せるが、ヴォードは無視してカウンターへと進み……そこに立っていた、剣士の男を睨みつける。

「おいカードホルダー。お前……女の手柄を自分のものにしたんだって?」


 それは、あの日……ヴォードを蔑んだ剣士の男だった。


「スライム如きに負けてたお前がアサシンウルフを倒したと嘘ついて粋がるなんてな。情けなくねえのか?」

「……お前には関係ないだろ」

「いいや、関係ある。お前の相手はこの俺……【疾風のヘドゥール】だからな」


 言いながら、剣士の男……自称【疾風のヘドゥール】がカッコつけた様子で自分を指してみせる。

 なるほど、全身揃えた立派な鉄装備に、使い込まれた剣。これだけを見てもそれなりの場数を経験しているだろうことは見て取れる。だが……ギルド職員がわざわざ「自分が思う強い人」として用意するレベルかといえば疑問符がつくだろう。

 ……だが、それでも実力者であることには変わりなく、ヴォードよりも遥かに冒険者として上な存在であった事は間違いない。

 だからこそ、ヴォードはヘドゥールと正面から睨み合う。


「分かった」

「そうか。身の程を知るのは良い事だぞ。これに懲りたら」

「早速戦おう。何処だ? ギルドの訓練場か?」

「はあ!?」


 したり顔で語っていたヘドゥールは驚いたような声をあげ、レイアはヴォードの背後で満足気に頷いている。


「お、お前……俺の話を聞いてたのか!? まさか俺相手に勝てるとでも思ってるんじゃないだろうな!」

「勝つつもりで来た。さあ、移動しようじゃないか」

「―――お前ぇぇ!」


 怒りのあまり繰り出したヘドゥールの拳を、ヴォードはスッと回避する。まるでそこに来ると分かっていて避けたかのような動きにヘドゥールは驚愕に目を見開き……ヴォードは自分の真横を通り過ぎた拳を見て、小さく笑う。


「不意打ちで俺に勝ったと言い張るつもりだったのか?」

「ぐっ……!」

「なるほど、流石【疾風】だ。始まる前に手を出してしまうとは……恐れ入るよ」


 明らかなその挑発に、ヘドゥールの顔は真っ赤に染まる。怒りと恥辱……様々なものが入り混じった感情が目に見えるようだった。


「……カードホルダー。お前、五体満足で帰れると思うなよ」

「はい、そこまでです!」


 これ以上は本当に争いになると思ったのだろう。今まで静観していたギルド職員が手を叩き、2人の傍へとやってくる。


「お二人の試合は訓練場で行います。それと、この場にいる全員が見学することは出来ません! 先着順となりますので、私達の指示に従って移動を開始してください!」

「ええー!」

「そりゃねえよ!」

「おいどけ! 俺が!」

「はーい、ルールを守らない方は強制退場ですよー!」


 騒ぐ冒険者達を複数の職員が捌きながら、1人の職員がヴォードとレイア、そしてヘドゥールと取り巻き達を訓練場へと案内していく。


「フン、調子に乗って……」

「ま、さっきは運よく避けたみたいだが……次は無いな」

「真っ二つにされちゃえばいいのよ」


 取り巻き達の台詞は、ヴォードを馬鹿にした……そして明らかな死を望むもの。

 まあ、当然だ。試合とはいえ木剣を使うようなものではない。

 使うのは真剣であり、場合によっては魔法が乱れ飛ぶ。

 死ぬ前に降参するのも「良い冒険者の素質」であり、出来ない者は死ぬだけ。

 そしてそれが許容されるのが、冒険者ギルドの訓練場での試合というものだった。

 この試合結果で殺人がどうのこうのと衛兵が介入してくるような事は、ない。

 それ故に厳密にルールも定められてはいたが、最弱として有名なヴォードの試合をギルドが認めたからには、ヴォードの死を織り込み済みであるのは確かだろう。

 観客になりたがっている連中も、ヴォードの無残な死を見たくて集まっているのは間違いない。


 そう、これ以上ないくらいにアウェーなのが今の状況であり、ヴォードはそれほどまでに無謀な挑戦をやらかしている、というのが全員の感想だろう。

 アイツは死んでも仕方がない。どんな情けない死に方をするのか。そう思われているのも間違いない。

 だからこそ、ヴォードは連れてこられた訓練場で拳を握る。

 ロープの張られた即興の観客席で騒いでいる声も、気にはならない。


「……武器はいいのか、カードホルダー。今ならギルドから借りられるかもしれないぞ」

「必要であれば使うさ」

「そうかよ」


 青筋をたてるヘドゥールだが、実際のところヴォードではミスリルの剣を持ったところでマトモに使えないし、出来るだけ冷静さを失わせる必要があった。

 だからこそ……内心ではドキドキしながらも、ヴォードは出来るだけ自信のありそうな表情を形作る。


「それでは……開始!」


 審判役の職員の声が響いて。ヴォードよりも速く、ヘドゥールが動いた。

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